モンキー エンジン組み立て手順 腰下編ます、当方の組立手順です、説明書とか、とごかの組み付け方とは、違う部分もあるかもしれません 参考にでも成れば見て下さいけして難しくないと言ったらウソですが結構、写真見なが組めば簡単です 改造エンジンのハードルを下げて理解できる様に説明します 当方の使う工具 外国の高い頭文字Sとか使ってません 輸入工具ストレートなど安い物を使っています 絶対要る道具で、トルクレンチ2000円程度の安いものから2-3万と高い物色々有りますけど、1度2度なら2000円でもOKです理由は、たとえば1Kで締める高い工具は誤差ほぼ無安い工具1割程度誤差ヘッドが1.2Kで締めるとして1.08K誤差 1.1Kですよね逆に1.32K 1.3K当方的には誤差の範囲逆に高いトルクレンチでもジワリ締めるのと、一気に締めるので誤差でますからね、締める人により誤差て有るんですよ 何台も組み付けていますが、ほぼ問題無し大切なのは、均等に締まっているかです2000円でも使い方で十分使えます試す方法は 一つのねじを決めたトルクで締める何度も、カチカチ音が出る、それ以上締まらない毎回締まるとすると、使い方に問題有り又はオーバートルク、ボルト伸びてます あと便利なのが100円で買える、この箱エンジン組み付け時便利です高いスタンドなんて要りませんよ何台も組みバラシするなら、欲しいけど普通に1回使えば、使いませんから後でねじとか、部品入れたり便利おすすめ すべて洗浄してパッキンはきれいに剥がして下さい まずケースにカラーを入れます、後でもOKですけど、忘れない様に オイルポンプ駆動用ギヤ シャフト取り付けできれば、OH時ギヤは、交換おすすめします 向きに注意 厚いのがポンプ側 組み付け時、エンジンオイル塗布ですが当方、オイルまみれ好きで無く初期あたりの出やすいグリスで組み付けてます ケースにギヤとシャフトを組み付けます 締め付けしますが、シャフトがねじれるほどは締めませんドライバーと、モンキーが便利です カムチェーン テンショナー取り付け1.2Kで当方締めてます ミッション取り付け当方武川5速、ノーマルも同じです細かく説明はしません、メーカーの組み付け順番みて下さい キックスピンドル取り付けこれも説明見て下さい 位置合わせ この時写真のワッシャー入ります入れ忘れると、ケース削れて、壊れます忘れ注意ポイント クランクシャフト取り付け向き、分かると思いますが、とんがった方が、フライホイール側この置き方だと、下側に向けます パッキン取り付けコンロッド川、細い部分切らないで、下さい後で分かりますポイント ケース、反対側入れます 合わせたら、立てて、ケース ボルト入れます 締め付け順序は、本とか書いてますね当方適当、順番より、対角に締める上締めたら、下側、上と締める1-1.1Kで締めてます クランクのスラストガタ見ます 多い時、計ってシム武川で売ってますもう一度ケースボルト外して入れます キツキツはNG当方わざと、多少ガタ有りにしていますベアリング圧迫、抵抗、パワーダウンです 今度は本締めですここにボルト入れます、締めません位置だしです最初にパッキンの細い部分切らなかった理由先に切ると、位置ずれ、ボルト入りずらいねじ穴壊す、オイル漏れ、です入れたら、片側切って下さい ボルト締めます こんな順番で 1.1Kで締めてます パッキンカットします クランク動き確認 オイルポンプ取り付けまずカラーを入れます オイルポンプ取り付けここでポイントねじ全部締めない事 オイルポンプギヤを手で回しますこの時オイルポンプを手で押しつけながら入ると軽く回ります

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 音楽CDは1982年に世の中に出たようだ。ちょうど丸30年。1983年(昭和58年)の初夏に、秋葉原の石丸電気(”イシマルー、イシマルー、電機のことなら石丸電気。でっかいわー”)のレコード売り場フロアーに行ったら、まるでレコードの海。既にCDがあったのかも知れないが量が少ないか、あるいは隅っこにあったからなのか気付かなかった。  ところがその2年後の昭和60年(1985年)に同じフロアに行って驚いた。CDの海だった。逆にレコードはどこかの隅にでも行ったのか知らないが気付かなかった。まだCDプレーヤーを持っておらず、いつのまにか一気に世間に遅れを取ってしまった感じがした。 この前後ころからDATの販売や衛星放送のBモード放送が始まり、デジタル化が一気に進んでいった。  当時既に1980年前頃からデジタル録音が行われるようになっていた。デジタル録音された音源をLPレコードで販売する際には、デジタル音源→アナログ収録→アナログ録音としてプレスしていたか、いわばDAAと略すか・・・。実際にはそのような略号は存在しない。  CD化された以降、デジタル録音されてCDで発売されたものは、デジタル音源→デジタル収録→デジタル録音で、DDD。古いレコード用レコードのマスターテープを使ってCD化したものは、アナログ音源→デジタル収録→デジタル録音で、ADD。真面目に制作されたものは結構いい音。 しかし、AAD、それも傷ついたレコードをあまりよくないレコードプレーヤーにかけて音源にしたひどいものも出回っていた。戦前のSP時代のレコードが音源でノイズがあります。録音はモノラルです、とあらかじめ断わってあるのは良心的でやむを得ない。ひどいのはまともな立派なマスタ音源がある時代のものなのに、出回っていたそれもかなり使い古したレコードからコピーしたものである。これら二者~三者が混在していた時代は、このDDDかADDの記号はチェックしていた。  古い時代に録音したクラッシクのADDタイプのCD。著作権か何かの関係で1993年(平成5年)以降は販売できなくなった。そのため、1992年の年末にはこれらのCDが2枚で980円のような値段で売られた。その中には、サー・ゲオルグ・ショルティ指揮、シカゴ交響楽団の往年の名演版もたくさんあった。いくつかのマーラーを買ったのもこのとき。 参考:LPレコードが開発されステレオ録音が始まったのが1957~1958年(昭和32年~33年)。 ステレオ録音 http://zz7zz.at.webry.info/201111/article_14.html

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政治家第2弾。お口直しにドゾすご過ぎて英語力がどうとかの問題でないですが。 非常に落ち着いていて、視線や体をグラグラさせず喋っているので説得力があります。そんな所ぐらいは見習えたらいいなと思います。 今頃気づきましたが美人さんですね。小泉チルドレンの1人としてメディアを賑わせていたのも随分昔のことのような気がします。その後落選、不倫報道、バッシング等もありました。 ちなみに上智大学、コロンビア大学、ニューヨーク大学大学院を経て前職は外資系証券会社のエコノミスト。

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1582年本能寺の変後、堺から四条畷に移動していた徳川家康は、明智光秀の落武者狩りを恐れて30数名の家臣と共に、宇治田原~信楽~伊賀~白子~常滑~岡崎と逃げ帰った<伊賀越え>は家康の最大の危機であったといわれている。その途次にある伊賀徳永寺で一時休憩したとか、宿泊したとかいわれている。後に、徳永寺に対して葵の紋使用の許しを与え、江戸時代になると、伊賀藩の藤堂藩主から庇護を受けている。 徳永寺の開創は不詳であるが、戦国時代の1558~72年に現在地に移ったといわれている。境内から霊山を望み家康の危機を想像する。徳永寺には善光寺の一光三尊を勧請し、柘植善光寺とも呼ばれている。 <全国のお寺総覧> (1)寺名:徳永寺(とくえいじ) (2)住所:三重県伊賀市柘植町2318(3)山号:平庸山 (4)宗派:浄土宗(5)開創:不詳 (6)中興:西誉崇徳 1558~72年 (7)本尊:阿弥陀如来(8)その他1)鐘楼と梵鐘:市指定文化財 江戸時代2)宝篋印塔:市指定文化財 南北朝時代3)藤堂藩主代々寄進状:市指定文化財 江戸時代4)訪問日:2015年5月10日                  参道                  山門                  全景                境内からの霊山                  本堂             十王堂(左)善光寺堂(右)                  閻魔像                  鐘楼               六地蔵と宝篋印塔

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http://venus.bbspink.com/test/read.cgi/hneta/1172631164/2 :えっちな18禁さん:2007/02/28(水) 12:39:12 ID:Zt5n5WF20   中二の時なんだけど、夏休みの水泳授業出てたら、(家の用事があったとかで) クラス1可愛いと誉れの高いM美が遅れてやってきた。オレ、当時、ちょい悪なマセガキだったんだけど、M美が更衣室で着替えてるだろう頃を見計らって、トイレに行くふりをして抜けだした。 ススっと、女子更衣室の裏側の隙間に入り込んだ。   その隙間というのは、プレハブ校舎と女子更衣室の間、ホンの40センチくらい。 で、そこに(けっこう高い位置なんだけど)換気口がある。夏休みで人が少ないので、人がこの場所に来てバレる心配はほとんどない…。 スパイダーマンみたいにして、その高さまでよじ登ってのぞき込むと、オーーッ!   部屋の中が見事に見える。まさにM美が着替えてるところ! 小さくふくらむオッパイもその下にある▼のお毛毛も見ちゃいました。未だに誰にも話してない、オレの完全な秘密。その時のことをネタにしてもう千回はオナッた。 9 :えっちな18禁さん:2007/03/01(木) 19:19:24 ID:hkgX7CzhO   少学生の頃、家に泊まりに来た同い年の 従姉妹のM香と、チンコとマンコを見せっこしたのが俺のマンコ初見だったなぁ。 五年生だったからか、まだ俺は毛はえて なかったけど、M香はチョロッと生えてた。なんか、ジ~ッと見てたらM香がモジモ ジしてきて、その姿みてたら俺もスッゲ ~勃起して何となく触りっこに移行。   俺はもう、オナニー覚えてたからM香の 触りかたに、初めて他人に触られる気持 ち良さと多少のじれったさを感じてた。 M香に聞いたら、M香もオナニーしてるって言うから、そこからはどうしたら気持ち良いか話しながらやってた。マンコがヌルヌルしてきたら、少しずつ声をだしてきて俺はかつてない程に興奮してしまった。 ぎこちないなりに続けてたら、射精感が高まってきて思いきり出してしまった。その後、俺達は、こっそり部屋を出て俺のヌルヌルになった手と、M香にかかった精液を洗いに洗面所に行った。   宴会している親達にビビりながら、手とパジャマについた精液を洗った。 12 :2:2007/03/02(金) 13:16:57 ID:rrEc4WD80   もう一つある。オレには11歳年上の姉がいるんだが、その娘が小6の時、一緒に風呂に入った。二年前の夏。 オレの実家は旧邸宅風な、割と広い家なんだが、大きな風呂がある。お盆で帰ったついでに入るのを楽しみにしている。この時は姉夫婦に、兄とその息子(5歳)も来て賑わってた。オレは、兄の息子と一緒に入っていたんだが、どういうわけか姉の娘もそこに加わることになった。   姪が近寄ると、ミルクの匂いがする。女性ホルモンが活発な時期というんだろうか。少女の甘さがそなわって、胸も少しふくらんでるのが服の上からもわかる。   「どんな裸が現れるんだろ」と、脱衣場で想像した気持ち。近寄った時の甘い匂い。それから脱ぐ瞬間、のオレのドキドキ感は忘れなれない。裸をみると、実際の成熟した大人と違いほっそりして、よわよわしい感じがし、胸も野球のボールを1/3ほど切って貼り付けたような具合。乳首の発達も見られず、って感じでやっぱり(どっちかいうと)子供だな、って思った。でも、下の方は、毛がチョロっと生えていて興奮した。   「なんで彼女は一緒に風呂入りたいって言ったんだろうか?」 後から姉が言うには、「父(姉の主人)とも一緒に入らないのに」とのこと。 ちょっとオレのカラダに興味があったんだろうか? オッサンではない若い大人の男として。… 15 :2:2007/03/02(金)

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宇治商店街の川魚専門店の鮒栄の店頭に並ぶうなぎ弁当が気になり来週の土用の丑の日を前にして思わず買ってしまいました 店頭に並ぶ蒲焼 横にうなぎ弁当が、二切れ900円、三切れ1,100円、特上1,300円 特上を買いました。特上は上に三切れ、中に一切れが入っていると説明がありました 開けるとうなぎのタレと黒いプラスティックの弁当 タレがたっぷりですいよいよ蓋を開けます 香ばしくおいしいうなぎですごはんは二合近くありますタレをかけると???シャビシャビ?味も薄い?三河のタレとは全然違います全部かけて食べましたう~ん??? 岡崎に帰ったら三河のうなぎを食べます^^ JR宇治駅からまっすぐの場所にお茶屋 中村藤吉本店があります 中に入ると人 人 人奥の喫茶コーナーでは90分待ちという状態でした ちなみに15時過ぎの時間です

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このブログは2023年1月31日でサービスを終了し、記事は閲覧できなくなります。http://www5a.biglobe.ne.jp/~vanity/このページをご覧になっている方は、上記のアドレスから移転後のブログへ移動をお願いいたします。 『天穂のサクナヒメ 実演楽曲集 奏 ―かなで―』、メールインタビューの第2回は雅楽演奏家・太田豊さんです。 太田さんに参加していただくことになった経緯については以前の記事にまとめていますので、合わせてご覧ください。曲目を見ていただくとわかるとおり、太田さんに演奏いただいた「朧 ―おぼろ―」と「祓 ―はらえ―」はアルバムの1、2曲目として収録しています。この曲順はゲームで最初に流れる順番であり、PS4・PCのデジタルサウンドトラックの収録順とも同様です。※今後発売予定のオリジナルサウンドトラックも同じだと思われます。 「朧 ―おぼろ―」の方は2分弱の短い曲ですが、ミステリアスな原曲の雰囲気が雅楽の生演奏によってさらに増幅され、アルバムを再生した途端に異世界に引き込まれていくような没入感があります。それを受けて次の「祓 ―はらえ―」は神々しい笙の音色から始まり、雅楽らしい優雅な演奏で原曲の世界観を見事に昇華させてくださいました。原曲に入っていたピアノも加わるなど、雅楽の枠にとらわれない自由さもあり、聞き応えのある曲となっています。 中でも太田さんの演奏で特徴的なのが「おりん」です。仏壇にお線香を上げるときに鳴らす金属製のお椀で、誰しも見たことはあると思いますが、それを楽器として使い、さらに雅楽とも取り合わせるという発想は、太田さんならではの独創的な音楽だと思います。 ホームページのWORKSには、おりんを使った北陸新幹線・新高岡駅発車メロディーも掲載されています。私自身、昨年12月にそこへ行っていたのですが、そのときはまだアレンジアルバムの企画も考えておらず、太田さんのことも存じ上げなかったので、せっかく生で聴ける機会があったのに意識していなかったことが、今思うと惜しいですね。 そのおりんについてもインタビューで伺ってみたところ、地元の産業を生かしたものと知って驚きました。とても興味深いインタビューですのでぜひご覧ください。 以下、メールインタビューの質問と回答です。 Q1.アルバムのリスナーへ向けて、簡単なプロフィールをご紹介ください。雅楽の演奏家として笛・琵琶・舞を中心に活動しています。またSAXやギターなどを使って演劇やダンスなどの舞台音楽の制作もしています。 Q2.「天穂のサクナヒメ」のアレンジの話を受け、また実際の楽曲を聴いてどのような印象を持たれましたか。「天穂のサクナヒメ」は、ネットニュースで見て面白いゲームだなと思っていましたので、アレンジのお話しをいただいたときは、まさか私に!と驚きました。「祓」は雅楽的な雰囲気があり、これを雅楽の楽器で演奏するのはとてもやりがいがあると思いました。「朧」は尺八や筝曲のイメージでしたのでやや不安ではありましたが、おりんを使って幽玄な雰囲気が出ないかと大嶋さんからアドバイスをいただいて、とてもよい感じになりました。 Q3.アレンジで力を入れた点、リスナーにここを聴いてほしいという点はどのあたりでしょうか。「祓」は、実際に雅楽の楽器で演奏しても全く無理がなく、しかも雅楽にはないメロディーの動きでとても新鮮でした。アレンジではさらに雅楽の様式や鞨鼓、筝といった雅楽の楽器を加えていきました。中間部のおりんのソロと、原曲と同じようで少し違うメロディーを吹いている篳篥に注目していただきたいです。「朧」は、笛のゆらぎと低音のおりんの幻想的な雰囲気がとても気に入っています。また楽琵琶というちょっと珍しい楽器が入っています。個人的にとても好きな楽器なので、皆さんに楽しんでもらえると嬉しいです。 Q4.このアルバムで雅楽に初めて触れるというリスナーもいるかもしれません。そういった方に雅楽の魅力をどのように伝えたいですか。雅楽の凛としていつつ、ふわっとした空気感に浸ってもらえたらうれしいです。 Q5.特に仏具の「おりん」を楽曲に取り入れているところが太田さんの個性と感じられますが、きっかけなどはありますか。私の地元である富山県高岡市は銅器産業が盛んな土地で、仏壇や仏具の製造メーカーがたくさんあります。市内にある(株)山口久乗がドレミに調律した「おりんの楽器」を開発し、この「おりんの楽器」でJR高岡駅の発車メロディーを私が作曲したことがきっかけです。独特な音響と余韻で色んな雰囲気が出せるので、今では私の制作する音楽には欠かせない存在になっています。 Q6.告知や宣伝などありましたら、ご自由にお書きください。4月20日(火)14:00~渋谷区大和田文化センター伝承ホールにて私も出演する雅楽の公演があります。19:00~録画配信もありますので、ご興味を持たれた方は是非ご来場、ご視聴ください。 博雅会定期公演 第40回東京公演 ~令和を寿ぐ~

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これだけ多くの名前を持っている植物も珍しいだろう。沖縄では「ハンダマ」熊本では「水前寺菜」、愛知では「式部草」そして石川では「金時草」と呼ばれている。屋久島では地元の方などはやはりハンダマと呼ぶ方が多いように感じます。どう呼んでいいのか分かりませんので、ここでは一応ハンダマと呼ぶことにします。ハンダマは放っておいてもどんどん増えるので、屋久島ではほとんどの各家庭で庭などに植えて、必要なときに葉を摘んで食べます。我が家でも裏の畑のバナナの根元に植えてありますが、異常なくらい増えてしまっています。そんなハンダマにチラホラと花が咲いていたので撮ってきました。 食べるのはハンダマの葉である。表は濃い緑、裏は紫色なのが特徴だ。茹でたりすると滑りが出て味噌和えや辛子で食べると美味である。 これがハンダマの花、最初は赤く最後は黄色くなるようだ。紅花に似ているような感じがする。もっとも私は本当の紅花を知らないのであくまでもイメージである。。 何れにしても屋久島でハンダマは繁殖力が強くどんどん増える。この強さが栄養的にも体に良いのかなと思う。 全国的に色々な名前を付けられているが、決してメジャーな食材ではないだろう。何しろ私はこのハンダマ(金時草、水前寺菜)を知ったのは屋久島に来てからである。関東ではほとんど出回っていなかった。もっとも金沢では金時草(キンジソウ)と呼ばれ伝統の加賀野菜の一つになっていること、関東でも知るひとは知っていたのだろう。

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ドニゼッティ 《ランメルモールのルチア》の日本語対訳が完成しました。 歌詞対訳は → ランメルモールのルチア 《ランメルモールのルチア》と言えば「狂乱の場」ですよね~。アリアへジャンプ!に加えました。ルチアが死んだ後のテノールのアリアもすごくいいですよね。 SuperSE様による個人完訳です。数日の間にものすごいスピードで全幕仕上げてくれました。ありがとうございます。イタオペの対訳完成は初めてです(ヘンデルは「バロック・オペラ」ということでよろしいかな?)。オペラ対訳プロジェクトを開始してからもうすぐ3年ですが、イタオペがラインナップに加わってようやく「オペラらしく」なってきた気がします。 さて、著作権の扱いについてちょっとお話しておきます。著作権には大きく分けて三つのカテゴリーがあります。SuperSE様の訳した日本語テキストにはそのうちのクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを設定しています。三つの違いはウィキペディアを読んでいただければすぐご理解いただけると思います。 1) All rights reserved2) Creative Commons (CC)3) Public Domain (PD) 「CC」の良いところは、著作権者の許諾を個別に得なくても条件を守りさえすれば自由に転載が可能となる点です。コピーが容易なインターネットに適応した著作権のあり方と言えるでしょう。 とはいえ、この「CC」まだ使い易いツールとはなっていないように思います。ワタクシ管理人にもまだ「謎」な部分が多いのです。管理人にとって最大の「謎」、またそれが普及を妨げる大きな要因となっているとも思われるのですが、それは『転載したときに、具体的に何をすればいいのかわからない』点です。 調べてはみたものの、いまひとつ自信がありません。とりあえず、今回の《ランメルモールのルチア》をウェブ上に転載したときは近傍にこのタグを張ってください。たぶんこういう運用でよいと思うのですが。 <a href=”http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.1/jp/” target=”_blank” ><img border=”0″ style=”” title=”Creative Commons License” alt=”Creative Commons License” src=”http://i.creativecommons.org/l/by-nc-nd/2.1/jp/88×31.png” /></a><div>この日本語テキストは、<br /><a href=”http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.1/jp/” target=”_blank” rel=”nofollow”>クリエイティブ・コモンズ・ライセンス</a><br />の下でライセンスされています。<br

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数字には不思議なかくれた法則があるらしい。不思議な数字が世の中には沢山あるようです。例えば丸い円の角度の表示は、どうして360などと、変な数字になったのでしょうか?今回は日常なんでもなく思っている、丸い円とそれに関連する話です。 ★円の角度はなぜ360度なのでしょうか?12進法、60進法はどこから来たのか? あの丸い円が、どうして100とか10のように、切りの良い数字でなく、360度なんでしょうか?それははるか昔、円を360度としたのは、約5000年前のメソポタミアのバビロニア人でした。彼らは月と太陽の動きから60進法を考案して、地球が1日で太陽の周りを回転する角度を1度とし、地球が太陽の周りを一周する一年は360日と決めたので、円一周が360度となったのです。これから直角は円の4分の1なので90度になり、直線は180度になりました。当時のパピルス紙に書き残されていた数学がわかり、またバビロニヤに書き残されていた数学によって、60進法が使われていたこと、天文についての研究も盛んであったことがわかりました。メソポタミアの楔形文字には、1~59に対応する数字があったとのことです。要するに月や太陽の動きから時間を計り、角度を計算していたのですね。 当時の人たちは月の動き方をみて、30日が1単位で、その12単位で1年ができていることを知りました。そうして1年は約360日と考えていたようです。時間の単位として「1日」24時間、「1時間」は60分、「1分」は60秒へと分けました。これは60進法を用いています。 現在の日常生活はほとんど10進法です。でも時間は12進法と60進法が使われ、角度の単位も60進法が用いられています。10進法に次第に統一になるかと、かっては思っていたが、時間などは一向に統一化されません。両手の10指から生まれた10進法と、12回繰り返す「月の満ち欠け」を1年とする12進法を組合せてできた60進法、この違いはどのようなメリット、デメリットがあるのでしょうか? また地球表面上の任意の位置を表す方法として緯度や経度があります。船や飛行機の航海、航行には、緯度、経度だけでなく、世界時や地方標準時等の時間や、天体の高度等の角度、針路・速力等の12進法、60進法が大きくかかわっています。まだ他にも12進法を使っていることが多くあります。自然を相手の世界では、どうも60進法が解りやすいようです。 太陽を回る地球から360度の角度が出来た。 メソポタミアの楔形文字には、1~59に対応する数字があった。 ★日本円はどうして360円だったのでしょうか? 戦後、1971年までは、固定相場制で1ドル=360円と決められていました。同年12月、ワシントンのスミソニアン博物館にIMF主要10カ国の蔵相が集結し、1ドル308円に切り上げになりました。その後は次第に変動相場性になり、最近ではなんと1ドル77円前後まで円高になっています。 1971年360円から308円になった時の新聞 では戦後どうして360円などと、いまでは思いもつかないような円安のレートになったのでしょうか?それは日本では、昭和10年から23年までの間に、卸売物価は戦争もあって、約208倍に上昇になり、同じ期間に米国の卸売物価は約2倍だったことに関係します。日本の卸売物価の上昇率は米国の約104.5倍でした。昭和10年の円為替レートは1ドル=約3.45円だったから、これに104.5倍すると360円近い数字になり、端数を切り捨てて1ドル=360円としました。 もう一つの面白い説は、昭和24年2月に日本経済再建のため来日した米国ドッジ特使が、為替相場の一本化を行ない、1ドルを360円と決めたのです。ではどうして360円なのか?当時はGHQが絶対の権限をもっていました。GHQからいっさいを任されたドッジ特使を中心に、いろいろ議論を重ねたのですが、なかなか決まらなかった。そこで随行員の一人が「円は丸い意味だから、1ドル360円にしたらどうか」と言ったといいます。それで360円に決まったという話です。私は面白い話とは思うが、まさか専門家が議論していることだし、経済的にもレートは大きく経済に影響があるので、そんな安易に決めたのではなく、やはり双方の物価や購買力などを勘案し、それで出てきた数字に、近い切りのよい360円にしたのではと思います。 ちょっとここで脱線です。では日本の通貨単位はどうして「円」になったのでしょうか?この日本円は、実は中国の貨幣の圓がもとで、明治政府に当時いた、その後に早稲田大学初代総長になった大隈重信が円を日本の通貨単位にしたのです。この円は日本だけでなく、中国、台湾、韓国では、中国からの「圓」が由来で出来た通貨が採用されているのです。したがってこれらの国の通貨は発音と表示するその国の字が違うだけなのです。日本の「円」は実は「圓」の略字であり、中国の貨幣単位の「元」も「圓」の現代風の中国の略字です。また台湾の貨幣はよく台湾ドル(NT$=New Taiwan Dollar)と呼称していますが、現地ではNT$と言ってもわからず「圓」です。従って、中国も台湾も日本も同じ名称の通貨単位を使っていますが、用いている文字と発音が違うだけなのです。また、韓国のウォン(Won)も漢字で書くと「圓」です。発音においても、日本円はえんでYen, 中国元はYuanで聞くとユアンと円に近い。台湾の圓も同様で、韓国Wonはハングル語になっているので漢字ではないが、発音はウォンのウが聞こえないような音です。ただ中国においては、韓国ウォンは中国元や日本円と共に通貨を表記すると区別できないので、韓国ウォンは「韓円・韓元」(繁体字「韓圓・韓元」)と書くそうです。ベトナムも漢字の影響があり、通貨のDong(VND)もどうも圓からのようです。 中国元:100圓紙幣ーどこにも「元」などど書いてなく表示は「圓」 台湾50圓紙幣:表示は「圓」で、台湾ドルではありません。 脱線ついでにもう一つ円の話です。円を英語で書くときはなぜ「en」ではなく「yen」なのでしょうか?いろいろの説があるようです。まず江戸時代までは日本人は「エ」を 「e」を「je」と発音していており、これを聞いた英米国人が幕末ー明治の時代に、これを「ye」と綴って、「エン」の発音を「yen」と書いたそうです。その他の説は、円「en」は外国人が発音すると「エン」より「イン」と発音するほうが多く、子音の「y」をつけて「イェン:yen」と読めるようにしたとの説があります。さらに他の説では、昔中国の「元」紙幣が「yuan」と表示されていて、これが「yen」と変わったとの説。 さて、円の通貨の略字ですが、米ドル:$の習慣に合わせて、その頭文字「y」に二重線を入れてとしたからなのだそうです。紛らわしいことに、中国の人民元(yuan)も同じ記号を使います。発音とだけ見ると日本円のようで間違いそうですね。かって私もこれで日本円と中国元を混同してしまいました。 また人民元との言い方は日本独特で外国では通じません。中国でも人民元とは呼んだり表記せずに、人民幣(じんみんへい、人民币、Rénmínbì、レンミンビ、RMB)と呼ばれます。為替や貿易など国際的な実務取引では、日本円はJPY,中国人民元はCNY、韓国ウォンはKRW(korean Won)、台湾はTWDと表記されます。また米ドルもUSD、ユーロはEURと3文字表記され、これらは国際規格(ISO Code)になっていますので,為替や投資をするときなど円の略字や米ドルUS$などと混乱を起こさないでください。なお普通の生活で使う略字は, $,€(ユーロ)でよいでしょう。 国際取引や金融関係では通貨はISO Codeの3文字で表す。US$や¥は通貨の記号です。下記はその一覧表です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E8%A1%8C%E9%80%9A%E8%B2%A8%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7 ******************************************* 丸い数字の360からとんでもない方向へ反れたようです。私達の生活で時計など便利に使っている12進法(Duodecimal system)、60進法は昔の人たちが残してくれた生活の知恵ですね。また最近の日本円の円高ばかり知っている若い人たちはレートが360円などと夢物語のようでしょうね。「円」もまた、近隣の国々と結局「縁」あって、同じ「圓」で結ばれているのだから、これからはもう少し近い国同士は仲良くなれないものかと思います。

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