2年前の夏に購入したアコギ用ピックアップ 「FISHMAN / RARE EARTH BLEND」の電池交換の話です。 いろいろなブログなどでこのピックアップの電池交換について書かれていますが、日本製の互換タイプの電池ではサイズが微妙に合わず電池フォルダから抜け落ちたり、うまく動作しないというレポートを見かけます。 ↓オリジナルの電池「LR44」 事前にいろいろブログで下調べをしたのですが、主にこのような内容です。 1. オリジナルの電池は「LR44」というボタン電池が2個入っている。2. この 「LR44」の型番に対する日本製の互換タイプは「SR44」という型番。3. しかし日本製の「SR44」は富士通製がサイズ的にはほぼ適合する(パナソニックやマクセル製は適合するか不明という情報も・・・) しかし富士通製はAmazonでも1個500円程度で送料を入れるとかなり高額です。ヨドバシカメラでも430円ほどで、取扱い店舗も限られます。 本日たまたま近所の電気店で見つけたマクセル製のSR44が2個入りで680円と安く売られてたので、ダもとで試しに購入してみました。 ↓マクセル製の「SR44」 さっそく取り付けてみると、オリジナルの電池「LR44」と比べて、マクセル「SR44」の高さはやや低く、電池ボックスに入れても、微妙な隙間があり、ピックアップの電源が入ったり入らなったり不安定な動作になります。しかし、電池ボックス部分の両端を指で挟んでやるとうまく通電はするようです。 そこで考えたのが、電池ボックスそのものを「指で挟んだ状態」にしておくことです。考えたのがこれ!100均で売っている「結束バンド」で電池ボックスを縛ることを思いつきました。 ↓電池ボックスを外側から囲むように縛ります。 ↓結束バンドの不要な部分をカットします。 ↓完成 マクセル以外でも「SR44」の互換電池で隙間が開くようでしたら、このように結束バンドで縛ってみるのもよいかもしれません。ご参考までに・・・。 電池替えたので録音してみました。 FISHMAN Rare Earth Blend アコギ用ピックアップ フィッシュマン ハムバッキング+コンデンサーマイクchuya-online FISHMAN Rare Earth Blend アコギ用ピックアップ【レア・アース ブレンド】ハム 楽天市場 by

Read More

グランドセイコーの鏡面仕上げは本当に美しく、光が当たった際に白く光るその様は日本刀を連想させます。 よくグランドセイコーはキラキラしていると言われますが、それは光を意識した視認性を重視したデザインだからです。 僕の最初のグランドセイコーは、2013年にリリースされた44GSの復刻モデルSBGW047でした。 世界限定700本のステンレスモデルです。 厚さ11.5mmですが、実際はもっと薄く感じます。 多くのグランドセイコーの腕時計は厚みがありますので、この薄さは魅力です。 僕はこの時計がきっかけとなって、初代グランドセイコーに興味を持つようになりました。 1967年に誕生した44GSのデザインは今のモデルにも受け継がれています。 グランドセイコーいわく、44GSが名機と呼ばれる所以の1つが、各面を歪みのない鏡面で仕上げたことだそうです。 この鏡面仕上げは、雲上時計のパテック・フィリップと比肩するレベルです。 美しい外装は高級時計の証です。 グランドセイコーに魅かれる前の僕といえば、万人に分かり易いデザインのロレックスやオメガが好きでした。 とは言え、別にそれらを嫌いになったわけではありません。 ただ、少しだけ目立つことに疲れたと言うのが本音です。 キャリバー9S 20周年記念、新デザインモデルと称された新作3点については、まさに進化したケースです。 実機を直に手に取ってじっくりと見ましたが、本当に美しい仕上がりでした。 最近は仕事が忙しくて、ホッと一息つく暇がありません。 一日中ボーっとする時間が欲しい今日この頃です。 Source of images: Grand Seiko [トゥミ] トートバッグ 公式 正規品 日本限定スタイル ALPHA2 エクスパンダブル・トート 026139 D2E ブラックTUMI(トゥミ) Amazonアソシエイト by [トゥミ] キャリーオン 公式 正規品

Read More

さて、今日はナスとピーマンの仕立てをやろう。今年はなかなか育ちが悪くてねえ。仕立てるまでにならなかったんだ。ナスは4本仕立てだけど、ピーマンも4本仕立てかな? まずは支柱の立て方からだね。これは色々あってねえ。 好みもあるし畑の状況もあるので何とも言えないね。 ヒゲおやじはこうやっているけどね。 畑が狭くて畝も小さいので、こうやるしかないんだねえ。 もっと広ければ色々やり方もあるんだけどね。 その辺りは時間があれば明日ファームの方でやってみよう。 まあ、言ってみれば立て方なんてどうでもいいので、要するにナスの枝をちゃんと誘引出来ることが大事なんだよね。 さて、これはもう誘引を終わったところだけど、上から見るとこんな形だよ。 なかなかいい写真が撮れなくてねえ。苦労したんだけど、何となくわかるかなあ。 赤は真ん中の支柱だよ。これに紐を固定して枝を誘引するんだ。 黄色がその紐だよ。枝にクルクルと巻き付けて、四隅の支柱に結びつけているんだ。 そうそう、四つ手網のようなイメージだね。 真ん中に向かう枝はなるべく排除して、中を広く日が当たるように風が透くように作るのがコツだよ。 横から見るとこんな形だ。 この誘引した枝より下の脇芽や葉は全部取ってしまおう。 これでスッキリだね。これなら泥ハネから病気がうつることもないだろう。 もうちょっと拡大してみようか。 赤が中心の支柱だよ。 黄色が誘引の紐だよ。やり方は中心の支柱に固定した紐を、ゆっくりと枝に巻き付けて引っ張る。その先を立てた支柱に結びつけるんだ。 巻き付け方はあまり細かく巻かないい方がいいよ。ゆったりと、枝が引っ張れればいいんだからね。 さあ、こんな感じでとうかな? 理解できたかな? でもこれは別に真似しなくてもいいんだよ。 普通の3本仕立てで十分だ。 4本にした分、少し収量が増えるかも知れないけどね。 それよりも大事なのは一枝一果のやり方だ。これはもう圧倒的だね。 そのやり方は実が生り始めた頃にやるからね。 去年も何度もやっているので、急ぐ人はそちらを見てくれるといいよ。 さて、お次はピーマンだ。 こちらも色々やり方があって、基本的にナス科だからナスと同じやり方で大丈夫だよ。特に意図しなければ3本仕立てが普通だね。 で、これはわざわざナスと同じように誘引してみたところだ。 同じように紐で誘引するんだよ。 印は付けてないけどわかるだろう? 上から見るとこんな感じだ。 やり方はナスと同じだから、説明は要らないね。 それよりも今回是非お勧めしたいのはこちら。 これはまだ何もしていないピーマンだよ。 さて、これを今から何とかしようという算段だ。 どうするかって? それは見てのお楽しみだ。 まずは、ピーマンの特性をよく知ろう。 これを見てごらん。 ピーマンは節々に必ず実が生るんだよ。 枝の途中から実が生ったりはしないんだ。 必ず枝が分かれる節目に花が咲いて実が生るんだ。今まで適当に実を収穫していた人は、こんなこと知らなかっただろう。 野菜作りってのは、まずよく見ることから始まるんだよ。トマトの脇芽だって、よく見ないとどれが脇芽かわからないし、脇芽があることすら知らなかった人もいるだろう。 よく見てよく知る。これが野菜作りの第一歩だ。 ただ、真似をしただけではいい野菜は作れないんだよ。最初は真似でいいけど、何故そうするのかを知らなければそれ以上の進歩はないからね。 おっとっと、ここは説教をしている場合ではないねえ。次に行かなくては。

Read More

      ◎ 天然鰻  大物 ・・・          四万十川のウナギでご説明を……。                        上記記載の写真でお分かりいただけるかどうか…         ぬめりがあります。         開いたウナギを俎板に皮目を上にして         庖丁の背で尾の方へ向かってぬめりを         そっとこそげ落とします。         強くはしないでください。         軽く水洗いをします。         この時点では、完全には取れません。         薬缶に熱湯を用意してください。         俎板に並べ熱湯をかけます         最初は皮目に…。                身が少し縮まり、皮目にぬめりの白い膜が         浮き出します。         お湯はたっぷり目に。         白い膜が固まる?感じで、浮き出しましたら         そと裏返し、肉面にも湯をかけます。         身の方は表面が白っぽくなればOKです。         この時点で身がかなり縮まった感じに         なります。         その後 ・・・         ボールの中で流水でそっと皮目の白い膜を         指で落としてゆきます。         強くしないでそっと扱ってください         手荒くすると皮目が破けます。         湯をかけたばかりの熱い状態だと余計に         皮目に傷がつきますから気を付けられて。         皮目がきれいに処理できましたら、         肉の方の内臓の取り残しや汚れを         きれいにしてください。          洗い処理仕事が終わりました。          水気を布巾等できれいにふき取ります。          未熟な撮影ですが、          最初の皮目の感じとの違いがお分かり          頂けるとよいのですが…。          これで下処理は終わりです。          齊藤さんのお住まいの清浄な空気です。          ご面倒でなければ、軽く水分を拭き取った状態で

Read More

この時期に咲いている花を探して、自然生態園の何時もポイントへ向かう雑木林の園路を歩いていると、ガマズミ(莢迷)のふわふわの白い花があちこちで目立つ。 ガマズミ(莢迷)は大木にはならずに手の届くところに、独特の臭いのする白い小さい花が固まって咲いている。 春に咲く花も綺麗なのだが、秋に濃紅色に熟す果実も、非常に美しくて鑑賞価値が高く、多数の果実が付いた枝は野趣たっぷりの味わいがあり郷愁を誘う。 ガマズミ(莢迷)は、別名をアラゲガマズミ(荒毛莢迷)やヨウゾメ(よう染め)とも呼んでいる。 和名のガマズミ(莢迷)の由来に関しては、よく分からないらしい。ガマズミ(莢迷)のガマはこの種の中国名「莢迷(キョウメイ)」に由来し、キョウメイ→カメ→カマ→ガマと転訛し、ズミは「酸実(酸っぱい実)」に由来するのではないかという説や、植物学者の牧野富太郎博士は、語源は不明だが、ズミは染めの転訛で、古来、この類の、ことにミヤマガマズミ(深山莢迷)の果実で衣類を摺り染めしたことと関係があろうとしている。 また、「神の実(かみのみ)」とつながるのではないかとする説もある。ところで、中国では莢(キョウ)はジャミと発音するそうであり、東北地方での呼び名、ジュミとの高い類似性が興味を引く。ガマズミ(莢迷)はすいかずら科ガマズミ属の落葉高木である。学名は「Viburnum dilatatum」であるが、属名の「Viburnum(ウィブルヌム)は、「Vibernum Lantana(ウィブルヌムランタナ)」はラテン語の「旅人の木もしくは、ガマズミの古名」にちなみ、種名の「dilatatum(ビラタウム)」は、「拡張した、拡大した」が語源で、花序の形が拡がったことを意味している。 日本の山野でごく普通に見かける落葉性の樹木である。身近な「雑木」扱いをされているのか、同じガマズミ属のオオデマリ(大手毬)やチョウジカマズミ(丁字莢迷)などと比較すると庭木として利用されているものを見ることは余りない。 二次林から大台などの比較的標高の高い所まで広く分布している。水平的な分布の広がりも大きく、わが国では北海道の南部から種子島までの全域に分布し、また、朝鮮、中国にも分布している。この点、ごく近縁品種で、コバノガマズミ(小葉莢迷)の分布域が、福島県以南、朝鮮、中国であるのと少し異なる。5月頃、対生する葉の間から独特の臭いのする白い小花を密集させた円盤状の花序をつけ、この花の蜜を求めて沢山の昆虫が集まってくる。春に咲く花も綺麗なのだが、秋に丸くやや扁平な果実が、濃紅色に熟す時も非常に美しく鑑賞価値が高く、多数の果実が付いた枝は野趣たっぷりの味わいがあり郷愁を誘う。 果実はやや平べったい感じの卵形で表面は艶があり、昔はこの実をそのまま食べたり果実酒にしたり漬け物の着色や衣料の染色に用いたそうだ。実が黄色く熟すキミノガマズミ(黄実莢迷)や山地に自生するミヤマガマズミ(深山莢迷)、葉を揉むとゴマ(胡麻)の様な香りのするゴマギ(胡麻莢迷)などの仲間がいる。ガマズミ(莢迷)の葉には三行脈が目立つが、形も大きさも個体によってかなりの変異があり、また、表面をおおう毛や腺毛の変異も大きい。従って、場合によってはミヤマガマズミ(深山莢迷)などとの区別が困難なことがある。 話は変わって、昔、青森県の三戸地方では、獲物を求めて一日中歩き回るマタギたちが、山中でガマズミ(莢迷)の木の実を見つけると、山の神からの授かり物として大切にし、擂り潰して口にしたのだとか。ガマズミ(莢迷)という名は「神ツ実」という「神の実」に由来するとも伝えられている。マタギたちが山から持ち帰ったガマズミ(莢迷)は、畑の端に植えられ、染料に用いたり、農作業の合間に食べたりしたようだが、ヤマブドウ(山葡萄)と異なり、実が小さくて扱いづらいことや酸味がきついこと、そしてマタギそのものがいなくなってしまったことなどから、いつしか利用されなくなってしまった。地元の人からも忘れ去られていたガマズミ (莢蒾)だが、昔の言い伝えを思い出した人たちが、ガマズミ(莢蒾)果汁を飲み続けたところ、生活習慣病などの症状が軽くなったという事例が多数報告されるようになり、再びガマズミ(莢迷)の言い伝えが注目されるようになり、今では、三戸町を中心とした山間地にガマズミ(莢迷)栽培が広がっている。 花言葉は結合、無視したら私は死にますである。ポストカード

Read More

 ずうっと昔にカスタムROM“Kinology”をインストールしていたKindle Fire HD、ちょっと居間のTVで動画を再生したくて、HDMIのあるKindle Fire HDを久々に起動してみたら、Google Play 開発者サービスがエラーだしまくりでまともに使えない。  Kinologyを更新するにしても、元になるOSが古いので、今回はAndroid4.4版が正式リリースされているCyanogenModにしてみた。 【参考記事】CyanogenMod 11 M12ビルドがリリース。CyanogenMod 12 Nightlyは今月下旬~来月上旬にリリース予定  最初にインストールしたのはCyanogenMod11のリリースバージョン、 cm-11-20141112-SNAPSHOT-M12-tate.zip (188.1 MB)  既にTWRPはKindleにインストールされているので、ROMをダウンロードしてリカバリモードからインストールするだけなので楽勝!! ・・・って思っていたら、またもや文鎮化の危機に見舞われた(^^;ROMのインストールスクリプトがなぜか途中で終了してしまう。  どうやら、TWRPが古かったのが原因。先にこっちをTWRPで更新する必要があった。 [RECOVERY] TWRP 2.8.7.0 touch recovery for KFireHD 7″ (ZIP) [06-24 v2.8.7.0]  しかしだ、すでにTWRPでROMを消してしまったので普通にKindle Fire HDを起動してPCとMTP接続してからZIPファイルを転送するという手段はもう使えない(笑) というわけで、以下CyanogenMod11までのメンドクサイ手順 1. Android SDKをPCにインストール まぁ、カスタムROMを入れようってんだから普通は入ってるよね(笑) 2. PCにKindle

Read More

DVDオーディオやDVDビデオなどのメディアに収録されたハイレゾ音源をWALKMANなどに取り込む方法あれこれ。 ●DVDオーディオ DVDのAUDIO_TSフォルダ内に収録されるコンテンツ。普段はなかなかお目にかかれない。一般には再生に専用プレーヤーが必要なため、既に日本では絶滅の危機なんだけど、メディア自体は意外と安値で販売されたりしている。 2.0chステレオ時は最大192kHz/24bit、5.1chサラウンドは最大96kHz/24bit。2chステレオと5.1chサラウンドにDVDコンテンツまで収録してハイレゾダウンロードサイトの1アルバムと大して変わらない価格で売られていたりするから利用しない手はない。 PCがあれば再生&取込みは簡単。foobar2000で再生やFLACへの変換もできる。DVD Decrypter等でリッピングしたDVDオーディオのイメージファイル(ISO)を直接読み込む。 ・foobbar2000でDVDオーディオを再生する方法Synthax Japan Staff Blog: DVD-Audioをパソコンで聴く ・foobbar2000でDVDオーディオからFLACを作成する方法PCで音楽: DVD-Audioをリッピングする! ●DVDビデオ おなじみ、DVDのVIDEO_TSフォルダ内のコンテンツ。音声データは48kHz/16bitが一般的だけど(それでもCDの44.1kHz/16bitより高音質)、96kHz/24bitまで収録できる。ちなみに「キング・クリムゾン/USA(40周年記念エディション)」はDVDオーディオではなく、DDVDビデオ形式でハイレゾ音源を収録している。 このDVDビデオから音声データを抽出するのが、実は意外と面倒。 DVDビデオから“音声データだけ”のMEP2形式動画ファイル(VOB)を抽出して、それを音声形式に変換する必要がある。 ・DVD DecrypterでDVDから音声データだけのVOBを作成する方法DVDの音声部分だけ取り出す(DVD Decrypterを使って) ・VOBをWAVに変換する方法VOBファイルをWAVに変換 – 雑用ブログw – Yahoo!ブログ なぜかXMedia RecordはFLAC出力に対応してないので一旦WAVに変換。VOBから一気にFLACまで作成するソフトもあるみたいだけどごちゃごちゃソフトが増えるのでやめた。 ・WAVをFLACに変換する方法音質劣化のない可逆エンコーダ「FLAC」で音楽を楽しもう | SourceForge.JP Magazine FLACは標準でフロントエンドがあるし、flac.exeにWAVファイルをドラッグ&ドロップしても変換してくれる。 ●SACD 多分プレイステーション3がなければ無理!ってPS3でもファームウェアのバージョンによっては対応してないらしい。 それでも何とかイメージファイルが抽出できればfoobar2000で読み込める。 ・SACDイメージをfoobar2000で再生する方法QuteHDとFoobar2000でフリーのDSDネイティブ再生: Music TO GO! おまけ1:オーバースペックの音源をダウンサンプリングしたい。 ついついダウンロードサイトで192kHz/24bitの音源をゲットしたけど、携帯プレーヤーが96kHz/24bitまでしか対応してなかった場合。96khz/24bit音源は別料金なんだよねorz まぁ。AACやMP3に変換できるんだけど、できれば96khz/24bitで聴きたい!

Read More

 感傷的な抒情性を感じさせる秋真っ只中の時節柄、皆様如何お過ごしでしょうか…。 日に々々寒さが強くなって、あたかも冬の足音が近付きつつある今日この頃ですが、今回の「一生逸品」は秋から冬へと季節の移り変わりに相応しく、晩秋の曇天と陰影を帯びた冬空の真下をも彷彿とさせる70年代ブリティッシュ・ロックから、当時のアンダーグラウンド・シーンの深淵と真髄をも垣間見せる隠れた名盤・傑作の称号を欲しいままにダークサイドの申し子として未だ揺るぎ無い位置に君臨し続けている、サイケ・ヘヴィプログレッシヴの寵児“ツァール”に、今再び焦点を当ててみたいと思います。 CZAR/Same(1970)        1.Tread Softly On My Dreams       2.Cecelia       3.Follow Me       4.Dawning Of A New Day       5.Beyond The Moon       6.Today       7.A Day In September  今日の21世紀プログレッシヴを語る上で、時代相応の主流とも言うべきメロディック・シンフォニックに相対する形で、一方の対極に位置しているであろう…往年の70年代プログレッシヴが持っていた良さと旨味、或いは伝統や醍醐味を現代に継承した(妥当な言い方を許して貰えれば)ネオヴィンテージ・プログレッシヴが現在のシーンの一方の片翼を担っていると言っても過言ではあるまい。 ユーロ・プログレの中枢でもあるイタリアに於いては、ラ・マスケーラ・ディ・チェッラを始めとする大多数もの70’sイタリアン・ロックの伝統とDNAを受け継いだ新鋭達。 アングラガルド、アネクドテン、パートス、オペスといった王道復古の逸材を多数輩出したヴィンテージ系プログレ王国の北欧スウェーデン系、そしてスイスのドーンやシシフォス、果てはアメリカのビッグエルフ辺りがネオヴィンテージ・プログレの主だった筆頭格として数えられるであろう。  言わずもがなこれら前述のネオヴィンテージ・プログレの共通点として挙げられるのは、プログレッシヴ必須アイテムでもあるヴィンテージ鍵盤のハモンドオルガンとメロトロンが、もう兎にも角にもこれでもかと言う位大々的にフィーチャリングされているところであろうか。 こんな書き方をすると「それじゃあ単なるコピーや物真似の次元ではないか」と突っ込まれるかもしれないが、無論決して仏作って魂入れずみたいな…ちょっとヴィンテージ鍵盤を借りてきて入れてみました的なぞんざいな扱いではない、あくまで感謝と敬意の念を込めて“歴史を受け継ぎ、新たな時代の一頁を刻む”思いで現代の新鋭達が弾いているという事だけはしっかりと汲んでおかねばなるまい。  前置きが長くなったが、現代まで脈々と受け継がれている70’sヴィンテージ・プログレッシヴスタイルの源流にして礎ともなった、本家イギリスの70年代ブリティッシュ・ロックシーンから、ワン・アンド・オンリーでアンダーグラウンドな範疇ながらも世に躍り出た伝説的存在のインディアン・サマー、スプリング、アフィニティー、コーマス…。 そして同時期にサイケな時代の空気を反映し一種近寄り難いその燻し銀の如き雰囲気とオーラを纏った今回本編の主人公ツァールも然りである。 60年代後期ロンドンを拠点に活動していたサイケデリック・ポップスバンド“Tuesday’s Children”が母体だった事を除いて、バンドメンバーの経歴・バイオグラフィーは全く解らずじまいという、我ながら何とも頼りない書き出しではあるが、ツァールとしての活動以前からある程度の知名度と演奏技量はあったと思われる。 ジャケットのアートワークもまるで人を喰ったかの様に奇妙キテレツな装丁で、まるでン十年前の若き稲〇淳二に熊の霊が憑依したかの様なインパクト大のデザインであるが(苦笑)。 …まあ冗談はさておき、印象的なジャケットも然る事ながらバンド名の由来はロシア帝政時代の皇帝の名前から取ったもので、なるほど…ロシア帝政の象徴ともいえる熊が冠を被って、トリップ感覚さながら朧気にコラージュされた理解不能なジャケットという意匠も頷ける。                 Bob Hodges:Key, Vo         Paul Kendrick:B, Vo         Mick Ware:G, Vo         Del Gough:Ds  更に上記のメンバーに加えて共同プロデューサーだったDave VoydeとRoger Wakeの両名がノイズエフェクトを担当し、その一種独特なダークな質感と毒々しくも壮麗なサウンドに色を添えている。 キング・クリムゾンが衝撃的なデヴューを飾った1969年、前身バンドだったTuesday’s Childrenから改名(!?)移行した彼等は、Tuesday’s Children時代にコロンビア、キング、パイといったレコード会社からシングルを何枚かリリースしてきた実績と経歴(それと多少のコネも活かし)、そして人伝を介して中堅レーベルのフォンタナと契約を交わし、プログレ時代突入とも言える翌1970年にバンド名を冠した唯一作をリリースする。  作品の内容自体は出来の良し悪しやら各々聴き手側の好みの差を抜きにしても、1970年という時代の空気感と雰囲気に支配された、重苦しく陰鬱な世界観ながらも時折ハッとする様な束の間の華麗な煌めきすら感じさせ、重厚で金属質なヘヴィサウンドにドロッとした粘り気を帯びたメロトロンが絡むといった、まさしくアートロック、アヴァンギャルド、アシッド、サイケ、ヘヴィロック、プログレ、ブルース等が混在しカオスの如く渾然一体となった唯一無比の音楽世界を形成していると言えよう。 もっとも…Tuesday’s Children時代にイギリス国内のロックフェスやらクラブのギグでムーディー・ブルースやフロイド、クリムゾン、ナイス、キンクス、果てはザ・フーとも何度か接触し顔合わせしているが故に、大なり小なりの影響を受けているのは言うまでもあるまい。  ギタリストMick Wareのペンによる6曲目を除き、あとは全てベーシストのPaul Kendrickによる作詞と楽曲で、オープニングの1曲目からもういきなりヘヴィでディープなカオスが全開である…。 重々しい陰影と哀感を帯びたメロトロンに導かれ淡々と刻まれる呪術的なメロディーラインに、聴く者はあれよあれよという間に彼等の闇の音迷宮の入り口へと引きずり込まれてしまうだろう。 同年期にデヴューを飾ったグレイシャスの1stのオープニングにも相通ずる、スローテンポながらもヘヴィでダークなリフの応酬と繰り返しに、クリムゾンの「21世紀~」の影響すらも散見出来て、まさに挨拶代わりと言わんばかりな彼等の身上と音楽性を雄弁に物語っている佳曲と言えよう。 女性の名前から取ったであろう、ブリティッシュ・ロック然とした軽快なイントロに導かれる2曲目にあっては、演奏開始から僅か15秒で意表を突くかの如く再びダークで金属質なハープシコードとメロトロンのツァールサウンドへと転調する様は絶妙以外の何物でもない。 英国らしいハープシコードが奏でる優雅さと狂暴なまでのギター、ハモンド、メロトロンとが醸し出す二律背反な破壊の美学が存分に堪能出来る。                  疾走感と哀愁に満ちたメロディーラインが印象的で少々純粋なポップス性が加味された3曲目、続くヘヴィでメロウなスローバラード風の4曲目共に、ややもすればシングルヒットも狙えそうな好ナンバーが続き、単なる一介のヘヴィロックとは一線を画した強かさすら感じさせる。 シタールを思わせる東洋的なメロディーラインのギターにメロトロンとハモンドが絡む、サイケで夢見心地な浮遊感すら想起させる5曲目は個人的に一番好きな曲でもある。 筆舌し尽くし難いトリップ体験とでも言うのだろうか、何とも摩訶不思議で束の間の白昼夢を見た後の余韻すら覚えてしまう…。流石にこんな書き方をするとヤバイかな(苦笑)。 アシッドフォーク調の6曲目にあっては、幾分歌物ナンバーとしての重きを置いた…実に味わい深くて夜明けの淡い陽だまりの窓辺に佇む女性をも思い起こさせる、全曲中唯一ピースフルな色彩を帯びたラヴバラードと言えるだろう。 ラスト7曲目はカトリシズムな佇まいの壮麗なハモンドが高らかに鳴り響き、後を追うかの様にワイルドでサイケなギターとヘヴィ且つファンキーカラーなリズム隊が絡み、まさにタイトル通り…9月初秋の荒地の如く枯れた草原を彷徨うイメージを抱かせる、アルバムラストを飾るに相応しい暗闇の中から仄かな光明すら見出せる曲想に仕上がっている(曲終盤に流れる場末のサーカス小屋を思わせるフレーズが良い味を出しているのも聴き逃せない…)。  プログレッシヴ元年の1970年にリリースした、まあ…最初にして最後の唯一作となったデヴューアルバムの売り上げは、まあ良くも悪くもトントンといった感は無きにしも非ずといったところだろうか。 それでも、フォンタナ側とバンド側の双方は決して折れる事無く、気持ちを新たに翌71年のリリースを目標に新作の準備に取り掛かっていたものの、度重なるドラマーの交代とキーボーダーのBob

Read More

ヴァイキング時代っていうと何か剣でカッコよく戦ってるイメージも強いと思うのだが、残念ながら史実的には剣はあまり使われていなかったようだ。ていうか使えなかった。という話をしよう。 結論から言うと、  ・平民は防具なし+木の丸盾+斧 ・一部の富豪、高貴な身分の人のみチェインメイル+兜+剣 ・サクソン人は槍がすき ・弓兵の地位は低い ・小刀は全員装備 メイン斧、剣はあまり出さない。これでだいぶリアリティが出せるはず! で、細かいところはこれから説明するのだが、ヴァイキング時代に剣があまり使われなかった理由を最初にまとめておく。 【あんまり剣が使われなかった理由】  ・鋳造技術が低く、実戦向けの剣がほとんど作れなかった(おそらくかなり偶然に頼っている) ・良質な鋼は輸入品で高価 ・斧なら各家庭で作れてメンテも出来る 剣は身分が高い人や一部裕福層だけが手にするステイタス・シンボル的なもので、見栄を張るつもりでなければ斧のほうが安価で使い勝手が良かったのだ。しかも、初期の剣は強度的に「貫く」ということさえおぼつかなかった可能性があり、おそらく戦力的にも劣る。司令官がカッコつけに持つならともかく、前線の民兵が持つものではなかったようだ。 ************************* というわけで細かい話に入る。 > ・ヴァイキング時代の開始は8世紀半ば~11世紀半ば ・ヴァイキング行に出たのは北方のゲルマン系民族で、略奪対象となったブリテン島やフランス沿岸部には既に別のゲルマン系民族が住んでいる・なので場合によってはゲルマン系同士の戦闘にもなる(サクソンvsデーン とか)・現在はブリテン島にケルト人の大規模な移住はなかったことが明らかになっているためヴァイキングとケルト系住民との戦闘は起きていない ・ヴァイキングは民族名ではなく行為の名称であり、ヴァイキング行に出ていない時は基本的に農場経営をしている というわけで、ここで「ヴァイキング」ではなく「ヴァイキング時代」と範囲をとったのは、ヴァイキングに攻撃される被害者となっていた同時代のゲルマン系民族も入れたかったから、ということ。実際にヴァイキングやってたのは北欧の、主にノルウェー・スウェーデン・デンマークあたりの人たちなわけですが、似たような文化圏であり繋がってもいる地域を排除するのは難しい。実際にヴァイキング時代の遺跡は、ヴァイキングに行った先(ブリテン島など)でも発見されている。 さて、ヴァイキング時代の剣は、サガや神話で多く言及され、絵などでも残っていながら実物はほとんど見つかっていない。 これが、絶対数が少なく一般的ではなかったことの証明の一つとなっている。見つかる場合は裕福な人の墳墓から出てくることがほとんどなのだが、成分分析をしてみると実戦では使えない「なまくら」だったことが判ってきたりしている。 少し前に紹介した、ヴァイキング・ソードの成分分析についての記事をもう一度紹介する。 ヴァイキング・ソードをスキャンする/ヴァイキングたちの武器とは?https://55096962.seesaa.net/article/201704article_15.html 墓から出てきた剣の成分を確認したら、耐久性があまりなく、不純物が混じっていて「なまくら」だった、という記事だ。 ブリテン島での記録だが、剣の製法としては、初期には焼けた鉄の棒を溶接して叩き伸ばすことで作られていたようだ。この工程には一ヶ月もかかったという。剣の価格は10世紀半ばの時点で「奴隷15人分」ととんでもなく高価だったことが判っている。(「サクソン/ヴァイキング/ノルマン ブリテンへの来寇者たち」より)この分析対象となった剣もおそらく、素材の溶接が巧くいかなかったケースなのだろう。 で、剣の成分についてはもう一つ、ハイカーがノルウェーで見つけた剣についての記事に詳しく補足されている。 Hiker Discovers 1,200-Year-Old Viking Sword in Norwayhttp://www.history.com/news/hiker-discovers-1200-year-old-viking-sword-in-norway “Many later Viking sword blades were emblazoned with specific markings, believed to

Read More

史跡船岡山は平安京造営の際に北の基点とされたほか、平安貴族の祭祀や遊宴がたびたびなされた場所でもある。また、応仁・文明の乱(1467-1477)では戦場になり、西軍の大内政弘、山名教之(のりゆき)らが拠点となる船岡山城を築いた。しかし、応仁2年(1468)9月には東軍の細川勝元に三方から攻め落とされたという。また、戦国時代になり永正8年(1511)8月にはこの岡に細川澄元(すみもと)と細川政賢(まさかた)が陣取り、丹波から入京した足利義尹(よしただ)、細川高国、大内義興らの軍を迎え撃ち敗れて逃亡したという。これら応仁、永正戦跡として岡の西側公園横に碑が建てられている。その碑の少し上から城の土塁と堀が明瞭に残っていて、山頂の平坦地を含め曲輪の平坦地を随所に見ることができる。身近に500年も前の城跡が見れるのはかなりのロマンと言って良いだろう。地蔵や五輪塔がその付近に残されており、戦死者を弔ったものとも思えてくる。岡の東側中腹にある建勲神社だけでも由緒が多い上に、京都市内の展望やサクラや紅葉の眺めも加味すると、船岡山はこれからもっと開拓されるべき京都歴史観光の穴場であろう。 船岡山(約112m)の三角点。ここは本丸跡になる。 2011.8.30.撮影 左大文字を間近に望める船岡山城の本丸跡 2013.1.15.撮影 山頂の平坦地に地蔵が残されている。ここから京都市内が一望できる。平安京朱雀大路を想像して京の町を見ることもできる。 2011.8.30.撮影 西北側公園付近の広場からは比叡山、妙法、大文字が見晴らせる。 2014.1.7.撮影 8月16日の大文字の精霊送りの夜には絶好の観賞スポットになる船岡山の中腹広場。鳥居形以外の五山送り火を見ることができる。 2014.1.7.撮影 船岡山西側中腹の公園横に建てられた応仁永正戦跡碑 2014.1.7.撮影 石碑の上あたりから堀と土塁跡が完存して残っている。 2014.1.7.撮影 公園を取り巻くように堀と土塁跡が見られる 2014.1.7.撮影 山城跡は京都市の周りの山に数多く残るが完存するところは少ない 2014.1.7.撮影 岡の西側を取り巻くように残る堀と土塁跡 2014.1.7.撮影 船岡山上の堀と土塁跡 2014.1.7.撮影 戦死者を弔ったものかと思える地蔵や五輪塔が岡の西側に残っている 2014.1.7.撮影 岡の西側に残る五輪塔と曲輪跡の平坦地 2014.1.7.撮影

Read More