「蠍火」(さそりび)という曲があるということを最近知りました。といってもこれはクラシックではなくビートマニアというゲームの音楽です。これがまた素晴らしい!毎日聴きまくっているので紹介したいと思います。 20081103この記事のアクセスが多いので大幅追記アンド修正します! まずネーミングが素晴らしいじゃありませんか。やはり曲名は大事ですよねえ。「英雄ポロネーズ」しかり、「幻想即興曲」しかり、「超絶技巧練習曲」しかり・・・曲名がかっこいいと弾きたい気持ちも多少増えたりします。 まあ前置きはこれ位にしてお聴き下さい! ピアノ協奏曲第1番 蠍火1人プレイ(オートプレイ) 蠍火プレイ動画 こちらには以前楽譜がおいてあったようですが、残念ながら公開停止しているようです・・・http://www.geocities.jp/christeque/MIDIだけ置いてあったのでダウンロードさせて頂きました。 楽譜があってもこれは人間が弾けるシロモノではないですねえ・・・弾きたいけど。 とおりすがりさんより、蠍火の楽譜の置いてあるサイトを教えていただきました。ありがとうございます。 http://www.geocities.jp/blacksheephzo/sasori.htm 蠍火の楽譜はここにもあります!! http://briefcase.yahoo.co.jp/fffa123jp ニコニコ動画より演奏動画色々!楽譜のダウンロードリンクがあるものもあります。 【ニコニコ動画】蠍火をピアノで弾いてみた ver.1.0 【ニコニコ動画】蠍火を人間が弾ける感じにソロアレンジしてみた(最終調整版) ピアノ協奏曲第1番 ‘蠍火’ piano solo by Mafioss 蠍火を作曲したのはコナミの脇田潤(わきたじゅん)さん。ラフマニノフをイメージして作られたとのこと。たしかにラフマっぽいです。 ああ、弾きたいなあ!! beatmania IIDX11-IIDX RED-ORIGINAL SOUNDTRACKコナミデジタルエンタテインメント 2005-02-02 ゲーム・ミュージック ユーザレビュー:赫に染まった!IID …装いも新たに2DX個 …ジャンルのバランスは …Amazonアソシエイト by

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今月に入り、なんと2回も太ももの肉離れをおこしてしまった。 11月以降はほとんどバドが出来ていなかったため恐らく足の筋力がかなり低下してしまい、その状態でバドやランニングをおこなったのが原因かと思う。 1回目は12月5日。 ただランニングをしただけなのにその途中でいきなり太ももの痛みに襲われ、そこからは歩くこともままならなくなってしまった。 そして2回目は昨日12月27日。 はねっこの練習に参加させてもらっている途中で、試合を繰り返している内におそらく足の筋力が限界を迎えてしまったのかと思う。 そしてせっかく参加させてもらったはねっこもそこから先は動くことが出来なくなったため無念の途中帰宅。 これはメッチャ残念だった。 過去の経験上、肉離れをおこすとその患部を固めて3週間程度は安静にしておいてようやく回復するといった感じだった。 その間は当然バドもランニングも出来ないため、今までの積み重ねが一気に消えてしまうため患部の痛みよりもそのほうが痛い状態だった。 それなのに、既に2ヶ月ほどろくに練習出来ていない状態での肉離れ。 これ以上バドから離れる期間が開いてしまうのは痛いどころの話ではない。 はっきり言って今後のバド人生にすら大きく影響してくるのではないかと思えるくらいショッキングな出来事だった。 そんな状態の中、奇跡とも言える治療院を向井さんに教えてもらった。 そこは赤磐市にある イオンアクティベイションセンター 。 イオン活性療法という治療法で治療してくれる治療院である。 肉離れは、筋肉中で筋繊維が損傷し出血して、その血が筋肉の中で固まってしまい筋肉の収縮を妨げて痛みとなっているらしい。 ここではその痛みの原因となっている血を筋肉の中から取り除いて、痛みの消失と共に自然治癒力を高めてくれるもようである。 まず、活性イオン水の湯による入浴を済ましてから治療開始。 恐らくイオンの湯に入ることで体中に電気が通りやすくするのかな??? そして、電圧を帯びた器具を使い、筋肉中の血を皮膚表面まで吸い上げてくれる。 どうもその電圧を帯びた器具に血が吸い付いてくる仕組みのようだ。 そのため、皮膚のあたりまで血が上がってくるので、皮膚は見るからに痛々しく真っ赤になってしまうが、その代わり筋肉中の血はなくなっているので治療の最中からびっくりするくらい痛みが消えてしまう。 又、もし肉離れをおこしていなければ吸い上げる血はないので皮膚の状態も正常なままである。 なので皮膚を見ただけでも肉離れを起こしている、起こしていないがはっきりとわかる。 ただ、この治療はとにかく激痛が走るのが特徴!!! 痛いのである。 そこは覚悟が必要。 しかし、俺にとってはこのままバドが出来なくなるほうが痛いのでそれに比べれば楽勝な痛みだった。 今回は結局2回ともやはり肉離れという診断をくだされた。 そりゃ痛いはずだ。 ただ、2回とも歩くのも苦痛なほど痛かったのが、その治療中に痛みが消え、治療が終わった途端に、飛び跳ねることが出来るくらいに回復していたのである。 まさに奇跡を目の当たりにした瞬間だった!!! 今までは肉離れは患部を固めてあとは自然治癒しか治療法が無いと思っていただけに驚きすぎた結果となった。 ただ、正確に言えば痛みは取り除いたものの損傷した筋繊維を修復したわけではないのでしばらくは安静が必要なもよう。 しかし、ほとんど動けなかったのが今は問題なく動けるようになったというこの衝撃の現実は自分の中で革命が起きたかのようだった。 体をしっかりケアしてここに通うことがないのが一番だが、いざという時のためにここを知ったのは今後にとっても非常に大きな出来事だった。

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 山門内には、お怒りモードの多聞天と広目天もおられます。 別名、田無不動尊。創建年代は不詳ですが、元和年間(1615~24)、法印権大僧都・俊栄和尚(ほういんごんだいそうず・しゅんえいわじょう)が、谷戸に法界山西光寺(ほうかいさんさいこうじ)として創建され、慶安年間(1648~51)、現在地へ移転したと伝えられています。江戸時代には尉殿権現社(現・田無神社)の別当寺を勤めていました。明治に入って神仏分離の風が吹き荒れると、当時の住職は尉殿大権現(じょうでんだいごんげん)の別当職を辞任、尉殿大権現御神体の倶利伽羅不動明王像を本堂にうつしました。明治八年(1875)、無住となった近隣の密蔵院、観音寺を合併、田無山総持寺と改称しました。 宗派:真言宗智山派山号:田無山(たなしさん)寺格:三宝寺の末寺寺紋:御本尊:大日如来ご利益:札所:・関東三十六不動尊霊場 第10番・多摩八十八ヶ所霊場 第33番花ごよみ:住所:東京都西東京市田無町三丁目8番地12号拝観:年中無休。9:00~17:00拝観料:境内自由。電話:042-461-0044URL:なしアクセス:西武新宿線「田無駅」より徒歩10分 石柱門(せきちゅうもん) 札所標(ふだしょひょう) 平和観音(へいわかんのん)戦災者慰霊塔。田無駅前の爆心地に建立されたが、駅前再開発に伴い、平成四年(1992)境内に移されました。 高野槇(こうやまき)秋篠宮家(あきしののみやけ)のご長男・悠仁親王殿下(ひさひとしんのうでんか)のお印(おしるし:シンボルマーク)。 記念碑(きねんひ)『無我(むが)』と刻む。当山第五世順誉真言宗智山派管長第六十四世化主(けしゅ=住職)任満記念の碑。 山門(さんもん) 本堂(ほんどう)行基菩薩が刻んだ大聖不動明王、尉殿大権現御神体の倶利伽羅不動明王などが安置されています。嘉永三年(1850)の再建。 滝の不動尊(たきのふどうそん)本尊・滝の不動尊は、明治十一年(1878)4月13日下総国成田山新勝寺第十三世照輪僧正の開眼勧請にて、当町柳沢の宿屋「田丸屋」の奥庭に祠を建てて安置したのにはじまる。大正六年(1917)3月に境内にうつされました。 百度石(ひゃくどいし) 大日堂(だいにちどう)斎場(さいじょう)。 妙見堂(みょうけんどう)本尊・妙見菩薩像を安置する。 ケヤキ〔市指定文化財〕ニレ科の落葉高木。嘉永三年(1850)に本堂を再建した際、境内に植えた樹木の内の1本であるといい伝えられています。 弘法大師壱千百五十年御遠忌報恩塔矣(こうぼうだいしせんひゃくごじゅうねんごえんきほうおんとう) 弘法大師像(こうぼうだいしぞう)真言宗の開祖・空海(くうかい)の像。弘法大師は諡号(しごう:おくりな)。 興教大師像(こうぎょうだいしぞう)真言宗中興の祖にして新義真言宗始祖・覚鑁(かくばん)の像。興教大師は諡号。 記念碑(きねんひ)『報恩(ほうおん)』と刻む。本堂屋根模様替並書院庫裡改築記念の碑。 為無縁農家菩提碑(むえんのうかぼだいひ) 大施餓鬼供養塔(おおせがきくようとう) 石碑群(せきひぐん) 旧寛永寺灯籠(きゅうかんえいじとうろう)『武州東叡山 浚明院(しゅんめいいん)殿尊前』と刻む。浚明院は、第十代将軍・徳川家治(とくがわいえはる)の諡号。 寺務所(じむしょ) 子育水子地蔵菩薩立像(こそだてみずこじぞうぼさつりゅうぞう) 小祠(しょうし) 鐘楼(しょうろう) 十三層塔(じゅうさんそうとう) 東門(ひがしもん) 【御朱印】(多摩八十八ヶ所霊場) 「不動尊」

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INHERIT THE STARS (1977) James Patrick Hogan 星を継ぐもの (創元SF文庫)東京創元社 ジェイムズ・P・ホーガン Amazonアソシエイト by 謎を解かれても、「へえ、そうなの」という感想しかないが・・・ 最近めっきり小説のネタバレが減ってしまいましたが、やっぱり映画1本見るのに比べて小説は読むのに時間かかるからね・・・さて、2ちゃんねるで評価が高かったので読んでみた名作「星を継ぐもの」ですが、おもしろそうなんだけど、まあまあおもしろかったと思うんだけど、読了して満足感が薄い・・・自分には合わないかもしれない、というかSFを読むのがキツくなってきたかもしれない・・・ 月で発見された1体の死体。それは未知の宇宙服に身を包んでいたが、中身は紛れもなく人間、我々とまったく同じ人類であった。ところがなんと、解析によると、この人が死んだのは今から5万年前であることが判明・・・という出だし、実にワクワクしますね!この死体が提示する大いなる謎、それに挑む科学者たちの物語なのですが・・・ チャーリーと名づけられたこの死体、種族は仮に「月人(ルナリアン)」と呼称する。(が、月に生まれた種族でないのは明らかで、どこかの母星からやってきて月を探検、基地を建設したらしい)ルナリアンの正体は現在の地球文明が誕生する以前に、地球に発生した「先行する人類」なのではないか?でなければ、ここまで現在の人類と特徴が一致する理由が説明できない。だが、その仮説はノー。地球上には、そのような古代文明が存在した痕跡はまったくない。(ムー編集部は不満そうですが) チャーリーが所持していた日記帳の解読が進むと、ルナリアンの実像がだんだんハッキリしてくる。彼らは2つの勢力に分かれて戦争していたようで、月面にも軍事基地が建設された。彼らの母星は、どうやら月からかなり近いようだ。母星から月まで2日で移動してるし、月からエネルギー砲で母星を攻撃してるし、何より月から母星を見上げると、その表面がハッキリ見えたという・・・という条件に合う星は、やっぱり地球しかないやん!だけどね、地球上にはそういう宇宙戦争みたいのが行われた形跡はまったくないんですよ・・・(一方、月のクレーターは超兵器による攻撃の跡だと判明・・・ 月でドンパチしたのに、なぜ地球には影響がなかったのか?) 同じころ木星の衛星ガニメデの地下から、謎の宇宙船が発掘される。こちらは明らかに地球人類と異なる、異星人の文明。この種族は仮に「ガニメアン」と呼称されるが、地球人よりかなりデカい巨人のような種族らしい。が、船倉にはなんと、マンモスなど地球で生まれた動物たちのミイラがぎっちり積まれていた・・・ まるでノアの箱舟。(宇宙船が動いていた頃は動物もミイラでなく、ピチピチ生きていたようだ)この発見もまた議論を呼び、いくたの仮説が提唱される。地球の生命はもともとガニメデで生まれて、それが地球に運びこまれたのではないか?ルナリアンが戦争していた相手はガニメアンではないのか?謎が謎を呼んで、もうワケワカラン・・・ だが、すべてのパズルのピースがスコーンとはまる、お見事な解答があった。かつて太陽系には10番目の惑星があった。その名は「ミネルヴァ」・・・ 位置は火星と木星の中間。このミネルヴァに生命が誕生、やがて高度な知性を持った種族へと進化。それがガニメアンと呼称される巨人種族・・・ 彼らの正体はミネルヴァ人だったのだ。だがミネルヴァの大気の異変によって陸棲動物のほとんどが絶滅。そこで当時すでに生命が繁栄していた地球から、いろんな陸上動物(原始人含む)を輸入したわけ。 こうしてミネルヴァの生態系を立て直す試みが行われたものの、結果が思わしくなかったせいか、ミネルヴァ人は故郷を捨てて外宇宙へと移住することに。地球から取り寄せた動物を、船倉いっぱいに積んで・・・ (ガニメデで発見された宇宙船は、それらの1隻が事故を起こして墜落したものじゃろう)てなわけでミネルヴァは支配者なき星となったが、その後にメキメキと頭角を現してきた種族があった。地球から持ちこんだ原人が高度に進化をとげ、ついにホモ・サピエンスとなった!ミネルヴァに新たな文明を発展させた、この種族こそルナリアンの正体。科学を発達させた彼らだが、やがて2大勢力に分かれて戦争開始。ついにミネルヴァは強力兵器によってドッカーン!木っ端みじんに砕かれて、現在我々の知る「小惑星帯(アステロイド・ベルト)」となったのでした。 なるほど、ルナリアンの母星はミネルヴァだったのか・・・でもちょっと待って!月とミネルヴァの距離はかなりあるし、2日では移動できないよ!もちろん月からミネルヴァを見上げても、小さい星にしか見えない・・・あーあ、やっぱりミネルヴァとルナリアンは関係なかった、いちからやり直し・・・ところがどっこい。ミネルヴァにも月があったのだ・・・ 惑星なんだから衛星くらいある。そいでミネルヴァが爆発した時、その月はスポーンと飛び出して宇宙をさまよい、地球の衛星軌道にスッポリはまってしまった!つまり地球の月は、もともとミネルヴァの月で、だから地球には宇宙戦争の痕跡がなかったんじゃよ・・・さらにミネルヴァ消滅後、月に生き残ったわずかなルナリアンたちは、頭上に青く輝く新たな母星・地球へと移住。我々人類の祖先となったんじゃよ!そんなわけで原始人と現生人類を結ぶ中間的人類の骨が地球上で発見されないわけ。(このミッシング・リンク(失われた環)と呼ばれる中間的人類のミイラが、例のガニメデの宇宙船から発見されている)ふーん、なんか謎が解けたわねえ。でも、できすぎ・・・話できすぎ、出来杉くん! ガニメデの優しい巨人 (創元SF文庫)東京創元社 ジェイムズ・P・ホーガン Amazonアソシエイト 未来からのホットライン (創元SF文庫)東京創元社 ジェイムズ・P・ホーガン Amazonアソシエイト 巨人たちの星 (創元SF文庫 (663-3))東京創元社 ジェイムズ・P・ホーガン Amazonアソシエイト

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セガサターン作品の中では珍しい、残虐表現の為の「18歳以上推奨」(モータルコンバットで「18歳未満禁止」というのがありましたが) ビクター音楽産業から発売の 『マリカ 真実の世界』 う~ん・・・・好き嫌いのわかれるゲームです内容としては、前述の通りにエロではなく残虐表現の為に18推など、ハードなストーリーとなってます怪人が生きてくために一般人を殺したり、登場人物が死にまくるストーリーです 紆余曲折の上、ビクター音楽産業は「マーベラスインタラクティブ」と「JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント」の2社になってますゲーム事業を引き継いだのは「マーベラスインタラクティブ」の方となってます プロデューサーは遠藤正二朗さんタレントの安部譲二さんの息子さんで、日本テレネット時代に「シルキーリップ」と「Aランクサンダー」を作ってます私は遊んだことが全くありませんが、「シルキーリップ」は評価が高かったです 豪華声優陣を起用だから倒産するのではないだろうか・・・・ グラフィックの質が高いのか低いのかがさっぱりわからないキャラクターのカットインはとても綺麗ですが、移動部分はメガドライブのゲームみたい「リンダキューブ」も同様ですが・・・・ 一番の問題は、聞き取れなかったら終わりの会話部分口パク無くてもいいので『字幕が欲しい』 とりあえずシチュー用の肉を買わなければならない ゲームを始めて最初の難関ですこのおばさんが言ってる内容が間違っているという正解は「交差点まで行き、横断せずに上に向かう」 突き当たりまで行くと、このように「?」になりますそこで戻ろうと交差点を渡ると スーパーを発見たどり着けることはたどり着けるけど、間違えたと思って元来た道を戻ろうとする人もいるわけで、そういう人は迷子になりますもっともMAPは限られてて看板があるのでいつかはわかるわけですが 友人に遭遇超能力の話題ですが、聞き取りにくい 犬に牛肉を奪われる一大事のようだ 製薬会社まで犬を追いかける中では死にかけた男が・・・・この男の話が・・・・・演技が上手いために聞き取れない(死にかけてるのでボソボソしゃべる) この男からアイテムを預かった為に自宅が襲われてストーリーが始まります ・・・・・ゲームは買いたくないけどシナリオに興味を持った方は、遠藤さんのHPでシナリオが公開されています会社が倒産したために作れなかった続編も、まだまだ完結しませんが公開されています 遠藤さんというと、PCエンジンでの「シルキーリップ」が開発中止となり、PC用アダルトゲームで復活したというのが有名です遠藤さん自身がツイッターで発言していますが、元々は「メガCD版が売れなかった」(後からじわじわと売れた)のでPCエンジン版は不許可でしたが、別の企画を進めていたら突然「メガCD版の移植」を経営側から打診されたそうです(移植なら音声流用など早く低予算で作れるから)遠藤さん自身の要望で新規ストーリーにしたところ、発売中止になったと 後からわかった話として、他社からタイアップの話が来ていたそうです魔法少女物なので内容的にも低年齢層に受け入れられそうですしね(そう伝えていれば移植→結果により続編とかもできたかも・・とのことでした) マリカ~真実の世界~ビクターエンタテインメント 1997-06-20 Amazonアソシエイト by

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 水平浮きのペンシルのアクション、動かし方の名前としてのドッグウォークは、左右に首を振りながらのジグザグの動き、ルアーの動きになります。トゥイッチの方は、ロッドの操作方法の一つで、ラインをピンと張ったら、その後で穂先を動き出しの位置まで戻してラインの張りを緩めるような動かし方、ロッドアクションの一つの操作方法の名前です。ドッグウォークと言うルアーの動きを出すためには、ロッドの操作方法としては、トゥイッチする事になると言えるかも?^^;;  ルアーの動かし方のテクニックとして水平浮きのペンシルなどでは、このドッグウォークの動かし方が基本になります。水平浮きのペンシルでも棒状タイプでならドッグウォークとなるのですが、同じ穂先の操作をしても、頭の丸くて大きい、お尻の方がすぼんで、小さい、細いタイプのペンシルの場合、横方向へのスライド、移動がほとんどでない、その場での首振り、テーブルターンと言う動かし方もありますね^^;  トゥイッチの方は基本的にロッド操作の事を言う事が多いけれど、ルアーの動きとしてのトゥイッチと言う場合、フローティングミノーの10~15cmぐらいの極小さい、その場でのダイビングと浮上の動きをトゥイッチと言う場合もあります。ヒロ内藤さんの場合には、トィッチはこちらで使っているようです。ルアー1個分、水中に潜るという感じで。  トゥイッチは、その言葉を使う人の解釈で、いろんなバリエーションがあるというのか、人それぞれにトゥイッチの解釈が違うというか、良く内容を聞かないと、言っている中身が違うことがあるので、注意かも?^^;;  ジャーク、ジャーキングはフローティングミノー(または、サスペンドミノーなど)を水中に潜らせながらも、左右へ飛び跳ねるような激しい、切れのある動きを言うし、そういうロッド操作を言う場合が多いのですが、このジャークの解釈も人それぞれのような気がします^^;;  ヒロ内藤さんによれば、トゥイッチはフローティングミノーをほんの少し潜らせては、浮かび上がらせるというものになり、ジャークは30~50cmのロッドの一回の引きの操作の中に、ルアーが急激に移動するのと一瞬止まるのとを出すもので、一引きの中での一瞬ストップする回数が2回を2段ジャーク、3回止まるのを、3段ジャーク・・というように言ってます。  フローティングミノーを1m~1.5mぐらい、一気に動かし、潜らせて、止めて浮かび上がらせるのをリッピングと言ってたような・・^^;;人によっては、ロングジャークと言うかもしれませんね。  なのでルアーの動きの方の話しとして言っているのか、ロッドの操作の方法として言っているのかで中身が違ってきますけど、なんとなく、そんな感じと捉えるしかなく、使う人によって、その中身が違ってしまっているのがトゥイッチかも?  フローティングミノーをキャストし、水に浮かべて、ラインのたるみをある程度巻き取っておいて、そこから、一気にラインをピンと張り、直ぐに穂先を戻す、手前に引っ張った穂先を元の動き出しの位置に戻すのがトィッチという事になりますけど、ラインをぴんと張る、緩めるということの繰り返しで、ルアーの動きが出るので、ラインがたるんだ状態をラインスラックと言うけれど、ラインスラックの使い方が、トィッチにしても、ジャークにしても、ルアーのドッグウォークにしても、テーブルターンにしても綺麗な動きを出すためには必用なので、ドッグウォークさせたいのであれば、引っ張った次の瞬間には、ロッドティップの位置を戻すというのを忘れないで下さい♪  ドッグウォークをさせる時、ラインが「ピシッ、ピシッ」と音を出す、立てるようなぐらいに鋭く、早く、引っ張っては戻す、引っ張っては戻すという操作になります^^。  「ドッグウォークが上手に出来ない」と言う検索もありますけど、ロッドの穂先の引っ張る、緩める(元の位置に戻す)というのが、素早くできないと、ペンシルが綺麗に左右への首振りの動き、ドックウォークをする事はないので、そういう早い動かし方を規則正しいリズムで繰り返してみてください♪^^。  そういう意味では、ルアーの動きを見ながらロッド操作するのですが、ルアーまでの距離によっては、ロッドをピシっと引くというタイミングと、ルアーが動く、動いているタイミングは違っていて、ロッド操作とルアーの動きが一致しないというズレも起きますけど、それは気にせず、ロッド操作を同じリズムで引っ張る、緩めるをしていると、ルアーがドッグウォークしていくようになりますね^^。  慣れないうちは、あまり遠投せず、10mぐらいの距離でドッグウォークをさせてみて、思うように左右に首振りするようになったら、少し距離を伸ばして、15mとか20m先でドッグウォークさせてみればよいのではないでしょうか?♪^^。  慣れると、別に距離は気にもせず、ドッグウォークさせることは出来ますね^^。ただ、遠投して、足元まで全部ドッグウォークさせるような事をすると、リールとロッドの重さと重心の位置とのバランスで、1回のキャストで手が痛くなるような事は起きます^^;;  なので、リールのフットの下ぐらいに、リールを載せたロッドの重心位置になっているようなタックル、リールとロッドでドッグウォークやジャーキングをしないと、「出来るけど、長い距離をするのは痛くなるから嫌だ!」という事になってしまうかも?^^;;;  そういう意味で、ツララのベイトロッドはグリップが異様に長くなっている感じを受けますけど、あれで重心位置をリールのフットの下にしているようで、ツララのベイトロッドであれば、ジャークはやり易いでしょうね^^。  まあ、アマゾンでのルアーの釣りでは、高速連続ジャーキングというのが魚を釣るためには必用な事のようで、1日中ジャーキング出来るためのロッドを作ってます。  アマゾン用とか言っても、ロッドですから限界はあり、無理なリフティング、魚をロッドでぶら下げて水から抜き上げるようなことをすると、折れる事はあると思います^^;;;  「ツララ ロッド 折れる」という検索も来てますけど、「基本的にロッドが折れるような無理な事をする方がまずいんじゃないの?!」と思ってますね^^;  あげく、「折れないバスロッド」とか検索してくる人もいて、「折れないぐらいに強すぎるロッドで魚を釣って楽しいのかな??」と自分は思ってますので、「ブラックバスをマグロを釣るようなロッドで釣りたいのか?手ごたえもなにも感じないぐらいになって、面白くないだろうに・・?」と思ってますね^^;  人それぞれ、求めるものは違うと思いますけど、魚釣りで楽しいのは魚の引き味、掛かってから抵抗して水中を泳ぐ、その引きであって、その引きを感じないぐらいに強いロッドで釣ると、同じ40cmのバスも「引くねぇ~~♪」と楽しめるはずのものが、「何か手ごたえ弱い・・つまらん・・。」となってしまうと思います。  無理をすれば折れるロッドを上手に操作して、魚とのやり取り、引きを楽しむのが釣りと自分なんかは思ってますから、ロッドを折るような下手な操作しか出来ないというのなら、「ロッドを折るのも嫌だ、魚が釣れないのも嫌だ!」というのなら、雷魚用、ナマズ用、シーバス用の強いロッドを使ってみればよいのではないでしょうか?  そうすれば、バスロッドなら30cmサイズでも楽しめる引きが、50cmあっても20cmぐらいの魚に感じるぐらいにつまらない釣りはできると思いますね(--;)  ロッドを垂直に立てて、魚をラインでぶら下げるような事をすれば、大概のロッドティップは折れて破損します。そういうリフト、ぶら下げ方をする方が間違いと思ってます(--;)  ロッドで魚を抜きあげる場合、ロッドを水平にして、魚の重さをロッドのブランクの真ん中とかグリップの上のバット、腰部分で重さを支えるような抜き上げ方にすれば、そう簡単にはロッドは折れません。  そういうのもロッドを使いながら、覚えるしかないのですけど、使う側の問題ですので、十分にロッドの特徴と限界は自分で感じつつ、理解してください♪^^;  ルアーに自分から積極的にロッドを動かしつつ、ただ巻いていては出ない動きを出すのは、釣り人のロッド操作の上手、下手がはっきり出ますので、練習というか、沢山、そういう事をして、体で、体験で理解していくしかないです^^;;  ゲームと違って、一つの決められたボタン操作をすれば、勝手にルアーが動くなんて事は無いので、自分でその動かし方を完全に頭と体で理解する、出来るようにするしか無いものです^^; 【まるりんさんのジャーキング】 【まるりんさんのドッグウォーク】  てな、感じでしょうか?♪

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時事ネタも尽きてきたのでさっそく曲紹介をw 夏の定番と言えば、、やはりこの曲アイズレー・ブラザーズの”Summer Breeze ”この曲が連想させる時間帯は太陽の余熱が残る夕方でしょう! ベスト盤のジャケは見事に的を得ていると思います。 コチラはオリジナル盤(1973年) Summer Breeze – The Isley Brothers(1973年) ジミ・ヘンにギターを伝授されたアーニーの奔放なギターとロナルドの突き上げるようなファルセット・ボイス泥臭さを打ち消すような都会的に洗練されたクリスのキーボードこれらが見事にMixして歌詞にある7月の夕暮れ時をうま~く演出しています さて、”Summer Breeze”には原曲がありまして、それがコチラ↓ アイズレーのものよりコッテリしてなくてスッキリした感じの”Summer Breeze”が聴けます。 Seals & Crofts – Summer Breeze(1972年)全米4位 PV見ていただくとわかるようにマンドリンやアコーディオンも効果的に使われているようです。哀愁を帯びたトラッドな香りもしてきます( ̄ー ̄)田園ミュージック♪ Seals & Croftsはテキサス出身のフォークロック・デュオなのですがこのナンバーを聴く限りでは癒し系のポップコーラスさながらAORの線にも近づいているような気がします^^ ”Summer Breeze”には『想い出のサマーブリーズ』という邦題が付いてます。歌詞の内容から見ても今回は日本のレコード会社のピントは合ってるようです。 ”Summer Breeze”のサビの歌詞部分を紹介しときますね 『夏のそよ風 爽やかな気分にしてくれる。ジャスミンの香を心に漂わせながら』 ではではSummer Breeze: Greatest Hits Summer Breeze: Greatest Hits

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 みんな大好きネコひげ!  5700系といえば、スペーシアから見ると3世代前にあたる特急型電車で、愛嬌のある外見と長きにわたる活躍で知られる「名車」です。 その華々しい功績とは裏腹に人生の過半数を過ごした波動用車両としての地位はあまり顧みられませんが、日光線特急から伊勢崎線急行まで東武本線を隅々まで走りまわり、現代まで脈々と続く「東武特急」の名声とブランドイメージの基礎の基礎を築いたという点で、昭和の東武電車を語る上では外したくても外せない車両であることは確かでしょう。  そんな地味ながらも東武という会社的には重要な電車であるだけあり、2009年に東武商事が初の事業者特注品の鉄コレを出したとき選定された車種は5700系でありました。 その後2014年に一般流通のオープンパッケージ商品として晩年仕様が、そして今年の事業者品では以前よりさらに時代を遡って、登場時から急行運用時代にかけての姿を4種類の商品でラインナップされるという出世ぶり。鉄コレ以外に目を向けても、以前クロスポイントから簡易インジェクションキットがリリースされたほか、数社からエッチングキットも出ており、6編成12両という陣営の電車とは思えないほど模型化が旺盛であるというのも、同型式の人気の高さの証左かと思います。  ちなみに5700系、引退が1991年と私が生まれるのと入れ替わりに鬼籍に入りましたので、この目で見たことのある唯一の実車は博物館展示車を除けばこちらだけ。行田市にあるレストラン「マスタード・シード」さんで、こちらの界隈では有名なお店です。 開店からしばらくは現役時と異なる色に塗られていましたが、その後マルーンとベージュに塗り戻され、つい最近塗り直されたらしく非常にきれいな姿を見ることができます。私もモデラー仲間に連れて行っていただき何度もお邪魔していますが、ありがちな「電車だけを売りにしたお店」では断じてなく、とても本格的でおいしい洋食や手作りケーキをいただくことができます。店内はいつも地元の方で賑わっていて、みんなに愛されるお店なのが納得できる味です。  ……このブログでメシの話をするのは初めてですが、閑話休題、さて先日の補修ではなぜか緑色だった下回りも灰色に塗り戻され、美しいTT-3台車が見られるようになりました。この台車が現存するのはここだけかと思います。  なおマスタード・シードさんに転用された5700系は5703Fの2両ですが、側面の車番は残念ながら塗りつぶされてしまっています(まあ「東武鉄道」の表記を残しておくわけにもいかないのでしょうけど……)。しかし表記がなくても車番は容易に特定でき、TT-3台車を履き、側面窓がアルミサッシ化されていて、なおかつオデコに無線アンテナが設置されているという条件を満たす編成は5703Fのみなのです。 このように5700系は長きにわたっていろいろな改造や改良を繰り返してきた電車であるため、ほんの些細なことで編成や時代を特定することができます。そこが模型を楽しむ上でも楽しい反面、考証がとても重要になってくるわけです。  前置きが長くなりましたが、三度目の製品化となる事業者限定版鉄コレの発売に際して、今回は初めて5700系の模型を手にする方でもわかりやすいように製品を遊ぶ上でのポイント的なものをまとめてみたいと思います。 とは言え5700系とは何か?みたいなところから話そうとするととてもじゃないですが書ききれるわけがないので、基本的なところは各自研究工夫(笑)していただくとして、模型を楽しむ上で直結する部分だけ触れてみましょう。なおいくら実車が1991年まで現役であったとはいえ古い電車であることには変わりなく、特に登場直後に関しては正確な資料にも乏しく、あくまで一個人が得られる範囲の資料をめくった結果の文章であることはご承知いただければ幸いです。間違っている部分があったらそっと教えてください。 また編成番号の書き方については諸説ありますが(そもそも5700系は固定編成ではない(※後述)ため「編成番号」という概念が存在しない)、このページでは便宜上、他形式に合わせて浅草方先頭車(モハ車)の車号をとって5701Fなどと呼称することとしました。  5700系は2連6編成12両という小所帯でありながら大変に個体差と来歴の差が激しい形式ですが、その中でも代表的な形態差と改造の時系列をまとめ、なおかつ今回発売された鉄コレのAセット~Dセットがそれぞれどの編成のどれぐらいの時期に該当するものなのかを示したものが上掲の図になります。 登場時の5700系は3種類の形態が2編成ずつ製造されており、簡単に言えば通称ネコひげと呼ばれた非貫通顔の「5700系(A編成)」、機構面は同一ながらA編成の増結用に貫通顔となった「5710系(B編成)」、車体はB編成と同一ながら足回りがカルダン駆動となった「5720系(C編成)」と区別されます。このA~C編成という呼称は通称のようなもので、東武社内で運用を区別するために使われていた呼び名のようですが、鉄コレの商品名の「Aセット」「Bセット」等とは無関係なので注意。  A編成は2両とも非貫通顔、B編成は2両とも貫通顔ですが、日光行きと鬼怒川行きの特急を併結運転するに際し、登場当初はB編成2両を切り離して向かい合わせにしA編成の中間に組み込むことで、4両運転時にも車内を通り抜けられるような使い方をされていました。 「5700系は固定編成ではない」と先述しましたがその論拠はここにあり、モハとクハで車番が揃っていないこともよくあったわけです(ちなみにこの連結方法について「計画のみで実行されなかった」としている文献も多いですが、写真に撮られており実際に営業運転されていました)。 鉄コレの「Aセット」はこのあたりの時代設定ですが、前面窓がHゴム化されていない掛け値なしの登場時仕様と言えます。  その後本格的特急用車両として1700系「白帯車(はくたいしゃ)」が登場しますが、1700系が足りていなかったため、カルダン駆動で足が速く1700系と連結が可能だった5720系のみ特急運用にとどまり、1700系と共通に使用されるようになりました。区別のために1700系に合わせて白帯が追加塗装され、実際に混用されていた期間は非常に短かったですが最大6連を組んで「けごん」「さち」と言った看板列車にも堂々運用されました。 鉄コレの「Dセット」はこの時、前面窓がHゴム化されてから青帯化されるまでの非常に短期間の姿で、5720系C編成がある意味一番輝いていた時代とも言えます。  反面、釣掛駆動であった5700系および5710系は特急運用から退き、区別のために青帯を入れられ、主に伊勢崎線群馬方面行きの急行として使われるようになりました。伊勢崎線急行《りょうもう》、佐野線急行《からさわ》、桐生線急行《おりひめ》などのほか、上毛電鉄直通急行《じょうもう》など多彩な運用をこなし、また先代の特急車5310系も同様に格下げ転用されていたため、同系列とも混用されています。 この頃になると、上記のような「B編成をバラしてA編成の間に組み込む」という連結方法はどうも面倒になったらしく行われなくなり、モハとクハは番号をそろえて実質固定編成とされ、4両運転時はネコひげ顔にそのまま連結するようになりました。しかしながらやはり車内を通り抜けられないのは保安上も車掌業務上も不都合だったらしく、1960年にA編成はB編成同様の貫通顔に改造され、「ネコひげ」は消滅しました。 鉄コレの「Bセット」「Cセット」はともにこの頃の時代設定で、Bセットについては青帯化から前面形状改造まで、Cセットはヘッドライトのシールドビーム化までの期間をプロトタイプにしています。  その後1710系(1700系の増備車)の登場によって特急運用を追われたC編成も、他の編成の後を追って青帯化され伊勢崎線急行に転用されます。しかし当時はまだカルダン駆動機構が技術として確立されておらず故障を多発していて、またA編成・B編成と連結時の協調性にも難があったことから、1961年と65年にB編成のクハと台車を振り替えて釣掛駆動へと相次いでチューンダウンされました。 もともとA編成・B編成は全車が「FS106」という住友金属製ゲルリッツ式台車を、C編成は国鉄のDT15をベースに東芝がカルダン駆動用に開発した「TT-3」というペンシルバニア形台車を全車が履いていました。台車振り替えに際しては、扱いが難しかったTT-3からはすべて主電動機を撤去してトレーラー台車としB編成のクハに履かせ、反対にB編成のクハから持ってきたFS106には汎用品の釣掛駆動機構を組み込むこととしました。 時期を同じくして、同様に未熟なカルダン駆動機構によって故障に悩まされていたモハ5800形という別の電車も釣掛駆動化することとなり、A編成のクハが台車振り替えのドナーに選ばれ、同車由来のKS105という台車を履くことになりました。 5700系の台車振り替えの経緯は他形式も絡むため複雑ではありますが、以上のような流れにより、最終的にモハはすべてFS106、クハはKS105またはTT-3台車を履くことに統一されています。 余談ながらA編成のクハからモハ5800形電車へと流れ着いた2両分のFS106台車ですが、同車の車体更新によって3070系3176Fへと継承され、5700系亡きあとも1996年まで現役だったのは特筆すべきでしょう。  ……と、ここまでの種々の改造や転用などを重ねた結果、気づけばA~C編成の仕様に差がなくなっており、それならばと改番が行われ、1965年に5700系は5700F~5705Fとして連番に整理されました。その後は1800系の登場に伴い伊勢崎線急行からも退き、最終的には3本ずつ6連2本に半固定編成化され波動用として使用されるに至ります。  以上が5700系の改番までの大まかな編成区別と車歴ですが、改番後も前面窓のHゴム化、ワイパーの移設、ジャンパ栓の増設、側面窓のアルミサッシ化、雨樋の露出化、列車無線の設置、トイレ窓の形状変更など細かい形態差や後天的な改造も多く、残念ながらとてもすべては書ききれません。 またいずれの改造も施工時期がはっきり特定できないのが多く、解説したくても資料がなくて明確なことが書けないというのが正直なところです。模型で遊ぶにはキツい車種ではありますが、反面それがおもしろさでもあり、5700系の模型を作るにあたっては「時代設定を明確に定め、資料写真を穴が開くほど観察する」のがキモとなりそうです(笑)。 .  さて2017年のファンフェスタでは5700系が一挙4種類の製品化となり、過去発売された5700系の鉄道コレクションは合計6種類となりました。それぞれ発売時期が異なりますが純粋な「再販」は過去一度もなく、少しずつ仕様が異なっているのがまたニクいところです。 なかなか東武電車に明るくない方にはその考証も厳しいものがあると思うので、まずはそれぞれのセットは具体的にどう遊べばよいのか見てみましょう。  なお以下、2009年事業者特注品は「2009年製品」、2014年オープンパッケージ販売の晩年仕様は「2014年製品」、今年の事業者特注品4種はそれぞれ単に「Aセット」「Bセット」「Cセット」「Dセット」と呼称します。繰り返しになりますが「Aセット」等の商品名と「A編成」等の編成名は別モノですから混同しないようにしてください。  発売順にお話しすることとして、まずは2009年製品から。写真の作例は最近手を入れたものでtwitterなどでも少し書きましたが、詳しくは後編で……。 記念すべき東武初の事業者特注品で、ラインナップはこれ一種類と実にシンプル。詳しい説明などがいっさいない製品ですが、細部のディテールや台車などから推定するにヘッドライトのシールドビーム化と側面青帯の消去を経て前面に雨樋が露出されるまでの間、すなわち1960年代後半から1980年頃まで?の5701Fがプロトタイプと思われます。  遊び方としてはやや古めかしい外見を生かして、伊勢崎線急行の末期から波動用として臨時の急行・快急・快速などに使われていた頃を再現するのがよいでしょう。急行なら《りょうもう》《からさわ》《あかぎ》《おりひめ》など、快急なら《おじか》などがメジャーで似合いそうですね。 私は写真のように2箱4両を使用し、5310系と一緒に伊勢崎線急行で活躍していた1968年頃、1800系にバトンタッチする直前の姿をイメージして仕立てました。クハの台車がKS105なのでそのままでは5700Fか5701Fにしかならないのがこの製品のつらいところで、私は5701Fと5702Fに設定しましたが、クハ702の台車はDセットを1箱余分に購入してTT-3台車へ履き替えています(台車1個いくらだろう?とか考えちゃいけない)。 また製品の側面窓のサッシは原型の木製サッシですが、実車では1967~68年頃から5701F・5702Fを除いてアルミサッシ化が進みましたので充分注意が必要です。  次に2014年製品。こちらは購入こそしたのですがいろいろあって部品取りにされた哀れな人しか出てこなかったので(笑)、画像検索推奨でお願いします。 事業者特注品の2009年製品が一時期高騰していたためか、その救済用?として発売されたもので、こちらは一般の販路に乗るレギュラー商品としてのリリースでした。正直これと言った特徴がなく、「晩年仕様」と銘打っているだけあって前面・妻面に埋め込まれていた雨樋が露出した末期の姿となり、あとはライト類がクリアパーツ化されたり室内パーツの色が変わったくらいで、事実上の再生産という位置づけの製品でした。  2009年製品では5701Fをプロトタイプにしたと思われていましたが、2014年製品ではズバリ5701Fの車番が印刷済みになっており、末期の5700系は6両半固定編成だったのに複数買いさせるつもりがあるのかないのか、完全に意味不明な商品になってしまっていました。 なおかつ台車がKS105で側面窓が木枠サッシという点も変わりなく、何をどうやっても商品名にあるような「晩年」の5700系の6両編成を組めないというツッコミどころ満載さ。そんなこんなで手をつける気にもならず、まともな車両が手元に無いのもそんな事情です。ほんとうに晩年の5700系が欲しいなら、クロスポイント製キットにきちんと手を入れた方がよほど実車に忠実に作れるでしょう(クロスポイントはアルミサッシ化後の姿であるうえに、原型サッシ車を作るための救済パーツもありますので)。 いちおう今回の記事は「鉄コレ東武5700系の遊び方を紹介する」と銘打ってはいますが、2014年製品だけは何をどう考えても実車通りの編成が組めないので遊びようがありません……。強いて言うならがんばって戸袋窓を開け直しアルミサッシ化するか、L字型に並べてマスタード・シードさんのジオラマを作るくらいでしょうか。  2017年事業者品に話を移しまして、まずはAセットについて。先述の通りA編成の登場から1954年までの姿を模型化したもので、今回私は入手していないので商品画像は各自ggっていただくこととして、参考までに東武博物館保存車の写真でも貼っておきます。  こちらは無難に2両編成の日光線特急《けごん》《きぬ》などとするのが良さそうです。が、残念ながら4両・6両運転をしようにも、中間に組み込むべきB編成の同時代の姿が商品化されなかったため連結相手がおらず、さらには並べて楽しめる車両が(鉄コレ含め)完成品やプラキットではいっさい製品化されていないので、よっぽど登場時の端正なゴーナナの姿に思い入れがあるのでなければ使いにくいセットと言っても過言ではないでしょう。私もAセットだけ買い求めなかったのはこのあたりの事情によります。 Cセット・Dセットそれぞれの前面窓を木製サッシ化して塗り直せばAセットと同世代のB編成やC編成を製作できますので、それらを組み合わせれば4連・6連で遊べますので腕に自信がある方にはぜひチャレンジしていただきたい題材です。両端がネコひげ顔の6両貫通編成のかっこよさは筆舌に尽くしがたいものがありますよ! ちなみに東武博物館に展示されているモハ5701号車はこの姿ですが、客ドア窓の形状が復元されていないため鉄コレの形状ともまた異なります。  次に、BセットはA編成、CセットはB編成のいずれも1956年~1960年の姿。こちらは実に無難なところで、両者をつないで4両編成の伊勢崎線急行として遊べます。《りょうもう》《あかぎ》などの有名どころから、2両編成で《じょうもう》などにしても良さそうです。 Cセットはとてもプレーンでくせのない形態をしていて、A編成も1960年の前面形状変更改造後はCセットの姿に化けていますので、今回の商品4種の中ではCセットがダントツの使いやすさであると言えます。DセットのTT-3台車や以前発売されたオープンパッケージ品が履くKS105台車などを使用し台車振り替え後の姿とすれば、青帯が消される1967年頃?までの姿として長く楽しめるわけです。Cセットだけ複数購入して最大6両編成としたり、5310系との連結運転もありましたからそれを再現しても楽しそうですね。  最後にDセットですが、こちらはC編成の1957年の姿と反対にとてもピンポイントなプロトタイプ選定。というのもC編成が白帯を巻いて特急運用に就いていた期間は1956年半ば?から1957年9月までと大変短かかったうえに、白帯化されたあとに前面窓Hゴム化が施工されているため、鉄コレの形状が見られた期間は非常に限られていたと思われます。 遊び方としては1箱でもサマになりますが、2箱使用しての4連のほか、ぜひ楽しみたいのが昨年の鉄コレ1700系登場時(商品名は「Aセット」)との併結運転です。1700系との併結はブレーキ性能の違いなどから現場では敬遠されたようですが、無骨な5700系と流麗な1700系とが手を組み最大6両の堂々たる編成で特急運用をこなす姿は実に「模型映え」することでしょう。鉄ピクアーカイブスに載っている1700系2両+5700系4両の6連特急《きぬ》の高峻な走行シーンを収めた写真を見て、私はDセットを2セット買うことを決意したほどです。 1700系Aセットは現在でも比較的手に入りやすいうえ、詳しくは後述しますが5700系には動力ユニット用台車枠が付属しないので1700系に動力ユニットを組み込むと走行化が容易になるというメリットもあります。いずれにしても個人的には、5700系Dセットを買うならば1700系Aセットも揃えてこそ遊び尽くせるだろうと考えます。  ということで以上、実車のおおまかな生い立ちと、過去発売された5700系の鉄コレのラインナップや仕様などを紹介してみました。とりあえず実車を知らない方でも最低限それっぽいつなぎ方で走らせられるようになれば、くらいの心意気で書いてみた記事ですが、我ながらあまり解りやすくはないなと思われ申し訳ない次第です。 ……そんなわけでいかんせん簡潔な文章を書くのが苦手なもので、実車の話と模型の製品紹介をしたらどえらい長さになってしまいましたので、例によって前後編に分けさせていただきます。 後編は昭和の東武特急・急行を彩った列車名のことと、いつも通り表記類とか追加パーツとかの話でもしようかと思います。年内に書ければいいかな、くらいに考えてますので気長にお付き合いくださいまし。  皆さんも年末年始はマルーン&ベージュの電車で遊びませんか?

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あなたにとって、長年大切にしている楽曲は?と問われたらどんな曲を思い浮かべるだろうか。自分の場合、いくつかあるが、その内の一曲が、自分自身、これまで約20年に渡って愛聴し、愛奏し続けている和泉宏隆(b.1958)作曲の「Forgotten Saga」(フォゴットゥン・サガ)という楽曲。元は日本を代表するインストゥルメンタルバンド、T-SQUARE(T-スクェア)の楽曲で、和泉氏はキーボーディスト及びバンドの作編曲家として1982~1998年の16年間に渡り参加しており、今でもT-スクェア史に残る珠玉のバラード作品として愛されている。オリジナルはサックスによって情熱的な旋律が奏でられるが、その後、和泉氏のピアノ・ソロデビュー時に生まれたピアノ版はぐっと落ち着いた静謐な佇まいとなっており、どこか北欧ジャズに通じる味わいがある。おそらく、オリジナルを知らなくても、ピアノ版で充分にこの楽曲が持つ魅力を味わえるだろう。ちなみに曲名の「Saga」は「佐賀」(さが)でも「性」(さが)でもなく、「Saga」=「北欧の神話を起源とする英雄伝説」という意味だという。和泉氏自身、これまでピアノ・ソロやトリオのアルバム、ライヴでも積極的に取り上げており、この曲を長年に渡って大切にしていることが窺える。和泉氏が関わった「Forgotten Saga」収録のアルバムを数えたところ、少なくとも8種類にのぼっていた(その後、2019年10月にリリースされたピアノ・ソロアルバム「コンプリート・ソロ・ピアノ・ワークスⅠ」に新たな音源が収録)。平成という時代が終わるこの機会に、改めてこれらの感想を綴っておきたい。 【ピアノ・ソロデビュー以降のアルバム】■ピアノ版(ピアノ・ソロ①):アルバム「FORGOTTEN SAGA」 (1997年リリース、Village Record国内盤、ジャケット画像中段左) 1997年にピアノ・ソロでデビューした和泉宏隆氏の初めてのピアノ・ソロアルバムに収録。最初に聴いたピアノ・ソロ音源で、自分にとって「Forgotten Saga」との出会いはここから始まったといっても過言ではない。T-スクェアのアルバム「R・E・S・O・R・T」に収録の楽曲としてこれまで聴き馴染んではいたものの、本アルバムを聴いた時、アコースティックならではの響きと、楽器一つで表現できるピアノの奥深さにすっかり魅了されてしまった。同年1997年にアルバムと連動したピアノ・ソロ楽譜集(ヤマハミュージックメディア刊、表紙画像下)が発売された時、ピアノを習ったことはなかったものの、この曲を弾きたくて即購入。社会人1年目の頃に、会社の寮に置かれていた古びたピアノを使って独学で練習を始めた。当時はまだおぼつかない弾き方ながら、自らが弾くピアノでForgotten Sagaの音が鳴り始めると、日々の疲れが癒されていたのを思い出す。なお、本アルバムに収録されている曲名は「Saga」。自分にとって原点となる音源で、約20年が経過した今でも弾く度に安らぎと感動を覚える。楽譜集はだいぶ色褪せてしまったが、これから生涯に渡って愛奏し続けていきたいと思える楽曲。 ■ピアノ版(ピアノ・ソロ②):アルバム「LIVE 0221」 (2007年リリース、&Forest Music国内盤、ジャケット画像下段左) 2007年2月21日に目黒のBlues Alley Japanで行われた貴重なライヴ盤。アルバム「FORGOTTEN SAGA」でのスタジオ録音とはまた異なる早めのテンポで、ライヴならではのテンションの高さを感じる演奏。本アルバムは「Hirotaka Izumi Trio」というバンド名でピアノ・トリオ(ベース:村上聖氏、ドラム:板垣正美氏)編成だが、この「Forgotten Saga」はピアノ・ソロ演奏で、アルバム最終曲に収録。自分も2004年頃に同じ会場で和泉氏のトリオでのライヴを聴いているので、当時の感動が思い浮かぶ。前半は「Saga」と同じ演奏で進行するが、後半はアドリブによる即興が加わっている。そのキラキラと溢れ出るアドリブがまた素晴らしく、和泉氏のジャズ・ピアニストとしての手腕が存分に発揮されている。和泉氏の熱い想いが伝わってくる名演。 ■ピアノ版(ピアノ・ソロ③):アルバム「Forever Purple」 (2010年リリース、&Forest Music国内盤、ジャケット画像中段右) 以前、北欧ジャズの巨匠、ラーシュ・ヤンソン(b.1951)の「Giving Receiving」をエントリーした本アルバムに収録。冒頭は「Saga」よりも更にテンポが遅くなってはいるものの、サビではドラマティックな盛り上がりをみせてテンポが変化し、ライヴ盤と同様、中間部ではアドリブが加わっている。これまでの演奏活動で蓄積されたであろう、和泉氏のピアノ作品の一つの集大成を感じるアルバム。ピアノ・ソロデビューから13年が経過し、孤高の境地に達したかのよう。自宅でのレコーディングという点にも注目で、深夜に聴いても癒される楽曲ばかり。 ■ピアノ版(ピアノ・トリオ):アルバム「a return of saga」 (2015年リリース、マイミュージック国内盤、ジャケット画像下段中) 「The Water Colors」というピアノ・トリオ名になってからの演奏で、ベースは吉野弘志氏、ドラムは石川雅春氏が担当。アルバム「Forever Purple」で孤高の境地に達したピアノ・ソロの演奏がトリオ編成になっても見事に再現されている。どこかラーシュ・ヤンソンのテイストにも通じるものがあり、深遠なジャズの世界が繰り広げられる。 【T-スクェア時代のアルバム】■オリジナル盤/アルバム:「R・E・S・O・R・T」 (1985年発売、ソニー国内盤、ジャケット画像上段左) 今を去ること34年前の音源。オリジナル盤だけに、不可欠な存在で、自分にとって初めてT-スクェア(当時のバンド名はTHE SQUARE)素晴らしさに開眼した懐かしいアルバム。伊東たけし氏(b.1954)の情熱的なサックスプレイが冴える、T-スクエアにとって原点となる音源。 ■ライヴ盤①/アルバム「ザ・スクェア・ライヴ」 (1985年発売、ソニー国内盤、ジャケット画像上段中) アルバム:「R・E・S・O・R・T」発売時期の頃の貴重なライヴアルバム。夕陽が沈む海辺で聴いているかのようなビジュアルが思い浮かぶ演奏で、伊東たけし氏のしっとりと歌い上げるサックスが感動的。T-スクェアの青春の一ページ。 ■ライヴ盤②/アルバム:「MOMENT」 (2001年発売、Village Record国内盤、ジャケット画像上段右) 2000年9月29・30日に神戸チキンジョージの20周年を記念して開催された2日間限定の「THE SQUARE 再結成!」でのライヴアルバム。初演から15年が経過したのち、伊東氏や和泉氏が離れ、メンバーが入れ替わった後の再会だけに、どこか同窓会的な雰囲気が味わえると共に、改めてこの曲がスクェア史に残る代表曲であることを感じさせてくれる。ここではイントロからピアニスティックな技が一層冴えた和泉氏のソロ・プレイが聴けるのが嬉しい。 ■T-スクェア&オーケストラ盤/アルバム「CLASSICS」 (1992年発売、ソニー国内盤、ジャケット画像下段右) 最後にT-スクェア&オーケストラによるスケールの大きな名演を。英国の名門、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とは2枚の共演アルバムを残しているが、本アルバムはその記念すべき第1弾。編曲は奥慶一氏、ピアノは和泉氏自身が担当している。「Forgotten Saga」がオーケストラ版となっても全く違和感がなく、むしろ元々オケ作品かと思ってしまうほど、ピアノとストリングスのハーモニーが美しいアレンジに仕上がっている。

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今日プレイしたゲームはファミコンの「キャプテン翼2」です。時間がないので最強の状態で始める裏技のパスワードでプレイ。パスワードは「あかさたな はまらがざ ばぱやぼぽ ふせつ」です。画像を見てもらえればわかりますが パスワード入力画面の一番上の文字を「あ~や」まで入力。その後一番最後の2文字「ぼぽ」を入力。そして「ふせつ」と入れる。さあスタートです。全員のレベルが64になっています。とりあえず最初にボールを持ったバチスタで、ある程度近づきシュート。 ゴールネットを突き破りました。ストーリーを楽しみたいという人はうってつけのパスワードです。パスワードを知らなかった人、これからプレイしようと思っている人は一度入力して堪能してください。    にほんブログ村よろしかったら、ぽちっとクリックしてください。今後の更新の励みになります。

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