料理を見る お店情報 料理 ラーメン 地域 新横浜駅周辺 店名 一風堂 キュービックプラザ新横浜店 所在地 神奈川県横浜市港北区新横浜2-100-45キュービックプラザ別館 1階 経営・系列 株式会社 力の源ホールディングス 喫煙 不可 紹介訪問日 2017/04/25 天気 快晴 客入り 満席行列! 衛生 きれい 会計方法 食後にレジ会計:現金・SUICA 配膳/お冷 配膳:店員が配膳/お冷:店員が給仕 席 カウンタ:/4人テーブル お店の概要 『一風堂 キュービックプラザ新横浜店』は、JR新横浜駅1階のキュービックプラザ別館に2017年3月27日に開店したラーメン店です。KFCの跡地ですね。駅からのアクセスは最良で、競合するラーメン店は『六厘舎』系列の『舎鈴』です。『日高屋』もありますが、客層が異なるでしょう。 『一風堂』は言わずと知れた博多ラーメンの有名店。2017年には上場を果たし、日本各地はもとより世界にも展開するラーメン店ですね。その臭い故に客を絞ってしまう博多豚骨にあえて拘りながらも、独創的なラーメンも提唱し、勢いを伸ばしてきたラーメン店です。 そんなことをのたまう古い博多もんの私ですが、個人的には『一風堂』は新進店。私が高校生時代に開店したお店です。本店の近くをうろついていたんですがね、まったく気づきませんでした。 ちなみに、初めて『一風堂』のラーメンを食べたのは、十数年前の東京・五反田。まだ再開発前で地域の評判は良くなかった時代です。 有名店で九州豚骨が苦手な方でも食べやすいラーメンのためか、昼時は行列になります。新横浜という立地のためか、新幹線を利用する海外の方まで並んでいます。 行列を避けるなら、開店直後か13時頃以降を狙うといいでしょう。ランチでなければ、夕方以降であれば並ばずに入れるでしょう。そろそろ、新店人気も一段落で夜の行列はほぼなくなりました。 店内・サービス

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本日、ハザード点けて停止していたら、ハザードのリズムがブっと止まり、ハザードが点かなくなってしまいました。 ハザードスイッチを戻し(OFFにし)て、ウインカーレバーを右に倒すとウインカーは点きます。 ウインカーレバーを右に倒したままでハザードスイッチを押すと、ウインカーは消えます。 ハザードランプのスイッチが逝ったかヒューズが切れたか。。 スイッチが逝ったなら、ハザード点灯中に途中で切れるという症状は考えづらいので、やっぱりヒューズと思われました。 とりあえず運転席右下のヒューズボックスを開け、、、 ふたの裏のラベルを見ると、、 左上に「ターンシグナル」というのがありますが、とりあえずウインカーは使えるので、これではありません。実際にヒューズを外しても無事でした。ほかには、思い当たりそうなものがありません。。マイッタ といことで、帰宅して配線図集を眺めることにします。 回路図を眺めていいると、ウインカーは点くのにハザードは点かないとなると、やっぱりスイッチか、、、、。 ということで、インターネットの部品検索サイトでハザードスイッチを探すと、 部品番号 25290-VD200 価格 2,950円という表示。こ、スイッチひとつでこんなに高額なのか!ということで、ダメもとで修理を決意しました(笑  とはいえ、前述の通りに症状から考えるとスイッチ故障は考えづらいのです。 今一度、配線図集を見直したところ、、、 画像ではボケてしまいましたが、赤い電源線とハザードスイッチの間に「#38」と書かれた10Aヒューズがあるのを発見! これはどこにあるかと、配線図集のヒューズ配置図を眺めると、 エンジンルームのヒューズボックスにあると判りました。真ん中あたりに「#38 ハザードランプ」というのがあります。 ということで、ボンネットを開けて ヒューズボックスのツメを外して フタを開けます。 該当箇所のヒューズは見事に溶けていました。 運転席ヒューズボックスにあるスペアヒューズを使って。。。 ヒューズを交換しました。 10Aのスペアヒューズを使ってしまいましたので、近所のホームセンターへ行ってスペアのスペアを購入しました。2個で138円(8%の消費税込み)でした。 エーモン 1274 ミニ平型ヒューズ 10Aエーモン工業(amonkogyo) 2012-05-09 Amazonアソシエイト by 交換後、無事にハザードが点きました。 10年ほどのストレスによってヒューズが傷んだのだと思われます。ヒューズが頻繁に飛ぶようだと、入念な点検をしなければなりませんが、、、、、、 出先で運転席下のヒューズボックスは見たのですが、エンジンルームのヒューズボックスを見なかったことを反省したしだいです。 ヒューズ容量をよくよくみると、片側のみ点灯する「ターンシグナル」は7.5A、両側が点灯する「ハザードランプ」は10Aの設定というのは「?」ですね。片側7.5Aなのですから両側なら15Aだろ、とか思うのですが(笑おそらくは5Aヒューズというのを設定しなかった、ということだろうと思います。実際、ヒューズボックスの画像をみると、20A/15A/10A7.5Aの4種類でした。 ターンシグナルは点滅するランプです。拙宅はフィラメント球を愛用していますから、消灯⇒点灯の際は球のワット数から逆算できる電流量よりも多く電流が流れているはずです。このため、ヒューズにストレスが掛かって切れたものと考えています。なにはともあれ、しばらく様子を見て、また切れるようであれば配線の入念な点線などを行いたいと思います。 お疲れ様でした。

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Shootout こないだの3連休、晴天は初日だけとの予報を受けいそいそとバイクでおでかけ。久々にカブツーリングで六甲の呑吐(どんと)ダムへ。早起きしてタイヤの空気圧調整とオイル交換を済ませたら六甲山へアタック。のどかなカントリーロードを行くこと約2時間。予想通り急こう配ではエンジンが排気量の限界を訴えてムギューと叫びながらもなんとか目的地に到着。ダムの駐車場で大型バイクがズラリと並び革ジャンのライダー達が集う中、スーパーカブは浮いちゃうね・・・ でもいいのいいの、コレが好きなんだから。 晩秋の六甲はけっこう冷えましたがホットなアンプ作りはトランス待ち。なんもしないで待ってるのもアレなのでゴソゴソと色々やってます。 今日は作成中のアンプに使うパワー管の選定も兼ねて6V6の鳴き較べをしてみます。 前回作成したデラックスと5E3を使って現行各社6V6の独断レビューです。思うに6V6は6L6以上にメーカーごとで音色が異なるパワー管。ですがそれぞれの特徴を把握しておけば選択を間違う事はないでしょう。たぶん。ちまちま集めた5種類の6V6達。半分は自分のためのおぼえがきなんだけど好きな人は何かの参考にしてもらえれば幸いです。はりきっていきましょう。 一番手エレハモ6V6EH ご存知ロシア製のパワー管。一般的に6V6といえばすぐコレが出てくるくらいメジャーな6V6。比較的安価ながら品質は悪くないです。最大プレート電圧も450VまでおKなのでデラリバ系のアンプにも安心。ハイからローまでバランスが良いのでツイード、ブラックフェイス共に迷ったらとりあえずコレかもしれない。 二番手JJ 6V6-Sチェコ製の6V6。分厚いガラスで一般的な6V6より少し背が高いです。頑丈な作りと見たの美しさを兼ねそなえた真空管。気品のある外観に加え特殊なスパイラル構造で出音の方も所謂6V6とはちょっと違います。とにかくクリア&パワフルで6L6寄りのキャラ。強力なボトムエンドと力強い高域。音でかい。高価なビンテージRCAを信奉するピュアリストからはキラわれているらしいけど個人的には優れたパワー管だと思います。固定バイアスのアンプ向けかな。最大プレート電圧は余裕の500V。おそらく現行ラインナップの中では最強の6V6でしょう。 三番手Groove Tube GT-6V6Cグルーブチューブ選定の中国製。ゲインクラス6のモノを試してみます。 音の方は・・・うーん。しっかり6V6してますがこれといったクセもなくまあ普通。悪くはないけどグルーブチューブのパワー管の最大の特徴はやはりゲインレートを指定出来る事にあります。つまり同じレートのモノを買えばバイアス調整無しで即座に同じレスポンスが得られるワケでこれならその方面にうといプレイヤーでも安心してパワー管を交換出来るユーザーにやさしい規格とも言えますね。 四番手Tung-Sol 6V6GT ロシア製の復刻版でエレハモと同じ工場で作られています。海外のフォーラムでは上記のエレハモ、JJとこのTung-Solの3つが圧倒的な人気。ぱっと見の印象はエレハモに近いですが出音の方は少し違います。やわらかいトップエンドが特徴でビンテージRCAに肉薄するトーン(らしい)。 試してみると5E3との相性が抜群ですっげえカッコいい音になります。最大プレート電圧はデフォルトの350Vなのでデラリバ系のアンプで無理させるよりもプレート電圧の低いツイードアンプで歌わせるのが良さそう。 五番手 TUBE AMP DOCTOR 6V6GT-STR TADオリジナル規格の中国製。データーシートによればエレハモ同様最大プレート電圧を450Vまで引き上げています。が、もうひとつの大きな特徴は高域を意識的に抑えている事です。これはデラリバ系アンプユーザーの長年の悩みである大音量で耳に痛い高音が出まくる問題に対処したものと思われます。個体や生産時期にもよりますがデラリバはプレートに420~450Vもの高電圧を入れている都合上フルテンでは高音が出すぎて耳に痛い音になりがち。そこでこのTAD管を使えばいくらか高域が緩和して使えるレンジが広がります。基本的なトーンは中域にピークがあってあたたかな音がします。コレはけっこう好き。 以上ひたすら現行6V6を試してみましたが総評としてツイードアンプにはTung-Sol、デラリバ系にはEH,JJ,TADが良さそう。ただ前述したとおり高いプレート電圧で出力を稼ぐのであれば高域対策は必須。色んな記事を読んで実際に試してみた結果6V6の高音対策に有効な手段をいくつかあげてみます。トレブリー過ぎる6V6アンプにお悩みの方はくれぐれも自己責任にてお試しください。 ・整流管を交換 GZ34を5R4(またはウェーバーのダイオード整流器WR4)に交換。SAG効果というやつで無音状態でのプレート電圧が下がるのと同時に強くピッキングした時も瞬間的にバイアス電流が上がる(プレート電圧が下がる)のでコンプレッション効果が増大。 ・バイアス調整 プレート電圧420V位で6V6PPで固定バイアスの場合、バイアス値は19mAから23mAあたりが妥当ですがこれをあえて30mAあたりまで上げてみます。そうするとプレート電圧が400V前後まで下がるので多少歪みにくくはなりますがハイエンドがスムースになってきます。とはいえかなりムチャなセッティングなのでまずはタフなJJあたりで試すのがいいかも。 ・スピーカー アメリカ本国ではデラリバに合うスピーカーについての議論はかなり盛んでみんな大なり小なり高域の問題に悩んでいるのは同じみたい。よく話題に出るのはエミネンスCannabis Rex, WGS ET-65, Weber 12F150, Celestion G12Hあたり。試してはないけどきっとどれも良いスピーカーなのでしょう。しかし現行のデラリバにはJensenのC12K(100W セラミックスピーカー)が搭載されていて結局はコレが一番良いとの事になっているようです。上記のスピーカーを全て試した上でC12Kに戻したというヒトもちらほら。ただし気になる事はみんな口を揃えて言う「十分なエージング」。 そこでヤフオクで安く落としたC12Kで実験。ピカピカの新古品ですが音がやたら遅いうえにハイがチリチリしてて全然抜けません。このスピーカーの本領を発揮させるには少なくとも50時間近くは大音量で鳴らし込まないといけないそうです

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今日は休みなので料理をしました。 本日の材料のいなだ(398円。鳥取産)。まな板からはみでてます。 2009年11月19日いなだ昆布締め・兜焼・お茶漬け材料:いなだ(1匹。398円)・海苔(茶漬け用 2枚)調味料:わさび醤油(適量)・だし汁(昆布締めの昆布・いなだの中骨・腹骨・皮からとったもの。茶漬け用)*アジと比べて頭を兜焼にできるので、昆布締めの生・お茶漬けの半生・兜塩焼きの焼き魚、1匹で三種類のいなだの味を楽しめとってもグッド。最初はいなだの頭が少し小さいかと思ったけれど、充分な量の焼きいなだを味わえた。 今日の料理は「魚柄仁之助のもてなし楽膳」(著 魚柄仁之助 http://www.ne.jp/asahi/uotuka/official/index)に出てくる「おのれっ いっぺん しめちゃろかっ」を参考に作りました(金目鯛の代わりにもっと安いいなだにしたけど・・・)。 作り方は1、いなだを水で洗って、うろこを包丁で落とす(うろこが結構多かった)2、頭を落とし、落とした頭を縦真っ二つに切って開き、塩をふる(兜塩焼きの準備完了。皿に入れラップして冷蔵庫に入れておく)3、腹をさいて内臓を取り出し、塩水で腹を洗って血を取り除く4、いなだを三枚にさばく(三枚におろした時に中骨に身がたっぷりついていたらスプーンでこそぎおとせばよい。失敗を恐れるな!!)。5、三枚におろした身の腹骨を削ぎ落とし、皮を剥ぎ、身に少々塩をふって、身と身の間に昆布をはさんで、ラップでくるんで冷蔵庫に入れる。(今日は冷蔵庫に4時間ほど入れましたが、昆布の味が充分身にしみこみました)6、4時間後ラップをはがし、昆布もとり、身を包丁でさばいて皿に盛りつける(昆布締め完成)7、2の頭を取り出してグリル(ウチのグリルは片面焼)に入れ、頭の中側7分・外側4分焼く(焼時間は焦げ具合をみながら調整してください。今日はこの時間で調度良い焼加減になりました。頭は火が通りづらいですが、刺身でも食べられるいなだなのであまり焦げすぎないようにしようと思ってボクは焼きました)。焼いたものをお皿に盛って兜焼塩焼き完成8、保温鍋に水を張り、沸騰したら昆布締めの昆布・いなだの中骨・腹骨・皮を入れて、火を止めて保温調理(20分)9、昆布締めの刺身をわさび醤油に数分漬けこみ、ご飯に乗っけて海苔をかけ、8のダシをかけていなだ茶漬け完成 シメのいなだのお茶漬け。 今日は久しぶりに魚をさばきました。いなだの特徴としてはうろこが思ったより多いのと、血が身にたっぷりつきやすいことでした。血はキッチンペーパーでふけば簡単にぬぐえます。うろこは少々面倒くさいですが・・・・。いなだでもいいダシがでるのか?昆布締めにしてウマイのか?と不安でしたが杞憂に終わりました。焼き魚の兜焼・刺身の昆布締め・半煮えのお茶漬けどれもとても美味しかったです。この美味しさとボリュームで398円。スゴスギル。「いなだはワカシ、イナダ、サンパク、ワラサ、ブリという出世魚の出世途中の段階(出世しはじめてブイブイのし始めている頃くらいか)。あやかりたいものです。」心にそう願う長七郎であった。

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リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズ(Little Anthony & The Imperials)黒人のドゥーワップグループ、 R&B グループ。1957年にニューヨークで結成された The Chesters が前身で、1958年に<Apollo>レーベルに初録音。間もなく<End>レーベルとの契約を期に、グループ名を リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズ に変更。The Duponts:・Jerome Anthony Gourdine(リード)・William Dockery(テナー)・William Bracey(バリトン)・William Delk(バリトン) 初期は「Tears on My Pillow」や「Shimmy, Shimmy, Ko Ko Bop」といったドゥーワップをヒット。1964年からは白人ポップ・プロデューサー テディー・ランダッツォ に出会い<DCP>レーベルに移籍し、彼のプロデュースによる「Goin’ Out Of My Head」や「Hurt So Bad」等のポップ・ソウル(通称「ミドル・オブ・ザ・ロード」と呼ばれる大人向けのポップス)で新時代を築き人気を博しました。リード・シンガーの アンソニー・ゴーダイ の清潔感のあるテナーボーカルが魅力となる名グループ。後年はAnthony & The Imperialsと改名しての活動となった。…………………………………………………………………………………………………………………….Goin’ Out

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NSPの平賀和人くんのお嬢さん(未来ちゃん)が、10月1日(土)午後2時53分にママになったとの嬉しいお知らせがあった。私は大ファンである平賀くんを、チビの頃から勝手に『和人兄』と呼び奥様である故洋子夫人を『洋子姉』と呼ばせて頂いていた。(あくまで勝手に。。。)同郷であったこともあり、岩手でのコンサート会場には洋子姉はじめお嬢さんの未来ちゃんや、平賀家一族が駆けつけている事が多く何度か未来ちゃんと遊ばせていただいたり、写真を撮らせてもらったことも・・・。 あの頃には珍しくお付き合いしている事をオープンにしていたので洋子姉の事も、御挨拶程度ではあったけれどお顔も見知っていた。大好きな和人兄ではあるけれど、この女性ならもう仕方ないや・・・と思えるとても聡明で凛とした、憧れすら覚える素敵な女性だった。当時中学生だった私は、地元で結婚式を挙げたお二人を祝福すべく部活をサボり、隣町まで自転車爆走の旅に出掛けたほど大好きな御夫婦。 結婚当初から、40代でおじいちゃんになるのが夢だと語っていた和人兄は40代で・・・という事こそ叶わなかったけど、昨年未来ちゃんが結婚し孫を持つ日が待ち遠しかったみたいだよね。そして、天野くんの闘病の最中ではあったにせよ未来ちゃんの御懐妊に心から喜んでいたのが手にとるようにわかって、とってもほほえましかったよ。きっと・・・洋子姉も、和人兄の側で喜んでいたよね。 そして、迎えたこの10月1日。この日は、天野くんの月命日ということもあり・・・彼らの運命というのか宿命というのか、誰も介入できない強い絆を再認識。 和人爺☆♪本当に本当に、おめでとう!!未来ちゃん、頑張ったね!おめでとう!!貴女のおとしゃん&おかしゃんのように、惜しみなく全ての愛を新しい命に注いで、慈しんで、大切な宝物を大事に大事に育んでいってね。 そして・・・洋子姉、天野くん・・・一緒に喜んでるんだろうな。。。今頃・・・きっと・・・

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たまには真面目なことも書こうかと思います。 今日はバレエの歴史について。 日本では一般的にはバレエというと、ロシアのイメージが強いのではないでしょうか? バレエをやっている人は、オペラ座とかロイヤルとか、好みもいろいろでしょうけれども。 たぶん、日本で最初にバレエ教室を開いたとされているのが、ロシアから来たエリアナ・パブロバさんだからかもしれません。 アンナ・パブロワさんと混同する人が多かったので、エリアナさんはカタカナ表記を「パブロバ」として、区別をしたんですよ。 七里ヶ浜にお稽古場があって、そこだけ異空間のようでした。 お稽古場の窓をあけると、七里ヶ浜の海が一面に広がっていました。 今はもう、記念館もなくなってしまい、記念碑が建っているだけなんですが・・・ そんなノスタルジーはさておき、バレエのはじまりはイタリアです。 オペラとともにギリシア復興のために生まれました。 その後、メディチ家の娘カテリーナがフランスにお嫁入りし、バレエがフランスに紹介されることとなったのですね。 当時はまだトウシューズはなかった。 衣裳もチュチュではなかったのです。 私達が古典と呼んでいるバレエのもっと昔の話です。 続きはまた今度ね~ by angelpie

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世の中には、幸運や福を呼ぶと言われる縁起物が多くあります。以前、東京の世田谷区にある豪徳寺に訪問したことがあり、その時知った、招き猫の由来が面白く、その後、なんだかんだで、我が家には四つの招き猫が置いてあります。今のところ、特別なにか良い幸運が来たようなことはありませんが、平穏無事で暮らしていることを思うと、これが幸せかも知れないとも思えてきます。そこで今回は招き猫についてのお話です。 ●招き猫の由来 それは江戸時代、1615年頃のことでした。今の世田谷区あたりにあった、曹洞宗のとあるお寺の和尚さんは、猫が大好きでした。この猫好き和尚さんがあるとき猫に、「お前も恩を分かるのなら何か良いことを招いてくれるといいのだが」とそれとなく話をしました。しばらくして、夏のある日に、寺の前が騒がしく、和尚さん寺から出てみたら、由緒ありそうな武士が、鷹狩の帰りに寺の前を通るときに、さかんに猫が何か招くようなしぐさをするので、「どうも変だなと思い寺を訪ねてきた」と武士は言いました。この武士が突然の雷と豪雨と会って、寺の近くの一本の木の下で雨宿りをしていたところ、猫が招くので念のため、寺に移動してきたとのこと。 武士は、寺で和尚が出してくれたお茶などを飲んでしばらく休憩していると、依然として雷とともに豪雨が続いていました。それで和尚の説法などを聞きながら、さらに休んでいました。しばらくして、ようやく雨も止み、穏やかな天気になりました。その武士は、外に出て、当初雨宿りしてた木に雷が落ち、命を失うところだったのに気がつきました。武士は豪雨と雷で大変な災難に遭うところを、猫の招きのおかげで助かったとたいそう喜びました。その武士は彦根藩の城主井伊直孝でした。井伊直孝(1590~1659)は彦根藩の2代藩主で、その後井伊家は、第二代将軍の徳川秀忠からさらに家光、家綱の3代にわたって幕府の重鎮となり、幕府政治に大いに貢献しました。幕末には桜田門外の変で暗殺された、大老の井伊直弼の墓も豪徳寺にあり、安政の大獄で処刑した吉田松陰の松蔭神社が、同じ世田谷線沿線の近くにあるもの、何か因縁めいたものが感じられます。 その猫が死んだ時には、井伊家は猫の墓を建てました。その後、幸運を招いた猫の姿を人形にし、それが招き猫の元となりました。これを縁に、この寺は井伊家の菩提寺となりました。井伊直孝の死亡の際に、直孝の院号「久昌院殿豪徳天英居士」にちなんで、この寺の名は豪徳寺と呼ばれるようになり、招猫観音が祀られて、招き猫は広まっていきました。今も寺の境内には、本殿に隣接して、招猫観音(招猫観世音菩薩)を祀った招猫殿があり、その左手には招福猫奉納所があります。そして1,000体を超える招き猫が安置されています。ここの招き猫は右手は上げていますが、小判は持っていません。右手を上げる猫は金運を招くと言われますが、井伊家ゆかりの寺なので、金銭への執着を緩めて小判は持っていないのです。 東京、世田谷区の豪徳寺 豪徳寺、招福殿 豪徳寺のたくさんの招き猫 招き猫の伝承では豪徳寺が有名ですが、その他にも由来があります。 今戸神社(いまどじんじゃ)は、東京都台東区今戸一丁目の神社です。江戸時代末期、近くに住んでいたある老婆は猫を可愛がっていましたが、貧くてこれ以上は飼ってやれないとやむなく猫を手放しました。その後、老婆の夢枕にその猫が現れ、「自分の姿を人形にしたら福徳を授かる」と告げました。老婆はその猫の姿の人形を今戸焼の焼き物で作って、浅草神社の横で売ってみたところ、世間の評判になったと言われます。今戸神社は縁結びの神社としても名高く、若い女性に人気があり、本殿中央に鎮座する2体の招き猫も拝んでいます。ちなみに猫の上げ手は右で、小判は持っていません。 今戸神社 今戸神社の招き猫の像 自性院は東京、新宿にありますが、ここも招き猫伝承があります。江戸城を最初に築いた武将として名高い太田道灌が、室町時代に、江古田・沼袋原の戦いで、劣勢に立たされ道に迷った時に、太田道灌の前に猫が現れて手招きをし、自性院に案内した。これをきっかけに戦いが有利になりました。太田道灌はたいそうこのことを喜び、この猫の地蔵尊を自性院に奉納したことから、招き猫伝承が広まりました。ここには大きな猫の像があります。 自性院(新宿区) 自性院の招き猫像 さらには京都市伏見区の伏見稲荷大社が招き猫の発祥との説もあります。どの説が正しいかはっきりしませんが、特徴から言えば、豪徳寺は1,000体を超す多数の猫、自性院は巨大な猫像で、今戸神社は縁結びと関連の人気で、それぞれ「招き猫のルーツ」を主張しています。 ●招き猫の上げる手と猫の色の意味は? 右手(前脚)を挙げている招き猫は金運、福一般を招き、左手(前脚)を挙げている猫は人(客)を招くと言われています。両手を挙げた猫もありますが、それは欲張りすぎると「お手上げ万歳」になる意味も出てくると嫌う人が多いようです。 右手を上げているのは「オス」左手を上げているのは「メス」だそうです。 招き猫の色と運は下記の通リです。 白(三毛の猫):「福」、 黒:「魔」除け、疫除け、 金「財運」、 銀「長寿と繁栄」赤:「健康」、 桃色:「愛情」、 青:「学業と仕事」、 緑色「安全」、 黄色「金運」 さまざまな色の招き猫があります。 最近では陶器でできている招き猫ばかりでなく、金属やガラスでできた洒落た招き猫もあります。我が家にもガラスの一対(挙げた手がと右と左)の招き猫があります。 ●招き猫あれこれ 日本では、9月29日を日本招猫倶楽部が招き猫の日と制定し、日本記念日協会も認定それを認定しています。「くる(9)ふ(2)く(9)」(来る福)の語呂合わせから9月29日になったそうです。この日の前後の土日には、各地で(三重県伊勢市のおかげ横丁、愛知県瀬戸市、長崎県島原市など)で福招き猫まつりが開催されています。 招き猫の生産地は愛知県常滑市が一番で、他の名産地として同県の瀬戸市があり、両方とも瀬戸物の産地であり陶器製の招き猫です。群馬県の高崎市では名物の達磨とともに、招き猫は同じ製法で作られています。最近ははプラスチック、金属、ガラスなどの製品も出てきて、デザインも多種多様になってきました。 招き猫のように乗降客を招く猫を願って、和歌山電鐵貴志川線の貴志駅では、三毛猫の「たま」が駅長(執行役員駅長になった)に任命され、評判を呼んでいます。この「たま駅長」をモデルにして、愛知県瀬戸市の招き猫メーカーは特製の招き猫を貴志駅に贈りました。 和歌山電鉄、貴志駅のたま駅長(執行役員) 「たま」は豪徳寺の猫の名前であり、豪徳寺商店街は「たまにゃん通リ商店街」と呼んでいます。また豪徳寺ゆかりの、井伊家のあった滋賀県彦根市のゆるキャラ「ひこにゃん」は、この豪徳寺の招き猫がモデルにして作られたとのことです。和歌山電鉄の「たま駅長」も多分、客を招く豪徳寺の招き猫がヒントと思います。 豪徳寺商店街の「たまにゃん通リ商店街」 豪徳寺とゆかりが深い井伊家のあった彦根のゆるキャラ「ひこにゃん」は招き猫がモデル 「招き猫ミュージアム」というのが愛知県瀬戸市にあります。日本最大の招き猫博物館です。以前は「日本招猫倶楽部 招き猫ミュージアム」は、群馬県吾妻郡嬬恋村にありましたが2005年に瀬戸市に移りました。瀬戸市では「来る福招き猫まつりin瀬戸」が毎年開催されています。 瀬戸市の「来る福招き猫まつりin瀬戸」のポスター(2014) 瀬戸市の「招き猫ミュージアム」 招き猫ミュージアム(瀬戸市)詳細:http://www.luckycat.ne.jp/index.html また広島県尾道市には招き猫美術館があります。 招き猫美術館(尾道市)について:http://www.ononavi.jp/sightseeing/museum/detail.html?detail_id=190 今の形の招き猫は日本発祥のようですが、実は世界の他の国にも猫のしぐさによる伝承があります。中国、唐の書物に「俗に言はく、猫面(オモテ)洗ひて耳を過ぐれば、すなはち客至る」とあります。これが日本に伝わって、招き猫に次第になったとも考えられます。ヨーロッパにおいては、猫が毛並みをそろえるなど体の手入れをする仕草をすると客が来るなどと言う伝承があります。日本の招き猫も実は猫が顔を洗うようなしぐさではないかとも言われています。豪徳寺の伝承話をみても、猫が武士を寺に招き入れた時に、雨が降っていて、「猫が顔を洗うと雨」ということわざと招き猫が関連しているようにも見えます。フランスでは「猫が顔を洗うと、すぐにく雲行きが怪しくなる」と言われていますので、どうも古今東西、猫が顔を洗うのは雨降りと関係があるようです。これは特定の動物が地震などを予知するような動きをするのと似ています。 ことわざ「猫が顔を洗うと雨」についてhttp://matome.naver.jp/odai/2138751802831866001 ●外国でも人気の招き猫 招き猫の発祥は日本と言われますが、最近は外国にまでその人気は広がっています。 少し前、中国の春節の時期に多数の中国人が来日して、すごい量のお土産を買ったそうですが、その中には招き猫も含まれていました。愛知県の常滑焼の招き猫を目がけて、中国の春節(旧正月)に時期には、市陶磁器会館には、観光バスで多くの中国人が訪れました。そして常滑焼きの招き猫を数多く買っていったそうです。右手挙げ、左手挙げはもちろんのこと、特に金運を呼ぶ金色の招き猫が人気だったそうです。韓国の観光客も多く来て、縁起の良さで人気があったそうです。台湾でも招き猫は店先に置いてあるなど、招き猫は外国でも人気となっています。

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皆様 こんばんは もう8月も中旬、夏もだいぶ日が経ってしまいました。今年も 不完全燃焼は免れない天候不順ですね。 今日から6日間夏休みですが、山の日もこんな天気では落石 や土砂崩れが怖くて行けません。 今年は受注が多く、毎日フル回転でパソコン事務と製品の出庫 や出荷の力仕事、外注や倉庫へ車(時にはトラック)で飛び回り と汗だくで業務をこなしていて記事を書くパワーが足りません。 撮影の成果を紹介できなくて残念ですが、遅れダイヤでブログ は運行いたします^^。尤も天気が悪くてさえない写真ばかりが 増えている状況ですが。 7月末からエンマコオロギが鳴き出し、セミもこれでもかと鳴き まくっていますが、天候は今年も曇り・雨の夏じゃ無い感じで、 中々スカッとした真夏は来てくれません。 今回も台風一過の猛暑でしたがすぐ雲が出て涼しくなりました。 もう現代の鳴く虫外来種アオマツムシが喧しいリーリー声を響 かせ始めました。 さて遡るのは7月下旬、かねてより撮影候補に入れていたものの、 生息地域を相当徘徊しているのに他人が採って展示している個体 以外全く遭遇せず、いるのは間違いないのにちっとも現れない虫が います。 きっとこちらから会いに行かないと出てくれないのでしょう。 らちが明かないので会いに行くことにしました。シロスジコガネ の探索に続き3週連続のナイターです^^。 昼過ぎに出発、夕方にその虫の生息エリアへ着きました。 そうです、それはトップ写真の虫「タガメ」です。 昔はどこの田園にもいましたが、近代化で開発や農薬の使用、 田んぼの減少、残った田んぼの圃場整備、交通量の増加など 人間社会の発展に伴う様々な現象でタガメはほとんどの場所で 姿を消しました。わが埼玉県でも1980年代を最後に衰退した 様子が文献や知人の証言で推定できます。私が子供の頃は タイコウチは時々見ましたが、既にタガメは全くおらず噂にも 聞きませんでした。 今のようなネット情報も無かったですし・・・。 80年代に群馬の記録のある地へ行きましたが手掛かり無しでした。 飯能地区では最後まで生き残っていたようですが、開発に抗う術も 無く姿を消したようです。彼岸花で有名な巾着田もかつては生息地 だったそうで、1度私も越冬個体を探しましたがロクな知識も無い私 のキャリアではヘビトンボの幼虫しか見つかりませんでした。 大学生になって都内のデパートへ行った時、ペット売り場で初対面

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