高杉さと美さんの活動が寂しいですね。5年後にこうなるとは・・・ 高杉さんが、デビュー時にどれだけ期待されていたかを偲ばせる文章があります。デビュー時とその後しばらくは、MAX松浦社長自身が、紹介記事を書いていました。 『デビュー前のちょっと出し!』http://ameblo.jp/maxmatsuura/entry-10029453985.html 【MAX松浦社長ブログ 2007年3月31日9時48分付記事】 上記Link先の記事を引用すると・・・ 『 前にも何度か触れましたが、今度、avexあげての超大型新人をデビューさせます。名前は“高杉さと美”。 今彼女は、スタッフ一丸となって、デビューの準備を着々と進めています。本当に大切なアーティストなのです。そんな彼女のマル秘映像をお見せします! アーティスト写真撮影の様子です。デビュー前なので小出しですが、このブログでしかみれません! ということにしました(笑)。 彼女は歌、ビジュアル、人間性含めて文句なしに最高です。 浜崎あゆみや倖田來未のように、時代を代表するアーティストに間違いなくなるでしょう。これからこのブログでも定期的にコーナーみたいなものをやっていこうと思ってます。高杉さと美をよろしくです!』 ・・・ということです。  高杉さんの売上云々の話はよくでますが・・・  正しくは、「浜崎あゆみや倖田來未のように、時代を代表するアーティストに間違いなくなるでしょう。」とまでは言いました。 少なくとも、松浦社長は言ったでしょうけど、高杉さん本人は言って無い訳ですね。また、浜崎さん等の売上を抜くとは書いてなかったような・・・しかし、それと同等になるみたいな話はしています。  まあ、当時は、松浦社長も@社もこれだけ熱心に推していた訳ですがね。  それで、時代を代表するArtistになったかと言えば・・・・そんなことはありませんでした。  時代を代表する?いや、もう完全に時代から取り残されて、忘れ去られた存在になってしまいました。 そして、社長から高杉さんの話が出ることはなくなりました。  その5年後が、誰からも期待されず、見捨てられているような有様になるとは。  まさか、ここまで悲惨な状況になるのを、5年前に誰がわかっていたでしょうか?  @社や事務所だけでなく、ファンからも見捨てられてるじゃないですか?もうね、呆れ果てて何も言いたくないくらいですね。   なんか、5年前のことが嘘っぱちだったように思えてきますね。あれは、なんだったのかってね? とても美しい夢を見ていたんですかね?  現実は、あまりに辛すぎる。  高杉さんは、歌とVisualは最高だと思いますよ。声はとても透き通っていてキレイで癒されますし。顔立ちは整っていて美しい。 でも、人間性がダメだ。怠けすぎ。やる気がない、覇気がなさすぎ。  ほぼ同期だと、moumoonのVocalのYUKAさんが居ますが、すっかりmoumoonに抜かされましたね。彼らはIndies出身で、地道に活動して、それが実って現在に至るわけですが。  確かに、YUKAさんの方が、美人ですし、ひたむきで真面目で勤勉です。おまけに高学歴ですが腰が低くて丁寧。もう非の打ち所がありません。  でも、私にとっては、高杉さんの方が、声質も顔も高杉さんの方が好きです。それに、少し怠け者で適当なダメダメなところが人間臭くて好きです。  しかし、ここまで何もしなくて、適当すぎるのは別です。  高杉さんのDebut時の記事を見返して、現状と比べると、とてつもなくやるせない気持ちになりますね。はぁ・・・どうして、こんなことになっちゃったんですかね? 期待外れもいいところです。 全社を挙げて、猛PUSHして、@社の次世代を担うArtistとして売り込んできた訳ですが。 それから5年後の今は、半ニート状態じゃないですか??高杉さと美@ニートってか? 社長やレコード会社もそうかもしれませんが、どんどん高杉さんへの望みが低くなっていくのを感じるんですよね。高杉ファンだって、このブログの論調だってそうです。 ええ、もう歌ってくれれば良いんですよ。何はともあれ、とにかく「歌え」、「歌いなさい」です。 歌いもしない歌手って何それ?ですよ。  昔より、歌い方も変わったし、歌唱力も若干落ちたことも気づいてます。声がハスキーになりましたよね? デビュー時と同じ声はもう出せないかもしれないことも知ってます。でも、歌い方を変えて、別な魅力が出てきたのも事実です。  もちろん、年頃の女性が5年も経てばそれなりに劣化・老化するのは当然です。  そりゃ、いくらオシャレでも、Mediaに出ない、表に出ない女性ですから、有名人と比べれば、そういった点に気を使わないのは当たり前。 売れて注目を浴びる人はキレイってことですよ。  10月にようやくレコーディングをしたという記事が高杉ブログにUPされました。久々の音楽的な動きに心がときめいたものですが・・・  あれから、進展がありません。  えっ?RECしてから2ヶ月間何も動きがないっておかしくないですか?

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普段考え事をするのは当然ながら日本語です。言いたい、または書きたい事を思いついた時、それを英語で何と表現したら良いのか全く思いつかない事が多いので、こんな本を借りてきました。 「論理的な英文がスラスラ書けるようになる本」(小野田博一 著/日本実業出版社) 論理的な英文がスラスラ書けるようになる本日本実業出版社 2008-02-20 小野田博一 Amazonアソシエイト by 論理的な英文にするためには、日本語の直訳では不十分だったり、誤解を生んだりするとのこと。同義語の使い分けや、フォーマル・インフォーマルな表現、論述の順序や文型など説明されています。 この中で、様々なイエス/ノーが紹介されているんですが、初めて見る表現がありました。 “Are you for or against ~?”です。 「あなたは~に賛成ですか?反対ですか?」と言う意味で、決まり文句の様なものみたいです。“for” が「賛成」を意味することは知りませんでした。 “for” のコアイメージは、「対象を求めて心理的に指差す」だそうです。“I am for the plan.” だと、その計画に気持ちが向かっている、賛成、と言うことでしょうか。

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2ndキャラのドワっ娘「理砂」を「スカベンジャー」に転職させようとクエスト受けたら「マスター トーマ」ってキャラに会えとのこと・・・でも会うのに二日もかかりました・・・ こいつに会うのに二日も・・・ 北の海岸で会えましたがそれまでにこいつらとたたかってました・・・                ↑こいつら・・・アップにすると気持悪^^; お話によると、とりあえず「ハチミツの壷」を5個取ってこいとのこと・・・ 取ってくるしかないよね ・・・orz

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トッピクス 『アヒルは野鳥の番外編ですがよろしく!』『アヒルもマガモの義兄弟(姉妹?)ですよね!』、『フィールドでは瞬時には判別の判断つかないそうです。』『「雄」を差し詰め「鴨界のカールおじさん」と呼んであげましょう!!。』 今回の話題は、「アヒル&カモ」についてです。アヒルは野鳥ではありませんので主にWeb情報で検索してみますと、「アオクビアヒルは原種のマガモに限りなく近い色柄。フィールドではどちらなのか瞬時には判断できないことがある」とされています。その色彩の相違点をムリヤリ見つけ出すと、『胸の茶色がベタなのが「マガモ」で, 白濁しているのがアオクビアヒルかも?』と云ったところでしょうか?。 でも、個体差もあるので決定的とは云えなさそうです。 でも、でも、両者のシルエット、体型は若干異なります。泳いでいる姿を比較すると、全体に丸みを帯びたマガモに対し、アヒルはヒップアップ(カールテール)気味なシルエット。マガモに比べると首を伸ばして泳ぐ姿勢も相違点と云えるかも?。そして、大きさはマガモ(概ねカルガモ)と同程度のサイズです。これに対するアヒルは食肉用として品種改良されてきたこともあり、一・二廻りほど大きいそうです。 古くは約1300年前の奈良時代から、この「眞鴨:マガモ」の語句が万葉集(第十四巻二八)に『眞小薦(まをごも)ノ、節ノ間近クテ、逢ハヘバ、沖ツ麻可母(眞鴨)ノ、歎キゾ吾(ア)ガスル:まを薦(ごも)の、節の間、近くて逢はなへば、沖つま鴨(がも)の、嘆(なげ)きぞ我がする』に具体的な詩歌として書かれているそうで、ひょっとして「眞鴨」の別漢字は「麻可母」と書くカモ?? このカモは万葉の時代からコガモ(たかぶ)、トモエガモ(あぢ)、オシドリ(をし)及びアイサ類(あきさ)などと呼び名が既に区別されており、単に「カモ」と呼べば、ほとんど「眞ガモ」を指していたと云われています。 ところで、「マガモ」は漢字で「眞鴨」と書きます。大言海では「鴨:かも」の條で説明しており、『水鳥ノ名、候鳥(こうちょう:渡り鳥)ナリ。雁ニ後レテ来リ、雁ニ後レ帰ル、雄ヲあおくびト云フ、頭、頸、深紫ニシテ、緑ナル光アリ、胸、紫ニシテ、黑キ點アリ、腹ハ淡白ニ紫ヲ帯ビテ、黒キ少點アリ、背ハ灰色ニシテ、黒キ斑アリ、翅ハ蒼黒ナリ、種類多カレバ、分チテ、眞鴨トモ云フ、脂多ク、味、最美ナリ、野鴨、家ニ飼フ、あひるナリ。家鴨』と詳細に説明しています。 一方, 戦後すぐに発刊された改訂増補「日本動物図鑑」P165, 中段の「マガモ」では、『雄ハ頭頸光澤アル緑色ニテ頸ニ白色ノ輪アリ、胸ハ暗栗色、背ハ褐色ニシテ灰色ノ細斑密在シ翼鏡ハ金属紫緑色ニテ前後ニ白縁アリ、雌ハ全體黄褐色ノ地ニ褐色ノ斑紋ヲ散在ス、翼鏡ハ雄ニ同ジ、翼長200mm、尾長85mm、歐州・北米・あじあノ大部分ニ分布シ其ノ北部ニ蕃殖シ冬季南方ニ至ル、我國ニテハ秋季全國ニ多數渡来シ、四、五月ノ候北歸スルモ北海道以北及ビ本州ノ二三ノ高山湖ニ於テハ蕃殖スルモノアリ、本種ハ俗ニあおくびト稱セラレ最モ美味且大形ナルヲ以テ、かも類中狩猟鳥トシテ第一位ヲ占ム、本種トあひるノ交雑セラルモノハなきあひる叉ハあひがもト稱シ各地ニ飼養サル。』と解説しています。部位の特徴の一つとして上尾筒の上部のカール(巻き上がった:Carly Tail)と記載されています。そこで、マガモの「雄」を差し詰め「鴨界のカールおじさん」と呼んであげましょう。以上、昭和初期・戦後期の「辞典と図鑑」の内容を説明しましたが、部位の特徴や色加減の説明は非常に難しく、また、現代のデジタル写真技術でも光りの当たり具合により「眞なる色??」が再現できているとは限りません、改訂増補「日本動物図鑑」の解説に従い写真を利用し「雄・雌」の部位特徴についてビジュアル的に編集してみました。 話が変わりますが、いつも参考にしているイギリスで発刊の鳥図鑑「RSPB Pocket Birds P147」、「Mallard:マガモ」の本文解説では、『Common, widespread, and adaptable, able to thrive in all kinds of environment from town parks to coastal marshes, the Mallard is the most familiar of all the ducks. :

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アニマルシリーズと聞いて、ドイツ戦車などを思い浮かべる方も多いと思います。ティーガー(虎)、パンター(豹)、マウス(鼠)、エレファント(象)、ブルムベア(灰色熊)、マーダー(貂)etc カメラでも時々動物の名前のカメラがあったりします。 今回はその第一弾、アニマルシリーズカメラとしてヤシカペンタJを紹介します。 どこが、動物なのか??といわれるかもしれませんが、ヤシカペンタJの「J」はなんとジャガーの「J」なのです。当時の広告を見てください! なぜにジャガーなのか?は不明です。まるで聖鬼魔IIの名曲、野獣の一節の様にジャガー、ジャガーと連呼したくなります。ダミアン浜田殿下の大好きな野獣です。 メフィストフェレスの肖像 – 聖飢魔II ※※野獣が収録されているメフィストフェレスの肖像※※ カメラとしては、アサヒペンタックスS2からさらに1秒を外した普及モデルのようなカメラです。 スペックなどを書きますと 1961年発売。 マウントはM42スクリューマウント シャッターは機械式横走り布幕フォーカルプレーンシャッターで、シャッター速度はB(バルブ)、X(ストロボ用)1/2~1/500秒。Xは多分1/50秒くらいではないかと思います。 内蔵メーターなし 専用後付セレンメーター有。 完全自動絞りなし、専用レンズを使っての半自動絞り。 フィルムカウンター手動セット 当時一眼レフの三種の神器といわれた、アイレベルファインダー、クイックリターンミラー、自動絞りのうち、まだ自動絞りが搭載されていません。 1958年のズノーカメラで、三種の神器を全て搭載した一眼レフが発売され、翌1959年には日本光学から三種の神器を備えた名機ニコンFが発売されていました。 中級機でも旭光学からヤシカペンタJと同じ発売年、1961年に三種の神器を備えたペンタックスS3が、同じく同年ミノルタでもSR-1後期型から完全自動絞りが搭載され、三種の神器を備えた一眼レフに、さらにペトリは前年にペトリペンタVですでに三種の神器を備えた廉価版一眼レフが出ている状況を考えると、普及機とは言え、当時からかなり後れていると思われていたと思います。 ただし、価格は写真のカタログの通り50mmf2付で29500円とありますが、かなり安い価格設定だったと思います。一眼レフではありませんが、同年発売のキヤノン7の50mmf1.4付で47500円でした。また、前年発売のキヤノンの普及型一眼レフ、キヤノンフレックスRPが50mmf1.8付で48000円という時代でした。 ヤシカ自体が元々は二眼レフを中心にした中級機、普及機メーカーで、1958年にニッカカメラを買収して、フォーカルプレーンシャッターや連動距離計の技術などを手に入れたものと思われます。 その後ニッカ33のネーム替えのヤシカYE、ニッカIIILのディチューンしたようなヤシカYFが発売されましたが、時代は一眼レフへ向かっており、ヤシカも一眼レフを発売していくことになります。 当初はペンタマチックシリーズで専用バヨネットマウントでしたが、ヤシカペンタJでM42マウントになります。 ヤシカペンタシリーズは成功したとは言いがたく、ヤシカが成功したシリーズはヤシカエレクトロシリーズでした。 1974年にはツァイスと提携して、1975年にコンタックスRTSなども出しますが、1983年に京セラに吸収合併されてしまいました。 さて、コンタックスシリーズを除けば、ヤシカの一眼レフは地味でマイナーなイメージがありますが、ヤシカペンタJもやはりその感は拭えません。 売っているのもあまり見ず、さりとて珍品というほどでもない。特にすごい機能があるわけでもなく、物凄く使い辛いとか複雑な操作系でもありませんし、何かこれというものが無いような気もします。 使う上では特に問題はないのですが、絞りが完全自動絞り対応ではないので、半自動絞りのオートヤシノンやプリセット絞りや普通絞りのレンズは問題ないのですが、自動絞りのヤシノンDX50mmf2をつけて空シャッターを切ってみたところ、絞りが絞り込まれませんでした。 多分スーパータクマーやEBCフジノンなどの自動絞りのレンズでも駄目だと思います。 自動絞りピンを跳ね上げる部分の造りが違うためかもしれません。 ヤシノンDXやスーパータクマーなどのレンズを使うには絞りを自動絞りから手動絞り(実絞り)に切り替えて使用は出来ますが、ファインダーが暗くなるので、撮影前に開放でピントを合わせてから、絞りを絞り込んだ方がピントは合わせやすいのですが速写性は落ちてしまいます。 半自動絞りについてもう少し説明しますと、半自動絞り専用のオートヤシノンを使うことで半自動絞りになります。半自動とは、レンズについている絞りのチャージレバーを引いて絞りを開放状態にしてシャッターを切ると、マウント下部に有るピンを跳ね上げる部分が跳ね上がり、レンズマウント側のピンをたたいて、バネの力で絞りが設定値まで絞られます。 その後は絞られたままでファインダーが暗いので、また、絞りのチャージレバーを引くと絞り羽根が開きバネがセットされて、ファインダーが明るくなります。 しばらく使わない場合はチャージした状態ではバネに負担がかかるので、絞りをチャージしていない状態で置いておく方がよいと思います。 ※※写真に見えるレバーが半自動絞りのチャージレバー。最短撮影距離0.55m、フィルター径46mm※※ MARUMI UVフィルター 46mm

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ガシャプラのスナッピングタートルの塗装完了です。 塗料はファレフォカラーを使用です。 タートル系のATって、こんなかっこよかったけ? まあ、目にしたことあるのが、タカラのスナッピングタートルのプラモだけですしね。 あれ、あまりかっこよいとは、思えませんでしたからね・・・・ これは、認識を改めなくては。 ガシャプラだけど、今年最初のプラモ完成ですね。 今年も頑張るぞい。 ガシャプラ 装甲騎兵ボトムズ02 [全5種セット(フルコンプ)]バンダイ Amazonアソシエイト

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 前回に引き続きThe Zombiesの6回目。 今回は00年英国Big Beat Recordsから発売されたシングル集から始めたい。 同社から既に1stと2nd LPがボーナス付きリマスター復刻されているが、4枚組ボックスは別として大量のシングルが未収録となっていた。 それらを網羅すべく、The Singles Collection: A’s & B’s, 1964-1969が発売された訳だ。↓  6年間でLPがたった2枚に対し、シングルは英国で14枚発売された。 その14枚全てのAB面を発売順に28曲収録している。  1 She’s Not There  2 You Make Me Feel Good  3 Leave Me Be  4 Woman  5 Tell Her No  6 What More Can I Do  7 She’s

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どうも放浪していないおじさんです。 25mm角のアルミパイプがあるのでルーフラックを製作可能か考える。 その前に強度的に全然足りないと思うが、長さ2Mなので荷台に組んでみた・・・・ 下部をクランプで停めてもブョンブョンする。外壁材を肉厚のアルミ複合板などで囲えば強度が出ると思われるが、換気扇、窓、エアコン、ドアなどの造作を考えると木材で組むのが正解かも??? シェルを降ろす時だけ、底部にキャスターを取り付ければ積載車なのでウインチを使えば1人でも降ろせるだろう。 それよりハイリフトエブリィを収めるには高さ2100mmの内寸高さが必要なのでキャビンより1Mも高くなるので風の抵抗が凄いだろうね。 キャビンのルーフにラック取り付け様のM8のプラスネジ8箇所を外すが2箇所が硬くて外せない・・・せめて6角ボルトであれば問題ないのに タガネで頭を緩み方向に叩いて何とか取れた・・・手持ちのLアングルを付けてみたが高さが足らずに角パイプがルーフに当ってしまう思ったよりカマボコ度が高い? Lアングルを付けないと寸法が決まらないのでストップ・・・ シェルや車を載せると後ろが見えないので買ってあったバックモニターをつける事にした。だって現在朝6時なのででホームセンター当分開かないし・・・ ナンバープレートにカメラを挟み込んで止めてバックランプから電源を取るのみなのですが 荷台を下げるときテールランプ部分は接地時に途中で止まりその後、荷台がスライドするので配線が切れてしまう 足りない頭で考えた末に後付の車幅灯から電源を取る事にした。運転席にスイッチがあるのでバック時に車幅灯をONにすればOK 無線が届くか心配したが取説には最大100Mまでとあったので大丈夫だろう。 モニターを使われていない純正ラジオに両面テープで貼り付けて完成。 スイッチを入れれば瞬時に写るので問題なさそうです。 追記フロントガラス用のサンシェードを検索しても合うサイズが無い?オートバックス等でも無い・・・ダイソーの100円ショップに高さが合うのを発見。幅は足りないので2枚使いとなるが200円×2格安でした。 近くのホームセンターにLアングルを捜しに行ったが無かった。お腹が減ったので本日はここまで明日は雨なので大型のホームセンターに行って探そうかな?

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THE PALEY BROTHERSを知ったのは、御多分に漏れずというか、映画『ROCK ‘N’ ROLL HIGH SCHOOL』のサントラ盤がきっかけだった。RAMONESの演奏に乗せてペイリー兄弟が歌う「Come On Let’s Go」のさわやかハーモニー。その時点では、何処のどなたか全然知らなった。 THE PALEY BROTHERS名義のアルバムがあると知ったのはそれからずっと後のことで、それから更にずっと後になって中古LPを手に入れた。その後しばらくして国内盤CDも出た。見よ、この洋楽アイドル然としたさわやかなジャケット。中身もTHE RASPBERRIESに通じる王道パワー・ポップあり、カントリー・タッチのポップ・ナンバーあり。CDの帯に“NYパンクとアメリカン・パワー・ポップをつなぐ…”と書いてあるが、ここでの音楽性はニューヨーク・パンクを持ち出すには基本的に極めて甘い。 しかし1980年頃のNERVOUS EATERSの写真を見ると、そこにはペイリー兄弟の弟ジョナサン(ジャケット右側)が参加していて、黒い革ジャンの下に黒いTシャツを着て、にこりともせずにこちらを見据えているのだった。この御兄弟、ボストンのパンク・シーンとも関わりは深いのである。 兄弟のメンタリティやアイデンティティが実際どこらへんにあったのかは知らないが、ともあれアルバム『THE PALEY BROTHERS』は商業的にはダメだったみたいで、この二人がメインでバンドを組んだりアルバムを出したりして表舞台で活躍することは、以後なくなる。プロデューサーやサイドメンとしてはけっこう活躍。特にあのブライアン・ウィルソン(もちろんTHE BEACH BOYS)の復帰作『BRIAN WILSON』(1988年)に参加し、90年代のブライアンの片腕を務めていたアンディ・ペイリーは後にサイアー・レコーズの副社長とかそのへんまで出世。もちろん『THE PALEY BROTHERS』がダメなアルバムだったワケじゃなく、上に書いたとおりアメリカの伝統的なポップスと60~70年代のロック、それにカントリーなんかの白人ルーツ・ミュージックの影響をミックスした、はつらつとしてポップな楽曲が詰まっている。(オーヴァープロデュース気味なアレンジもあるけど)凄くいいアルバム。ちなみにプロデュースは元THE SPARKSのアール・マンキー。 …ここからはほとんど関係ない話になるが、このアルバムをLPで買ったとき、聴きながらクレジットを眺めていて、驚いた。ペイリー兄弟をバックで支えるバンド・メンバー。ドラムが…ジャン・ウヴェナ?なんと、後のALCATRAZZのドラマー、その非力っぷりに悪評たんまりだったあのジャンか。まあ、ALCATRAZZといえばグレアム・ボネット(敢えてイングヴェイ・マルムスティーンとは言うまい)、そのグレアムがALCATRAZZ以前に一緒にやっていたドラマーといえば、コージー・パウエル(!)にテッド・マッケンナ。ジャンはちょっと分が悪かったね。(ちなみにTHE PALEY BROTHERSでは問題ないプレイぶりです) しかしまあ考えてみれば、ジャン・ウヴェナと共にALCATRAZZを支え続けたジミー・ウォルドー(キーボード)とゲイリー・シェア(ベース)がそれ以前にやっていたバンドが…NEW ENGLAND。コレもボストンのバンドだ。ボストンのシーンは、まったく奥が深いというかよくわからんというか。 …すっかりALCATRAZZの話になってしまったところで無理矢理THE PALEY BROTHERSの方に戻すと。コレは、今までほとんど誰にも話したことがなかったが、2002年に『THE PALEY BROTHERS』が国内CD化された時、アメリカのサイアー・レコーズにもジャケットの原版が既になくて、実はこのCDのジャケット、俺が持っていたLPのジャケットから起こしてあるのだった…。(あと、TUFF DARTSも) (2016.12.25.改訂)

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先日「グロテスク」を読んだばかりですが、その勢いで同じ桐野夏生の「顔に降りかかる雨」を読みました。女探偵ミロシリーズの第1弾です。もっとも、この作品の中でミロはまだ探偵業を始めていないのですが…。 元広告代理店勤務でいまは無職の村野ミロのところに、親友のノンフィクションライター宇佐川耀子の恋人、成瀬時男がやってくる。成瀬が預けた店の資金一億円を、耀子が持ち去ったというのだ。成瀬の関わっている暴力団幹部に耀子を匿っているのではないかと疑われたミロは、成瀬とともに耀子と一億を探すことに。果たして、事件の真相は― ミロが住んでいるマンションが新宿二丁目にあるので、物語に新宿のあの辺りの地理がよく登場してきます。新宿伊勢丹とかクィーンズシェフとか、読んでてちょっと懐かしかったです。あの明るいイメージの伊勢丹のカフェで、ミロと成瀬が血なまぐさい話をしているのを想像すると妙な感じがしましたが。 一億円を持って消えた耀子がどこにいるのか、耀子が消える直前に書いていた原稿には何が書かれていたのか、読み進めてもなかなか謎は解けず、ついに耀子と一億円がどうなったのかはっきりしたときには、あまりのあっけなさに「これがオチ??」とがっくりしてしまいました。何もかも未消化やーん!!それともこの話はシリーズ続編に持ち越すのか??なんて思いながら、ほとんどエピローグと言っていいほどの残りの数ページを読んでみたら、ありました。ほんとうの事件のオチが。こんな最後の最後の最後のところで。マラソンにたとえるなら、“競技場に入ってきて残りトラック1周、というところでラストスパートをかけてトップに躍り出た”って感じでしょうか。普通に終わるよりは大どんでん返しのほうが面白いっちゃ面白いんですが、一応ミステリーなんだから最後にまとめて店開きするんじゃなくて、小出しにネタを披露してほしかったかな、と思ってしまいました。それでもテンポのよい展開とミロのハードなキャラクター(ミロの父親で元調査員の善三も渋い!)などで充分に楽しめる小説なのですが。 作者が女性なだけあって、耀子や成瀬の元妻のファッションについての描写がとても細かかったのが印象的でした。ブランド名について一般的な知識しかない男性読者にとっては、何のことだかさっぱりわからなさそうですけど。個人的には、耀子のファッションよりも暴力団幹部の上杉がミロと成瀬につけていたヤクザの君島のファッションのほうが、見てみたい気がしました。全身ヴェルサーチとか、ゴールドのロレックスとか真っ白なスーツに金のネックレスとグラサンとか、あまりのコテコテぶりがおかしかったです。なんとなく君島の顔に、亀田の長男の顔を思い浮かべたりして。(君島はパンチパーマなんですけどね) 女探偵ミロのシリーズは、これ以外に数本あるので、機会があれば読みたいと思います。ミロの父親、善三の若い頃の話なんかもあれば読みたいなぁ。 顔に降りかかる雨 4062632918>

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