「先生は(妻夫木聡)・・この豚を育てて・・最後に食べようと思います」と新人教師は、担任の6年生に呼びかけます。 これは、大阪でホントにあった話です。26人の子役には、台本を渡さないで実際に、子供たちの意見が、映画になります。 豚の飼育を通して、その豚を、人が食べる意義。命、命とはを小学6年生に問います。 「食べる」「食べない」「人は食べなければ死ぬ」 子供たちの議論は続きます。 名前をつけてペットにしてしまった豚を食べちゃぁ駄目だろう 豚は、食べられるために作られた。議論は続きます 先生は・・子供たちに・・ペットの豚を通して考えさせます。教頭は、子供たちに、ちゃんと責任を取れるのか危惧し、校長は、責任を負うなら許可しますって。どんな危険な結果が起こり,どう責任をとるんですか? さて、結果は、実際の結果どおりなのか、また違う結果がでたのか。※本を読んでいないのでわかりません。 昔、ニワトリを飼っていて、卵を産まなくなったときに、どちらの親だったか忘れましたが、鶏肉屋さんに持って行って、ちゃんとかしわになってみんなで、食べた記憶が、蘇りました。おいしいとも、苦しいともなく、珍しく黙った食事だった。 ところが、喜んでか、悲しんで食べたのかは、覚えていないんです。 人間は、良くできたもんです。ちゃんと忘れる機能がある。 幼稚園の帰り道、ニワトリを街で5~60羽飼ってるおうちが、あって、きっとわざとだと思うんですが、ニワトリを頸を廻して絞めるのを、見せるんです。ぼくら幼稚園児たちは、泣いて、走って帰ったことも、蘇りました。 ついでに、もうひとつ、ねずみ捕りのかごを、水を張ったバケツに入れる役目が、何故かぼくだったのも、思い出しました。 泳ぐのが得意なぼくにとって溺れ死にほど、苦しいものはない、どうしたら、楽に死んでくれるのか、ほんと考え抜きました。考え抜いてある殺し方を発見し、それは……。やっぱり止めておきます。 ぼくなら、豚を食べます。食べさせていただきます。 ブタがいた教室『ブタがいた教室』(ブタがいたきょうしつ)は、黒田恭史の書籍『豚のPちゃんと32人の小学生 命の授業900日』(ミネルヴァ書房 2003年)を原案。キャッチコピーは『命の長さは、誰が決めるの?』。 ストーリー1990年7月から1993年3月の2年半にわたり新任教師の黒田恭史が、大阪府北部山間僻地に出来たニュータウン「北大阪ネオポリス」の造成によりサラリーマン世帯が増加したことをきっかけに、大阪・豊能町立東能勢小学校で実際に900日間にかけて行った授業を基にしている。 劇中の子供たちのディベートのシーンでは、子役たちは与えられたセリフではなく自分で考えた言葉で話している。台本にはスタッフ・大人の俳優が使う大人用と子役が使う子供用の2種類が用意され、大人用には結末までが書かれているが、子供用にはせりふも結末も何も書かれていない。監督である前田哲によると、子供たちには演技ではなく素直な気持ちでありままの姿で議論して自分たちで答えを見つけてほしいとの思いから台本を配らなかったとのこと。実際に子どもたちは撮影前に、食肉センターや養豚場を見学したりして、オーディションから180日間、ブタを飼育したりした。第21回東京国際映画祭「コンペティション部門 観客賞」を獲得。 キャスト星先生 – 妻夫木聡仁科教頭 – 大杉漣池沢先生 – 田畑智子小鷲 先生- 池田成志高原校長 – 原田美枝子音楽教師 – 清水ゆみ甘利花の母 – 戸田菜穂 6年2組 甘利花 –

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ベンチャーキャピタルや事業会社など投資家向けの未上場株管理ツール「FUNDBOARD」を運営するケップルは4月16日、スタートアップの資金調達を支援するオンラインIRサービスをローンチした。 新サービスではFUNDBOARDを利用する50社以上の投資家に向けてスタートアップが自社の紹介資料を配信できる機能のほか、オンライン上での投資家との意見交換会や個別で投資家を紹介するオプションなどを提供する計画。新型コロナウイルスの影響で国内の資金調達環境もシビアな状況になる中、スタートアップをサポートするのが狙いだ。 ケップルが開発する「FUNDBOARD for Startups」はスタートアップのIR業務を効率化することを目的としたサービス。株主名簿の作成・管理機能や新株予約権原簿の管理機能、株主総会の招集機能など、従来は煩雑で非効率な要素の多かったIR関連の作業をオンライン上で簡単にできる仕組みを目指している。 本日公開されたベータ版ではそれらの機能に先行して、スタートアップの資金調達を支援する機能のみが搭載されている形だ。メインとなるのは、FUNDBOARDを活用している投資家に対して自社の紹介資料(事業概要や既存株主、目標の資金調達額など)を配信できる機能。自社に興味を示す投資家が現れた場合には、FUNDBOARD事務局が投資担当者を紹介するところまでをサポートする。 ケップル代表取締役社長の神先孝裕氏の話では「マッチングしたとしても、その後実際に担当者とのアポイントを設定するまでに意外と時間がかかる」ので、マッチング後のやりとりをユーザーにまるっと任せるのではなく、あえて運営メンバーが仲介する設計にしたそうだ。 投資家への情報配信イメージ 「FUNDBOARDは著名VCを始め50社以上の投資家ユーザーに管理ツールとして活用してもらえている。投資家とスタートアップを繋ぐサービスは複数存在するが、1つのネックとなるのがスタートアップ側からメッセージを送っても投資家に気づかれない場合があること。FUNDBOARDはサービスの特性上、投資家が日常的に使っているので双方をマッチングする場所としては効果的だと考えている。なかなか話を持っていくルートがない投資家に自分たちを知ってもらえるチャンスもある」(神先氏) FUNDBOARD for StartupsではIR情報配信機能に加えて、特定の投資家とスタートアップがオンライン上でカジュアルに情報交換できる相談会(すでに3月からZoomなどを活用して複数回実施済みで評判が良いそう)の開催や、スタートアップ側の要望に応じた投資家の個別紹介なども行なっていく。 情報配信と相談会についてはコロナウイルスの影響も踏まえ、まずは5月6日まで無料で提供する方針だ。 「これまでは投資家向け管理ツールという謳い文句で展開してきたが、元々はスタートアップと投資家のコミュニケーションを支援することを目指して立ち上げたサービス。スタートアップ向けの機能も以前から予定していたもので、今回ようやくその一歩目を踏み出せた」 「本来はもう少し投資家ユーザーの数が増えた上で提供することを考えていたが、コロナウイルスの影響で(神先氏が代表を務めるケップル会計事務所の)支援先でも売り上げが大きく減少してしまったり、事業会社からの調達が決まりかけていたタイミングで話がなくなってしまったりする事態が起きている。スタートアップの資金調達を少しでもサポートするべく、前倒しでリリースすることを決めた」(神先氏) 現時点ではかなりシンプルなプロダクトになっているが、今後は特定の投資家のみにコンタクトが取れる機能のほか、上述した株主名簿の作成・管理機能など既存投資家とのコミュニケーションを円滑に進めるための仕組みなども追加していく計画だという。 ケップルは2015年2月の設立で、これまで複数の個人投資家や日本経済新聞社、野村総合研究所などから累計で3億円以上の資金を調達済み。現在はFUNDBOARDのほか、スタートアップや投資家向けの学習プラットフォーム「KEPPLE ACADEMY」も運営している。

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5G対応のiPhone SE(第3世代)が、3月18日に発売となる。日本ではNTTドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイルが取り扱うが、今回はUQモバイルやワイモバイルといったサブブランドも同時に発売する。 ・速報:新 iPhone SE (第三世代)発表。初の5G対応・A15で高速化・バッテリー駆動時間延長 各キャリアとって、5G対応のiPhone SE(第3世代)は待望といえるだろう。5Gにおいては日本は世界から普及が遅れていると指摘されている。 2020年3月に3キャリアで5Gが始まったものの、これまで特に盛り上がることなく2年が経過してしまった。5Gエリアは、4G周波数帯を転用することで、広がりを見せている。しかし、5G対応スマートフォンが爆発的に売れることもなく、地味に普及している状態に過ぎない。 菅政権の圧力により、料金値下げが注目され、オンライン専用プランなど小・中容量プランが世間の注目を浴びた。キャリアとしては5Gスマートフォンに乗り換えてもらい、データをバカスカ使ってもらうことで、ARPUをあげ、さらに使い放題プランへの乗り換えを促したいというのが本音だ。 KDDI高橋誠社長は「5Gスマートフォンユーザーは4Gスマートフォンユーザーより2.5倍もデータトラフィックが多い」と語る。 iPhone SE(第3世代)が普及すれば、それだけデータ通信を多く使うユーザーが増え、結果として、キャリアの通信料収入の回復が見込まれるのだ。 今回のiPhone SE(第3世代)、5G対応と言ってもSub-6のみの対応となる。アメリカではiPhone 12シリーズ、さらにはiPhone 13シリーズはミリ波に対応していた。ベライゾンなどがミリ波の展開に積極的であったため、アップルとしてもiPhoneでミリ波の対応を余儀なくされたようだ。一方で日本で売られているiPhone 12シリーズやiPhone 13シリーズはSub-6のみの対応だ。 アメリカで売られるiPhone […]

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東京都美術館で開催されている「オランダ・フランドル絵画の至宝/マウリッツハイス美術館展」(2012年6月30日~9月17日)にフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が展示されています。巡回展は神戸市立博物館(2012年9月29日~2013年1月6日) ■ヨハネス・フェルメール「真珠の耳飾りの少女」1665年頃 西洋では主に王侯貴族からの注文を受けてたくさんの肖像画が描かれてきました。 17世紀のオランダでは、経済発展に伴い身分を問わず幅広く肖像画が描かれ、レンブラントやルーベンス、フランス・ハルス、ヴァン・ダイクなどが優れた作品を残しています。 ■ペーテル・パウル・ルーベンス「ミハエル・オフォヴィウスの肖像」1615~1617年頃 ●「トローニー」とは レンブラントたちが活躍したオランダ絵画の黄金期には、肖像画とは一線を画したもので、人物画の中でも独立したジャンル「トローニー」がありました。 オランダ語で「頭部の習作」を意味するトローニーは、誰とは特定されない人物の胸から上を描いた作品です。トローニーは実在の人に似せることを目的としておらず、人物におけるさまざまなタイプの表情や性格を描き分けるための習作でした。 画家は自らの顔をモデルにして技術を研鑽することもあり、特にレンブラントが描いた数多くの自画像はそのよい例と言えます。レンブラント「自画像」油彩画ギャラリー レンブラントの自画像はさまざまな衣装を着せており顔かたちも決して同じふうではありません。そのことから習作的な要素が見てとれます。 オランダのトローニーの中でも特に有名なのがヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」です。 マウリッツハイス美術館を訪れる人々のお目当ては3点のフェルメール作品ですが、その中でもこの「真珠の耳飾りの少女」こそがひと目見て帰りたいと思う目玉中の目玉です。 東京都美術館の「マウリッツハイス美術館展」でもこの作品の前に長い列が作られて、間近で見たい人はそこに長い間並び、ほんの数秒ご対面となります。でも数秒じゃ物足りない人のために作品から4~5メートル後ろにロープが張られ、そこからじっくりと見ることができます。 今回じっくりと見させていただきました。 ■フェルメール「真珠の耳飾りの少女」顔部分 ●「真珠の耳飾りの少女」と対話する 「真珠の耳飾りの少女」は、17世紀当時のオランダの少女がふだんは身に着けることのないターバンを巻いており、別名「青いターバンの少女」と呼ばれています。フェルメールは青いターバンによって少女を異国風の、東洋を感じさせる人物として描きました。 この少女は実在する人物がモデルとなっている可能性はありますが、フェルメールは実際のモデルとは違った性格の架空の人物に仕立て上げようとしたようです。つまりトローニーとしてフェルメールが作り上げた少女なのです。 ならば、鑑賞者としてはこの人物に込めたフェルメールの意図や思い入れを見るのがいいのでしょうか? 否、見る者が主観的に少女に語りかけてみるのがいいのです。 絵画の見方(1)「主観的鑑賞」絵画の見方(3)「美術館での鑑賞のしかた」 ここに描かれた人物像(少女)は内的にはフェルメールの想像の産物です。この空想によって描かれた少女を、地球上に存在する一個の人格を備えた生命体として見ようとするときに「対話」が始まります。 対話は言葉とは限りません。エネルギーの交流です。実際に生きている存在として実感する瞬間を見出すことです。 ■「真珠の耳飾りの少女」部分(目) ■「真珠の耳飾りの少女」部分(口) ■「真珠の耳飾りの少女」部分(真珠の耳飾り) 1650年から1680年の間にオランダで大流行したという真珠。描かれた大粒の真珠は画面全体にアクセントをつけて、まるで闇と光を媒介しているかのように銀色に輝いています。 真珠はこの少女によく似合っています。 ところでいったい誰がこの少女を振り向かせたのでしょう? 誰かの呼びかけに応えたかのように、あるいは存在に気付いたかのように肩越しに振り向いた少女の目はしっかりと見開いているけれど、どこかつかみどころが無くうつろです。そのうつろな目と半開きの唇は何かをこちらに発しているというよりも、いわば無防備です。 無防備、それゆえに少女に内在する素直さや純粋さが際立ち、逆に、見る者の視線を吸引する力を備えています。 でも、少女はこちらの目を惹き付けるだけで、何も語ってきません。 光を受けた「一瞬」の表情は、背後の「永遠」の闇に封印されたまま動きません。 業を煮やしてこちらから少女に向かって言葉を発したならば、言葉は蒸発して静寂の闇に消えてしまいそうです。 ならば、もはや期待を捨てて、あれこれ余計な詮索するのもやめて、素直な心でただ向き合っていようじゃないですか。 ・・・・ ・・・・ やっと気付いたでしょうか。 これは、懐かしいあなた自身です。 国立西洋「フェルメールに帰属《聖プラクセディス》」のフィクションストーリー 絵画の見方(2)「自分のこととして見る」絵画の見方(4)「心に映るものを見る」

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最近実は隠れたテーマとなっていた黒チャーハン作成、漸く完成の域に近づいてきました 黒チャーハンって言うのは、たまり醤油など使ったちゃんとしたものもあるそうですが、ここでは新福菜館や関所食堂のようなものを指します 完成形・黒チャーハン@自宅 参考新福菜館の「ヤキメシ」(500円)@京都 関所食堂の「チャーハン」(550円)@群馬(横川) 個人的な黒チャーハンの定義は 1、焦げた醤油の香りが前面に出ていること2、ラードが前面に出ていること の2点です、いわゆる中華の「パラッと」したチャーハン(炒飯)とは一線を画します、むしろ「ベタッと」に近いかもしれません作り方は見ていないのですが、自分なりに考案して作成してみました かなりチャーハン作りの常道から外れる点も多いですのでご参考まで(今回は約3人前、ご飯で2.5合分です) まずはラードを用意、今回チャーシュー作成時に出来た脂を使用しましたが、市販のラードでもちろん可 かなりの量です、大匙5杯分くらいは優にあります これを中華鍋に移し、煙が出るまで熱します ここでセオリー外その一、醤油を先に投入し焦がしますもちろん、通常は調理の最後に鍋肌から回し入れるのがやり方です 醤油はチャーシューだれを使用、これまた通常のチャーハンでは考えられない量を使います 多めに使うのは、醤油が主役なのと、焦がした時に蒸発するのを考慮してのことです 1分は焦がした頃、具材を投入! 自作チャーシュー、葱、ナルトです 具が脂を吸いすぎないように、具材の投入から時間をほぼ置かずご飯を合わせます ご飯は今回のチャーハン専用、水を通常の2割減にして「固め」にセットして炊きます、勿論醤油と脂を多く吸い込むことを念頭に置いたものです 2.5合だとかなりの量になりますので、飯に醤油が満遍なく行き渡るように混ぜたら、鍋肌で焼くようにして水分を飛ばします ここで塩胡椒、胡椒はやや多めですが塩は醤油があるので少なめで結構です ここまで来て、何か気付くことはありませんか? チャーハン作りをされる方なら「あれっ?」と思われるはずです そう、卵が出てきていません 実はこれは今回に限らないのですが、卵は後から注ぎ込みます今回は2個使用、これをよく溶いておき、前掲のご飯の上に満遍なく注いで行きます このやり方、どこかで聞いたのが発端ですが、なんでポピュラーでないのかが不思議です通常だと最初に炒り卵の様に作ってから出しておき、最後に混ぜ合わせるというやり方ですが、生卵を後から入れた方が合わさりも良いですし、手間も一度で済みます、チャーハン作る方は是非やってみて下さい、初めてだったら絶対びっくりしますよ! 程ほどに水分が飛んだら完成! 再度チャーハンアップ! 型は茶碗かなんかで少しギューギューめに詰めると美味しいですよ そして脇役ながら秀逸なのがこのスープ このスープがとにかくお店級! でも簡単です(笑)、葱みじんとチャーシューだれ、ラード少々にウェイパーか鶏ガラスープの素をいれてお湯を注ぐだけでも熱いことが絶対条件! 場合によっては電子レンジで温め直すくらいでOK ラードと焦がし醤油がどっぷり効いたチャーハンと激旨スープ・・・・・・、至福の休日の昼食ですね でも、一般人には受けが良くないかもしれませんよ、二郎が平気で食べられるB級の方には絶対喜んで頂けると思いますが・・・・・

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米国時間3月10日に、Google(グーグル)は、同社のデフォルトのメッセージングアプリを大幅にアップグレードすることを発表した。ほとんどのAndroid携帯にプリインストールされているメッセージアプリは、今回のアップデートで多くの新機能を獲得することになる。最も顕著なのは、iMessageの「背面タップ」が絵文字の反応として配信されず、別のメッセージとして送信されていた長年の問題に対処することだ。この問題は、AndroidとiPhoneユーザーの間のチャットを混乱させ、乱雑にし、あまりにもうるさいものにしている。 他のアップデートは、返信を忘れたメッセージに返信することを思い出させるナッジ、ビジネスと個人的なメッセージのための別々のタブ、お祝いしたい誕生日のリマインダー、Googleフォト統合を介するより鮮明なビデオのサポート、絵文字マッシュアップの拡張セットなどが含まれている。 アップデート後は、iPhoneユーザーからのリアクションが、Android上のテキストメッセージに絵文字として送信されるようになる。iMessageと同様にライク、笑い、混乱、興奮などの絵文字のリアクションがメッセージの右側に表示される(Androidでは、右下に表示)。この機能は、まず英語に設定されたAndroidデバイスで展開されるが、他の言語でも順次展開される予定だ。 画像クレジット:Google これらの改良されたリアクションは、メッセージアプリのベータユーザーにはすでに提供されていたが、Googleはまだ一般にいつ提供されるようになるかについては述べていなかった。しかし、どの絵文字を使うかについてのAndroidの解釈は、iPhoneと若干異なることがテスターによって指摘されていた。例えば、Androidでは「ハート」のリアクションが「ハートの目をした顔」の絵文字になる。また、iMessageの感嘆符のリアクションは「口を開けた顔」の絵文字になる。 また、Googleは、ビデオ共有のエクスペリエンスを向上させるために、メッセージアプリにGoogleフォトを統合する。最新のRCS規格では、Android端末を持つ人同士で高品質のビデオを共有することができるが、iMessageはRCSをサポートしていないため、同じビデオをiPhoneの人と共有するとぼやけて表示される。そこで、Googleフォトを経由して動画のリンクを送信することで、iPhoneユーザーも同じように高画質で動画を視聴できるようになる。この機能は、後に写真にも対応する予定だ。 この追加機能は、ビデオの品質に関してAppleを恥じ入らせることで、業界標準を採用するように仕向けることを目的としている。 Googleはこれまで、AppleがRCSをサポートしないという決定について非常に大きな声を上げてきた。RCSを採用すればGoogleがAppleのiMessageとよりよく競争できるようになるというのがその主な理由だ。しかし、AppleがiMessageを安全性の低い古い規格であるSMSに戻したことで、自社の顧客にあまり良いサービスを提供できていないと指摘するGoogleは間違ってはいない(これは、Appleが主張するようなプライバシー重視の企業としては、奇妙な選択だ)。 iMessage should not benefit from bullying. Texting should bring us together, and […]

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[第371回]  2015年4月9日の「毎日新聞」<朝刊>に天皇のパラオ訪問の記事と写真が掲載されていた。↓ 今回、ここで話題とするのは、「ワイングラスの持ち方」である。    ワイングラスはどの部分を持つべきか。↓の図を見て考えたい。 ↑ これは《ウィキペディア―ワイングラス》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9 に掲載の写真を印刷して私が書き込んだものです。↑ 上の写真を見ると、天皇は(3)の部分を持っている。 こういう人は外国訪問の際に国際的なマナーに反することをしてしまって恥をかくことがないように宮内庁の役人が事前に説明をしていると思われるので、一通りまともな作法をとっていることが多いと思うのだが、私が書き込みをした図の(3)の部分を持つのが正しいか。    ワインとはどういう性質があるかを考えるため、キッチンスペシャリストハンドブック編集委員会 企画『キッチンスペシャリスト ハンドブック』(1988.5.日本住宅設備システム協会)より「ワインセラー」についての部分を引用する。≪  セラーとは地下室や穴蔵という意味である。 光を避けて温度を一定に保つには深い地下空間が適していたためだが、家庭でつくる地下室程度では理想的なワインの貯蔵はむずかしく、本格的なものを望む場合は空調が必要になり、外国製品の一部には商品化されているものもある。 ワインの貯蔵条件は以下の六つである。(1) 温度は12~14℃(2) 湿度は75%前後(3) 光線を避ける(4) 振動がない(5) くさいものと一緒にしない(6) 必ず横にして寝かせる。 ≫   ワインは高温にすると質が低下する飲み物なので、手のひらの体温が伝わらないようにした方が良いという点があるようだ。 また、手の感覚としても、湯のみ茶碗などは、冬の寒い時期に、手のひらで持つことで、手のひらも温まるのがここちよいということがあるが、「頭寒足熱」といって夏の暑い時期においても足の裏と手のひらは温かい方がここちよく健康にもよいはずであり、ワイングラスなど比較的冷たいものを入れたグラスのボウルの部分を手のひらで持つと、手のひらの感覚としてもここちよいものではないので、その点から考えると、ボウルの部分は持たない方が良いことになる。   そうなると、↑の私が書き込みをした図の、(1)、(2)、(3)のいずれかということになるが、このいずれが適切な持ち方なのか、ということになる。 乱暴な考え方をするなら、呑み助が自宅で飲む場合は自分が好きなように持って好きなように飲めばよいということになるが、ワインというものの性質から考えるなら、ボウルは持たない方が良いはずだ。   (1)の部分を持つと、手のひらの温度はボウルの中のワインに伝わらないだろうけれども、安定が悪くて持ちにくいと思うのだ。 しかし、インターネットで検索したりすると、この(1)の部分を持っている人の写真がけっこう出ている。 ひとつには、どういうシチュエーションで持っているかということもあるらしく、「きき酒会」のような場で、「わたしはこれを飲んでいます」と示すためであれば、(1)を持った方が人に見せるには適しているようだ。   私は、(2)を持つものだと思ってきた。 ボウルとステム(脚)のどちらを持つべきかというと、ワイングラスは手のひらの体温がワインに伝わりにくいように、かつ、ワインの冷たさで手のひらに不快感が出ないようにということでこういう形状をしているのであって、そうでなければ、こんな割れやすい、かさばった、収納しにくい格好をする必要はないのであり、こういう形状のグラスを使用しておきながら、ボウルを持つアホはないのであるから、それを考えると(2)を持つものだと思ったのだ。   ワイングラスと似た「ボウル+ステム(脚)」という形状のグラスに、シャンペングラス、カクテルグラス、ブランデーグラス、ゴブレットといったものがある。どう違うかというと、『キッチンスペシャリスト ハンドブック』には、≪ ワイングラスには赤ワイン用、白ワイン用、兼用タイプとあるが、赤ワイン用はやや大きめである。   ゴブレットはワイングラスより大きめで、水などを飲むのに適している。   タンブラーは台付きでなく、日常最もよく使われるグラスである。   ロックグラスは口の大きいどっしりしたもので、オールドファッショングラスとも呼ばれる。   そのほかにシャンペングラス、ブランデーグラス、カクテルグラスなどがある。 ≫と出ている。 タンブラーとロックグラスは、ワイングラスのような「ボウル+ステム(脚)」の形状ではなく、「普通のガラスのコップ」のような形状である。    1988年1月、ナポリのピザ屋に入った時、水をこういう「ボウル+ステム(脚)」の形状のグラスに入れて出されたので、え? 水をワイングラスで飲むの? と思ったのだが、ワイングラスではなくゴブレットというものだったようだ。百貨店のワイングラスなどの売り場に行って見ても、「ワイン、及び、水用」と書かれたものもあり、ワインと水なら水の方が多く飲むのが普通なので、ゴブレットの方がワイングラスよりもひと回り大きいのですが、水なみにワインを飲むおっさんだっているでしょうから、中間くらいの容量のものが「ワイン、及び、水用」だったりするのでしょう。   ナポリのピザ屋で出されたゴブレットに入った水がおいしく思ったのです。それで、日本に帰ってから、ゴブレット、もしくは大き目のワイングラスを購入して、ミネラルウォーターを入れて飲んでみると「普通のガラスのコップ」に入れて飲むよりおいしいのです。手のひらの温度が伝わらないのでミネラルウォーターの温度が上がらないということもあるかもしれないが、「普通のガラスのコップ」だと手のひらにミネラルウォ―アターの冷たさが伝わって気持ちよくないので早めに飲むことになるのではないか、それに対し、ゴブレットに入れてステム(脚)の部分を持って飲むと手のひらの気持ちの悪さというものがないので、それで自分が飲みたいペースで飲むことができるということがあるのではないかと思います。   それ以来、「大き目のワイングラス」にミネラルウォーターを入れて、(2)の部分を持って飲んできたのですが、インターネットで「政府要人」というような人がワインを飲んでいる場面の写真を見ると、(2)の部分を持っている人と、(3)の部分を持っている人があるのです。 (3)の部分を持つ人というのは、親指と人差し指で輪を作ってボウルの最下部を乗せるようにして小指・薬指などでステム(脚)を握るわけです。 (2)の部分を持つ場合は、5本の指全体でステム(脚)を握ります。 ↑の写真の天皇の持ち方は(3)です。   雁屋 哲の『美味しんぼ』で、山岡とか海原雄山とかワインの専門家とか「食」に詳しいとされる登場人物がどういう持ち方をしているか見てみると、(2)の部分を持っている場合と、(3)の部分を持っている場合の両方がありました。 ↑ (2)のステム(脚)の部分を持つ持ち方。 (海原雄山・山岡士郎・「ワイン評論家」上杉)〔↑ の2つの絵は、[第185回]《『美味しんぼ』に学ぶ ワイングラス・ゴブレットの持ち方vs「建築家」式持ち方。及、20代の貧乏な生活 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201306/article_2.html でも引用させていただきました。〕 ↑ 最初の写真の天皇のワイングラスの持ち方と同じ(3)を持つ持ち方。 (山岡)    もしも、手の温度がボウルとボウルの中のワインに伝わらないようにということなら、(2)の方が(3)よりも良いと思われますが、しかし、一方で、(2)の持ち方だと、指でステム(脚)の部分を掴んで持つわけですから、長時間持つには疲れると思うのです。 それに対し、(3)の部分を持つ方法だと、小指・薬指でステムを掴んでいるとはいえ、親指と人差し指の輪の上にボウルを載たり指の間にステムを挟んだりしているので、ある程度以上の時間、持つにはこちらの方が疲れないのではないでしょうか。 又、ワインは高温を嫌うといっても、貯蔵する場合には高温を避けた方がよいでしょうけれども、すでにワイングラスに注がれたワインを自分が飲む場合に、ボウルをわしづかみにして手のひらの体温をボウルとボウルの中のワインに伝える必要はありませんが、(3)の持ち方をして、親指と人差し指の輪の部分がボウルにふれたという程度なら、急激に質が低下するとまではいかないのではないか、と考えることができるかもしれません。   結論としては、ワイングラス、及び、ゴブレットなど「ボウル+ステム(脚)」の形状のグラスの持ち方としては、「(2)もしくは(3)のいずれか」ということで良さそうな感じです。    ユニーク(unique)というのかエクセントリック(eccentric)というのかが「建築家」流。 2010年12月に千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ジャムズグローバルスクエア(株)〔不明業〕の忘年会で、「建築家のつくる家」「一級建築士」と名刺に入れたN村設計事務所のおっさんが、ワイングラスの↑の図でいうところの、(1)の部分を手のひらでわしづかみにしてワインを飲んだので、びっくりしたことがありました。 あ~んまり、そんなワインの飲み方する人ないと思うけれどもなあ~あ・・・・・と。 今は昔、清原一博が西武ライオンズにいた時だったか巨人にいた時だったか、ラジオの野球中継を聞いていたところ、後方に上がったファーストフライを追って落球した時があり、その際、前を向いて、右足左足をバックして取ろうとして落としたのを見て、「解説者の豊田さん」が、「自動車バックをしましたねえ~え。あ~んまり、あんなフライの追い方する人ないと思うんだけどねえ~え」と言ったのを覚えていますが、そんな感じ。 ワイングラスの持ち方として(2)を持つ人と(3)を持つ人はおり、「きき酒会」とかでなくてもそういう場で(1)を持っている人の写真を見ることがあることから、ワイングラスは(1)を持つのがマナーなのかと思い、(1)を持つ人というのはいるのですが、(4)をわしづかみにするおっさんて、「あ~んまり、そんなことする人、ないと思うんですけどねえ~え・・・・」と思いました。 (4)をわしづかみにするのだったら、何もワイングラスに入れることはないわけです。「普通のガラスのコップ」で十分なんです。 「普通のガラスのコップ」の方が割れにくいし収納しやすいんです。ワイングラスに入れて出してもらった以上、(2)か(3)のどちらかを持つべきはずなんです。 それが、「ごんたくれの10代か20代くらいのガキども」がやるなら、「こら、こら、こら、ワイングラスはそんな持ち方をするもんじゃない」と教えてあげてもいいわけですが、「建築家のつくる家」「いっきゅうけんちくしい~い!」とかいうおっさんが堂々とやるもんですから、まあ、「自称 建築家」てやつはこんなもんんかな、と思いました。   住宅を扱う建築屋にとっては、食器というのは建築の一部分のはずなんです。 だから、グラスについても理解しておくべきなんです。 だから、他の職業の人がワイングラスの(4)をグワッとわしづかみにするのと、住宅建築業に従事する人間がやるのとでは意味が違うんですわ。 住宅の建築屋は食器についても理解しておくべきで、どのような食器があって、それはどのように収納するべきかといったことを理解しておくというのは仕事のうちなんです。 ところが、「建築家」というのはやることがユニークというのか、エクセントリックというのか・・・、なんだか、普通じゃないわ。 ワイングラスを(2)か(3)を持つならどちらが良いというものでもないらしく、(1)を持ったとしても、日本ではそういう持ち方をするべきだと思っている人もいるようですがそれは正しくないようですよ、という範囲であるが、(4)をグワッ!とわしづかみして平気な顔で飲む・・・・・て、まともじゃないような気がするんですけどお~お・・・・、とこちらが思っても、それでも、「いっきゅうけんちくしい~い!」「建築家!」と言えば、「いっきゅうけんちくしい~い!」「建築家!」のやることは正しいのだ! とでも言いたいのかもしれません。そんな“建築家独善主義”みたいな態度がその「わしづかみ」に出ています。    N村設計事務所のおっさん は、服装・格好が「大久保清みたい!」なところがある。 大久保清というと、大阪万博(1970年)の頃にすでに小学校の高学年だった私くらいの年代の人間には、名前を聞いただけである程度わかるが、「最近の若いもんは」わからんかもしれないので、わからん人は、たとえば、《ウィキペディア―大久保清》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E6%B8%85 でも見てくれ。 そのウィキペディアを引用すると、≪ベレー帽を被ってルパシカを着てスポーツカーに乗りながら、画家を自称し「絵のモデルになってくれませんか?」と約1000人以上の女性に声を掛けていた。ロシアの血を引く甘いマスクと巧みな話術・物腰柔らかな態度から、150人ほどの女性が車に乗り込みうち10数人と肉体関係を持った。≫というのだ。 N村設計事務所のおっさん、それにそっくり。 ベレー帽ではないが、なんか、ちょっと変わった帽子を日差しが強いわけでもないのにかぶり、「暴走族みたいや」と言いたくなる羽根突きの真っ赤なスポーツカーに乗り、「建築家」「いっきゅうけんちくしい~い」を自称していたわけだ。 まさしく、「大久保清みたいや!」。   「建築家」とか「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば、人は「言うことをきく」という認識・思想・観念、あるいは、ちょっと変わった格好をして「建築家」を名のったり、「画家」を名のったりすれば、「人は言うことをきく」という観念というのは、それは、戦後、戦中のナチスドイツの人間を研究したところから出てきたT=W=アドルノ他『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)で、心理学者・社会学者のアドルノらが、ファシズム人格≒権威主義的パーソナリティー≒サドマゾ人格 と呼んだものである。 「人間的に未成熟」と言えば未成熟と評価できるかもしれない。 本当に意義のあることをしようという人間なら、格好にこだわって自分の実力と異なったように人に自分を見せることよりも、自分があるべきものになろう、あるべきものになって自分が残したい実績を残そうと努力するはずであり、「大久保清みたいや」というような態度をとっているということ自体、「たいしたやっちゃない!」ことを示している。   「建築家のつくる家」というN村設計事務所のおっさんの名刺に載っていたコピー自体が、三井ホーム(株)http://www.mitsuihome.co.jp/ のパクリでしかない。 国道14号の南側(海側)にある幕張の総合住宅展示場にある三井ホームのの展示場に、「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」と書かれた横断幕がかかているのを見たのは2011年か2012年のことだったと思う。 アホくさ。 そんなもんを「売り」にしとるんかいな、三井ホームは、と思った。 「インテリアコーディネーターがつくる」という方は、1996年に二次試験に通って1997年に私がインテリアコーディネーターに登録した頃は、インテリアコーディネーターは業界団体であるインテリア産業協会が実施していたが、試験に国家資格して登録すると通産省認定の国家資格となったが、その後、小泉行政改革で民間資格に「格下げ」されてしまった。 私が最初にインテリアコーディネーターの試験を受けた1993年の時点ではすでに国家資格となっていたが、それより前にさかのぼると、インテリアコーディネーターというのは、どうも、三井ホーム(株)が社内資格として初めてものだったらしい。 だから、もともとが三井ホームの資格であったインテリアコーディネーターという職種の女性が「色合わせ」「仕様うちあわせ」を三井ホームでは担当していたのに対し、他の住宅メーカーでは三井ホームの社内資格を他社が関知する必要はないのでそんな資格は持ってない人間が担当していた。 そのインテリアコーディネーターが通産省認定の国家資格として認められるようになり、三井ホーム(株)の従業員でない人間でもその資格を取得する人が増えてきたが、三井ホーム(株)以外の住宅メーカーでは、もともとが三井ホームというひとつの会社の内部の資格だったようなものの取得にはそれほど積極的ではなく、「色合わせ」「仕様打ち合わせ」の担当はインテリアコーディネーターの資格をもっている人間である場合もあればそうでない人間である場合もあった。 だから、その頃においては、「インテリアコーディネーターがつくる」という三井ホームのコピーは「売り」になるといえばなった・・・・が、今では民間資格とはいえ住宅業界内では認知されているインテリアコーディネーターの資格は三井ホーム(株)以外の会社でも取得している人間が「色合わせ」「仕様打ち合わせ」を担当している場合が多く、もはや、インテリアコーディネーターの資格を持っている人間が担当していますぅ~う・・というのは「売り」にならなくなってきた。 1990年代初め、(株)一条工務店では、継手・仕口といった部分の加工を機械プレカットでおこなっていますというのを「売り」にしていたが、その頃は、在来木造においては、機械プレカットで加工して建てている会社と手加工の会社があったので「売り」になったが、今ではハウスメーカー・工務店・個人大工を通じて在来木造の継手・仕口の加工は機械プレカットが普通になったので、もはや、機械プレカットで建てていますぅ~うというのは「売り」にはならない。 それと同様に、インテリアコーディネーターの資格をもっている人間が「色合わせ」「仕様打ち合わせ」を担当していますというのは、今現在は「売り」にならない、にもかかわらず、三井ホーム(株)は今だに言うとるらしい、というのは「あんまり、賢うないな・・」て感じがする。 「建築家のつくる」の方はどうかというと、1970年頃から1990年頃までの小堀住研(株)では「小堀ならではのデザイン」を「売り」にしていて、そして、「小堀ならではのデザイン」の家を設計することができる設計担当者が小堀住研にはいます、他の住宅建築会社とは違います、というのを「売り」にしていた・・・のに対し、三井ホーム(株)では設計は自社に設計担当を持たず、設計事務所に外注しており、それを、三井ホーム(株)には設計担当者がおらん! と言わずに、設計事務所に設計を依頼しているということについて、外注の設計事務所のことを「建築家」と呼び、そして、「建築家のつくる家」と称してきたわけです。 自社に設計担当者を持たずに設計事務所に頼んだ方がいいか自社に設計担当者を持った方がいいかというと、どちらのやり方にせよ、良いものができれば良いのですが、「設計事務所」のおっさんに設計を外注しているということをもったいつけた言い方をするとそうなった、ということなのです。    それで。 「建築家のつくる家」と言われると、ちょっと前まで生きていた人なら、丹下健三・黒川紀章、今も生きている人なら槇文彦・磯崎新・安藤忠雄といった人が担当して自分の家の設計をしてくれるのかな・・・と思いませんか。 ところが、そうじゃないんです。 三井ホーム(株)http://www.mitsuihome.co.jp/ の「建築家」というのは、要するに、「そのへんの設計事務所のおっさん」なんです。 一例をあげさせていただきますと、↑に述べてきたワイングラスをグワッ! と「何すんねん」て感じで(4)の部分をわしづかみに掴んで飲むN村設計事務所のおっさん、暴走族みたいな真っ赤なスポーツカーに乗って「大久保清みたい」な格好して大久保清が「画家」を名のるように「建築家」名乗るおっさんなんかがそれだったのです。 安藤忠雄が三井ホーム(株)の設計やってるのじゃないですから。 安藤忠雄の設計の家が住みやすいかどうか、というようなことは別にいたしまして・・・。 三井ホーム(株)の設計やってるのは、「暴走族にたいなスポーツカーに乗った大久保清みたいな格好したそのへんの設計事務所のおっさん」ですからね。   で、その三井ホーム(株)http://www.mitsuihome.co.jp/ の「建築家とインテリアコーディネーターのつくる家」というコピーをぱくって、インテリアコーディネーターはいないし自分もインテリアコーディネーターの資格はもっていないものだから、その部分は削除して、「建築家のつくる家」と。 自分の名刺に入れるコピーくらい、自分自身で考えたらどうかという気もするのですが、三井ホーム(株)がやっていることを真似れば受けるだろう、という発想。 そのあたりも、T=W=アドルノらが言うところの「権威主義的パーソナリティー」≒ファシズム的性格≒サドマゾ人格 が出ています。    日本の国には、なじかは知らねど、「髭のばすと、建築家!」とか思ってるやつがいるんですよ(変なの)。 設計事務所業界には、野村克也さんのような人はおらんのでしょうか、ねえ。 野村克也が江本孟紀に長髪や髭はいかんと言うので、江本が「野球っちゅうもんは、監督がおっしゃるように、頭でやるもんでっしゃろ。 髪の毛でやるもんと違いまっしゃろ。 だから、髪の毛がどうかなんて、どうでもええのとちゃいまっか」と言ったところ、野村が「エモ。髪の毛を伸ばすと頭にまわる血液が髪の毛の方に行って頭が悪うなるらしいで」とか言い出したので、江本は笑ったが、監督がそこまでいやがるなら、もういいわと思って短くした、とどこかで書いていたのを読んだ。 会社員で特に営業の仕事などしていると、茶髪・長髪・髭はいかんというのが基本であるが、野球選手などは営業職の会社員などに比べると許容される仕事かと思うが、野村は野球選手でもいかんという認識でいたようだ。 実際、茶髪・長髪・髭の選手はよっぽど成績を残しているならまだしも、そうでなければ、その分、評価が下がる。 清原のように日焼けサロンで不自然に肌を焼き、入墨まで入れたのでは、もう、監督やコーチに頼むチームはないだろう。 アホなやつやな、という気がする。   1980年代後半、私が小堀住研(株)に入社した時、新卒新入社員研修では、「茶髪・長髪・髭はいかん」と野村克也さんみたいに言われましたし、乗るクルマは、外車はだめ、オープンカーはだめ、ツードアのクルマはだめ、真っ赤とかの派手な色はだめ、羽付きのクルマはだめ、スポーツカーはだめ!と言われ、そういうクルマの場合は、会社から任意保険の加入とガソリン代の支給はできません、と言われた。 2年目に私がクルマを購入する際もそういうことも考えたし、入社して2年目、どれだけ売れるかまだわからないところがあったので、燃費の良いクルマにしようと考えて、いすずのジェミニ、トヨタのカローラ、日産のサニーを検討したが、同じ営業所の人が言うには、「ジェミニはしょせん、いすずのクルマだから。お客さんの家の近くにとめた時に、ジェミニだと、『いすず のクルマに乗ってきやがった』と思われる可能性もある」と言われ、トヨタのカローラにした。 そういうことを考えてクルマは購入した。   それに対して、N村設計事務所のおっさんは、「暴走族みたいや」という真っ赤な羽根突きのスポーツカーに乗っている、というのはどういう魂胆か・・・。 「暴走族みたい」な真っ赤な羽根突きのスポーツカーに乗ってると「建築家」だと言いたいのだろうか。   で、「大久保清みたいや」という格好・服装をすると、「建築家」なのだろうか。 なんか、変なの・・・・。    「建築家」「設計事務所」と別に、もうひとつ、変なのが、「髭はやすと、ラーメン屋」みたいなラーメン屋が最近ふえてきたことだ。 ラーメン屋と髭は何か関係あるのだろうか・・・・。   ラーメン屋というのは、一昔前というのか、1980年代においては、特別の仕事ではなく、寿司屋というと、「回ってる寿司屋」の方は普通の人間が食べに行く所だが、「回ってない寿司屋」の場合は、なぜか、「頑固が売り」、「オヤジが威張ってる」、「カネ払う客の側がへこへこする」という変な店という印象で、何もカネ払ってそんな店に入らんでもええがな・・て感じがした。 又、日本料理屋・料亭となると、「ここは、特別にえらいえらい人間だけしか入ってはならん店なんやぞ。 おまえなんかが、入って食事しようとしても、『出て行ってちょうだい』と言ってつまみだされるぞお~お」という店なんだろうという印象があった。 そんな店なんか、頼まれても入りたくねえや、「和洋中華の店」「定食屋」「大衆中華」とかいう店の「半チャンラーメン」の方がよっぽどおいしいわ・・・て感じ。 そういう印象があったのに対し、ラーメン屋というのは、寿司屋・日本料理屋とは逆に庶民の店というイメージのするものだった。 ところが、最近、「ラーメンの名店」とかいうのが出てきて、ひとつには、『ラーメン発見伝』『ラーメン才遊記』に責任があるのだが、「ラーメン屋のおっさん」が、かつての、「回ってない寿司屋」「日本料理屋」みたいに威張りだした。 さらに、「行列店」とか言って、客を待たせるだけでなく、椅子も用意せずに立って行列させるということを自慢にするラーメン屋が続出してきた。 これはおかしいのではないかと思う。まがりなりにも、自分の店で食事をしようとして来てくれた人に、待たせるというのは、「申し訳ない」と思うのが普通で、ましてや、それでも待ってくれる人に椅子も用意せずに立って行列させる、というのを自慢にするというのは、それは本末転倒じゃないか・・・と思っていたら、『ラーメン発見伝』でも、福岡のラーメン屋のオヤジが、東京でラーメン屋を始めた息子が、閉店時間までまだ時間があるのにスープがなくなったと、長く行列して待ってくれた人を食べさせずに帰らせているのを見て、激怒したという話が出ていた・・・ということは、せっかく自分の店に食べに来てくれた人を待たせる、さらに、椅子も用意せずに立って行列させる、ということを自慢にするというのは、それがラーメン屋と考えるのは間違いで、せっかく自分の店に食べに来てくれた人を待たせる、待ってくれる人に椅子も用意できずに立って行列させる、さらには、せっかく待ってくれた人にスープ切れだとして食べてもらうこともできずに帰ってもらうというのは、飲食店として大変申し訳ないことだと考えるべきだ、と考える人もいるようだ。   それと同様に、「髭はやせば、ラーメン屋」というのも、どうも、最近、そういうラーメン屋が増えてきたが、別にそういうものと決まっているわけでもないのだろう。 ・・・しかし、「髭はやせば、ラーメン屋」みたいなラーメン屋が現実に最近多いような気がする。   「なぜ、『設計事務所のおっさん』と『ラーメン屋のおっさん』は、髭をはやしたがるのか?」  ・・・別の見方をすると、  「なぜ、『設計事務所のおっさん』は、ラーメン屋みたいな格好をしたがるのか?」    さらに言うと、 「なぜ、設計事務所のおっさんは、『大久保清みたい』な格好をしたがるのか?」 「なぜ、設計事務所のおっさんは、『暴走族みたい』なクルマに乗りたがるのか?」    「バカでも入れる私立大学の建築学科」とか建築専門学校とかを卒業して、設計事務所なるものを始めたおっさんというのは、「芸術家」ぶりたい人間が多い! ということか・・・・。   「カッコから入るタイプ」 が多いということか。 それで、「暴走族みたい」なクルマに乗り、「大久保清みたい」な服を着たり、「ラーメン屋みたい」に髭をのばしたり・・・といったことをするのか・・・・・。    しかし、だ。 ↓の庄司薫と本多勝一の文章を読んでみてはいかがだろうか。↓≪ ・・・おかしな言い方だけれどぼくは、たとえばベートーベンが穴のあいた靴をはいて髪をふり乱して歩いていたり、晩年のプルーストが薄汚れたヨレヨレのカラーで晩餐に出てきたり、マルクスがチョッキのボタンをいつもかけ忘れてたり、毛沢東がサエない綿帽子をかぶっていたり、ゲバラがお風呂に入らず汗くさい野戦服でいたりするなんていうのを、猛烈にカッコいいと思っちゃうようなところがある。 でも問題は、というか、ぼくにとっての弱みは、(まあ当たり前のことだけれど)彼らがカッコいいのは、彼らが実際にどういうなりふりをしたかではないということ、つまり彼らがそうなったのは言うなれば必然的な結果というか、彼らがその力を使いつくすためのほんとうの大事なことを別にしっかりと手いっぱいに抱えていたことによる、という点にあるのは言うまでもないわけだ。 つまり逆に考えれば、そういう「なりふり」をどうでもいいこととしてしかもそれを公然とひとまえでやって「善良な市民」をオドカス(?)以上は、それに見合うような大事ななにかをしっかりと見つけてやりとげなくちゃいけないのじゃあるまいか、なんて殊勝にも思い始めてしまう。 そしてこういうのは、一旦思いついたらもうだめみたいなところがあるわけなんだ、つまり「第九」を書いている最中のベートーベンでもないのに髪ふり乱してこぶしをふりあげて一見大芸術家風に(?)歩いたり、ほんとうに革命やっているゲバラでもないのにお風呂にも入らず汗くさい野戦服で闊歩したりするのは、気恥ずかしいというかなんというか。 とにかくもういけなくなる。 ・・・・≫(庄司薫『白鳥の歌なんか聞こえない』1971.2.中央公論社刊。 1973.8.10.中公文庫)※ マルセル=プルースト はフランスの作家。 1871年7月10日 – 1922年11月18日。《ウィキペディア―マルセル・プルースト》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88 ≪ 金子(健太郎)という不運な冒険者は、私が訪ねたとき、三畳ほどの狭い部屋に間借りしていた。周囲に航海術やプランクトンの本などがたくさんならび机には顕微鏡も置いたある。 もちろん彼は頭がおかしくなかったが、冒険家づらでもない。堀江(健一)がそうであるように、ごく普通の顔である。 映画やマンガに出てくるような「冒険家らしい顔」をした者には、あんがい真の冒険はできないことが多い。 金子は、横断計画を6~7年間練っていたという。・・・・≫(本多勝一『冒険と日本人―冒険的な現象に対する日本人の社会的反応について』〔本多勝一『冒険と日本人』1983.2.25.集英社文庫 所収〕〔初出は、1965年3月記 今西錦司教授還暦記念論文集第三巻『人間』中央公論社〕

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Devin Wenig(デビン・ウェニグ)氏がCEOを辞任してから半年後、ようやくeBay(イーベイ)は常任の後継CEOを指名する準備が整った。取締役会による指名を経て、Jamie Iannone(ジェイミー・イアノーネ)氏が4月27日付で同社トップのポジションに就く。同氏はeBayの取締役会にも選任された。 イアノーネ氏は直近ではWalmart(ウォルマート)のeコマース部門のCOOを務めているが、数カ月前に任命されたばかりだ。それ以前は、SamsClub.comのCEOをはじめ、Walmart傘下で数多くの幹部ポジションに就いていた。その他、Barnes&Noble(バーンズアンドノーブル)のデジタル部門(Nookを含む)で4年間、eBayで8年間の在籍経験がある。 「かつて在籍していたときに、eBayがなぜ特別なのかを深く理解した。eBayの成功はいつも、堅牢なC2Cプラットフォームに根ざしている」とイアノーネ氏はプレスリリースで述べている。「eBayにはこの基盤を活用し、未来に向けて革新を進め、エコシステムを成長させる大きなチャンスがあると思う。グローバルチームと協力してバイヤーエクスペリエンスを高め、中小企業の持続と成長に役立つ多くの機能を提供できることを楽しみにしている。eBayの戦略の発展に注力し、長期的な株主価値最大化へ力を尽くす」。 目下、株主価値よりも急を要するのが、進行中の新型コロナウイルス(COVID-19)危機への対応だ。eBayは3月下旬に価格つり上げ禁止を発表し、さらに最近は苦境に立つ出店者がオンライン販売という新しいパラダイムに移行するのを支援するため、販売手数料の猶予を発表した。生活の他の多くの側面と同様に、オンライン小売業も今後しばらくの間、世界的なパンデミックによって大きく変容するものと予想される。 [原文へ] (翻訳:Mizoguchi)

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FacebookのMeta(メタ)のOculus Quest 2ヘッドセットは、「Beat Saber」や「Supernatural」のようなソフトウェアを使ってカーディオエクササイズをする人々がいるため、ハイテクエクササイズ機器として驚くほど大きなニッチを切り開くことに成功した。しかし、VRヘッドセットのスタンドアローンという特性上、その体験には限界があった。 米国時間3月10日、Metaは、Oculus Moveのワークアウトデータを新しくAppleの「ヘルスケア」と同期させること、さらにOculusモバイルアプリでヘルス統計へのアクセスを提供すると発表した。以前は、活動時間、消費カロリー、ゴール / プログレスを含むヘルスデータは、ヘッドセット内でのみ閲覧可能だった。 Metaは、長年にわたってプライバシーに関する問題で必ずしも好意的に思われていないため、ヘッドセットから電話や「ヘルスケア」アプリへの動作データのエクスポートは厳密にオプトインによるものであり、このデータは広告推奨には使用されないと明記している。 これは同ヘッドセットにとってかなり控えめな(そして長い間待ち望まれていた)アップデートだが、頻繁に使用するユーザーの多くにとっては、ついに自分のデバイスにやってきたことを喜ぶ機能だろう。 最近のConnect基調講演で、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)CEOは、ワークアウトデバイスとしてのQuestの人気を特に強調した。 ザッカーバーグ氏はその際こう述べていた。「みなさんの多くは、すでにQuestを使って健康維持をしていますが、まったく新しい方法でワークアウトをすることができます。Peloton(ペロトン)のようなものですが、自転車の代わりに必要なのはVRヘッドセットだけで、ボクシングのレッスンから剣の戦い、ダンスまで何でもできるのです」。 関連記事:ザッカーバーグ氏がフィットネス機器としての「Quest 2」を紹介、「Pelotonのようなものだ」 [原文へ] (文:Lucas Matney、翻訳:Den Nakano)

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昨日は午前中、本日の春季祭礼に向けた神社の掃除とタケノコ堀があってヘロヘロだったまろぱぱです。 勿体ないことに午後からずっと昼寝してしまいました・・・ まあ、天気は思ったほど良くはなく寒かったので良い休養になりましたが。 ただ午前中は結構頑張ったんです。 朝から近所の集会所に集まり、しめ縄作りとタケノコ堀。 しめ縄の方は不器用なのでからっきし戦力外でしたがタケノコ堀と不要な竹の伐採は頑張りました。 今の家に引っ越してくるまでタケノコ堀なんてまじめにやったことありませんでしたが、今の家に越してきて早15年。 毎年タケノコ堀をやっていてタケノコを見つけるのも掘るのも少しは上手くなりました。 タケノコは茶色い皮をかぶったのが生えているイメージですが、ああなるよりこれくらいの方が美味しいんです。 手で回りを掘ってあげるとこれくらいのが現れます。 このくらいのタケノコになるとぱっと見は識別はできませんから、足で落ち葉をかき分けながら足の感触で見つけます。 昔、タケノコ堀のプロは足の感覚でタケノコを探すというの聞いて凄いなと思いましたが、今はそれが当たり前です(笑) で、今年もタケノコは掘り切らないくらい取れ晩御飯には見事にタケノコ料理が並びました♪ タケノコの煮つけに、タケノコご飯♪ 両方とってもおいしかった♪残ったタケノコはどんな料理になるのか?楽しみです。 本日から町内のタケノコ堀は解禁なので、無くなったらまた堀に行きましょう。 そしてタケノコ堀と同時に行われた大量に生えている竹の伐採。 邪魔なところに生えてきている竹や、すでに折れて倒れてじゃまになっている竹をのこぎりや鉈で撤去していきます。 その中で、ちょうど良さそうなきれいな竹を数本キープしタケノコと一緒に持ち帰り このように2節分、片方は節を残して、片方は節を切り落としてカット。 そしてこちらの長いドリルを使って真ん中の節を抜きます。 そして残した節にφ2~3の穴をあけ 仕上げにグラインダーで表面のささくれや口の当たる部分を滑らかに研磨したら火吹き竹の完成♪ グラインダーは砥石のグラインダーは危険なので紙やすりを貼って使うタイプにしてあります。 今まで使っていた火吹き竹が先端が焼けて穴が大きくなったり、ひびが入り空気が漏れてしまったりしていたので自作2代目。 火吹き竹自体は購入したのも含めて4代目に突入かな。 2014年の春にも同じようなタイミングで自作しているので、その時のは4年使ったことになります。 お洒落な鉄製のファイヤーブラスターというのもありますが、材料は無料で手に入って簡単に作れるし、何より借りて実際に火を吹いてみた感覚は、火吹き竹の方がパワーがあって良かったので、今後も自作の火吹き竹を使い続けると思います。 ただ、もしバックパッキングで旅をするようになったら火吹き竹はかさばるのでこんなのも悪くないなと感じています。 スポンサーリンク GEEDIAR 火吹き 焚き火 火起こし 送風機 バーベキュー 暖炉 炭 薪 火吹き棒

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