7日午後4時20分頃、福岡市西区の「エバーグリーンマリノアホテル」(休館)敷地内で、観覧車「スカイドリームフクオカ」の解体作業をしていた大型クレーン車2台と観覧車の支柱が倒れ、北側の結婚式場駐車場に止まっていた車4台が下敷きになった。4台はいずれも無人だったが、倒れたクレーン車の男性運転手(52)が運転席内で足を挟まれ軽傷。福岡県警西署が業務上過失傷害容疑も視野に原因を調べている。  同署などによると、大型アウトレットモール「マリノアシティ福岡」の北側。観覧車の支柱8本のうち3本は解体済みで、残り5本の作業をしていた。倒れたクレーン車は高さ約80~60メートル以上になるという。  観覧車は2001年12月にオープン。高さ120メートルで当時は国内最高だった。利用が低迷し、09年で営業を停止。関係者によると、売却した台湾の企業に届けるため解体していた。 (2011年7月8日 読売新聞)

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我が家で使っているオーブンレンジは、 >衣類乾燥機の故障は、簡単に修理出来ると知りました!O(≧∇≦)O >https://cameraphotoster.seesaa.net/article/201109article_1.html ↑↑↑この衣類乾燥機を購入したお店と同じところで買った中古品。 もう何年か使い続けて来たが、最近、電源コードの差し込み口近くの内部が断線しかかっていたのか、その部分が何かクタっと折れ曲がるような感じがしていた。 また、オーブンモード等で使用すると、差し込み口及びその近くのコードがやけに熱くなるように感じていた。 さらに、ごく最近では、使用する度、何かヘンな匂いが(少しではあるが)感じられていたのだ。 勘の鈍い私だ。 今思えば、それは電源コードの内部が断線しかかっており、そこが熱を帯びて、ビニール被膜を不必要に熱していたため、ビニール被膜が溶けかかって妙な匂いが出ていたのだろう。 昨朝のこと。 いつものように、朝食のパンをオーブンのトーストモードで焼いた。もう正に焼き終わろうという時、私が見ている目の前でソレは起こった。 ジュワッ、ボンッ!!! という感じの音を立てて、電源コードの差し込み口近くが爆発、断裂したのだ(;゚ロ゚) ごく僅かだったが火も出た。勿論、瞬時に消火した。 いやはや、驚いたが、私が見ている目の前で起こったので(すぐに消火出来たから)これは不幸中の幸いだ。 目を離している間にこの事象が起こっていたとしたら、壁紙に火が燃え移り、火災になっていたかもしれない。 私は、この事象はオーブンレンジ本体のなんらかの問題ではないだろう、と思った。 差し込み口近くの電源コードの内部が少し前から(クタッと簡単に折れ曲がるような感じで)おかしかったことは事実。 電源コードを何度も差したり抜いたりした記憶はないが、何かの拍子でそこの内部の電線が断裂しかかってしまっていたのだろう。その後も気にせずに使用を続けていたため、断裂しかかった部分が発熱(異臭はそのせいだったのだろう)、そしてついに負荷に耐え切れずにショート・爆発・断裂という事象に至ったのだろう。 私はケチ臭い人間である(w すぐにもオーブンレンジを買い直す、ということはしたくなかった。 だから私は、電源コードを自分で取り替える修理を行うことにしたのだった(^^)v 人様にお勧め出来るやりかたではまったく無いので、詳細な修理の仕方をココに画像付きで載せることは止めておきます。 マネした方に何かあっても責任が持てませんので。 ただ、私は小学生の時からこのような方法で家電製品の電源コードを修理した実績が複数あり、修理後に不具合が発生したことは一回もない、ということだけは明記しておきたいと思います(^^ゞ 電源コードの差し込み口付近が爆裂する事象が起きた我が家のオーブンレンジ。 ご覧の通り。爆発を起こしたので、電源コードは真っ二つに吹っ飛んだのだった。 硝煙の跡が痛々しい。 コンセント側に被害は無かった。壁紙も無事。 熱で溶けた電源コードのビニール被膜が少々飛び散ってこびり付いてはいるが(^▽^;)… ちなみに、オーブンレンジの差し込み口を差していたのは、上のコンセント。下のタコ足には差していなかった。 ミツビシのRO-S5Cという機種である。 電源コードの修理に用いることにしたのは、ホームセンターで買ったパナソニックの延長コード。 V(ボルト)、A(アンペア数)共に元の電源コードと殆ど同じ仕様の物。 家電修理用電源コードというパーツも売っていたが、それはA(アンペア数)が少なくて代用出来そうになかった。 オーブンレンジの上カバーを外して内部の様子を確認。 とくに異常は感じられなかった。 電源コードの、本体基盤側への取付部分は部品類が邪魔でどうもハッキリとは見えなかったが、なにやらコネクタのような形状になっていた。 仮にハンダ付けされていたとしても手が届く場所ではないので、電源コードを基部からソックリ交換する修理をすることは諦めた。 オーブンレンジの電源コードを長さの半分程度のところで切断。買って来た延長コードも(銅線を剥き出しにする必要がある為)途中で切断。

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会社の酒豪のみの集まり(?)、泥酔部の部活動を行いました!! この日のテーマは「肉食」!!! 東比恵駅ほど近く、御笠川沿いの裏路地をテクテク歩いていくと、こんな建物があります。 ここの1Fにオススメされつつも、なかなか行く機会がなかった焼肉屋さん「スタミナ家どろんぱっ」があります。 お店の仕切りはビニールシートのみというワイルドさ。 こういう雰囲気、嫌いじゃありません!! 焼肉と言えばビールから。しかし、ジョッキがデカい!! どうやら中ジョッキと大ジョッキがあるようなんですが、ワタシだけ体格を見られてサイズを聞かれなかった模様です・・・_| ̄|○ ワタシ、ビールに限っては中ジョッキ1杯でいいんですが・・・(汗) 待ち合わせに5分ほど遅れていったら、既に皆様「満腹盛り合わせ」をジャンジャン焼いてるモードでした・・・。 ここのお店、肉がしこたま美味い!! 盛り合わせの後は、ガンガン個別追加発注モードに入ります。 「プリプリホルモン」 カットも大きめですし、ひたすらジューシー。 お替りしまくりっ!! 「上カルビ」 並カルビがない中、上カルビ。 おいしくないワケがない! 「塩タン」 なんじゃこの厚さはーーー!! まるでステーキ! 弾力もあって、たまりません! これもお替りっ! こりゃ酒がすすまないワケがない! ボトルで入れた芋焼酎が瞬殺で消えていきます。 1人で5合瓶1本は空けてるな。きっと。 後半戦は「たまごスープ」なんぞも投入。 泥酔系女子からの拷問・・・いや、プレゼント。アツアツなところをフーフーせずにパクっ!! ダチョウ倶楽部ごっこ(旧称:鶴太郎ごっこ)が始まります。 いや~、ヨッパライどもってアホですねぇ 調子に乗って「和牛ステーキ」も発注です! 網目がこんがり☆ 気が利く系女子がハサミでチョキチョキ! 火の通り方が絶妙じゃん! 当然のごとくウマー(゚Д゚) その頃、気が利かない系の暴走女子(左)は、マッコリをダブルサイズ(大ジョッキ)で発注してガブ飲み大会。 尚、ダブルサイズなんてものはなく、気が利く系店員さんの機転によるものです。 恐るべし、泥酔部。 尋常じゃない酒量を消化した結果、えらい会計になりますた・・・。 飲み放題コースを頼んでおけばヨカッタよ_| ̄|○

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「笑う」という動詞は laugh ,「笑い」という名詞は laughter。語いを増やすとき,動詞に対して,その名詞形をよく覚えます。でも,laugh には名詞で「笑い」という意味もあります。 では,名詞の laugh と laughter ではどう意味が違うのでしょう? 英和辞典では・・・ laugh  (名)可算名詞笑い,笑い声,笑い方 laughter (名)不可算名詞笑い,笑い声 可算名詞と不可算名詞,つまり laugh は数えられるのでa laugh のように a がつきます。 ではロングマンでは・・・ laugh [countable]the act of laughing or the sound you make when you laugh(笑う行為,または笑うときの音) laughter [uncountable]when people laugh, or the sound

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こちらの周回プレイでの記録です。Ver1.04アップデート後についての記録を書いています。 トウショウボーイ(1973) 2400 日リーディングサイアー2回(’85、’89) ├★ミスターシービー(1980) 1300 G1 10勝(3冠、秋天、JCなど) |├★ヤマニングローバル(1987) 950 皐月賞、ホープフルS、香港G1 2勝 |├★メイショウビトリア(1987) 150 G2 1勝 |└★シャコーグレイド(1988) 950 NHKマイル、米G1 2勝、豪G1 1勝 ├☆ダイゼンキング(1980) 100 ├★ウインドストース(1983) 1250 大阪杯、安田記念、マイルCS3回 ├★ダイゴアルファ(1984) 500 高松宮記念 ├ ワイズルーラ(1984) 200 全日本2歳優駿 ├★サクラホクトオー(1986) 1500 G1 8勝(皐月賞、ダービー、香港3冠ほか) └★セキテイリュウオー(1989) 450 NHKマイル ※馬名横の()内は生年、下線部は種付け料(単位は万)。※★は所有した馬で、右側に主な成績を記載。※☆は現役時はクラブ/CPU所有、種牡馬として自己/クラブで所有した馬。

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マツコデラックスさんのテレビ「月曜から夜更かし」の中で石原良純さんのはまっている甘酒(米麹から作る)を簡単に作る方法がとりあげられたようです!!http://mydeli.gger.jp/entry/493574.html まさにこれ♪当社の「オリジナル甘酒」じゃないですか!! 自宅で簡単に作るには①炊飯器に米麹を入れて2~3倍の量の60度のお湯を入れる。②よくかき混ぜ、炊飯器のふたを閉めないで代わりにタオルでふたをする。③保温ボタンをおし、保温状態のまま4時間放置すれば出来上がり。 炊飯器で”保温”なので簡単にできそうですが、米麹を購入するところから始めないといけなくちょっと作ってみよっかな~という人には面倒かと^^; また品質・安全そして美味しさの面からみても”餅は餅屋!”酒屋さんで作られたものが一番おいしいとズボラな私的には思います^^ もちろん、まめな方やもともと作られてた方には簡単な方法としてとても画期的なんでしょうけど♪私のように、ちょっと飲んでみたい!でも作るのは面倒~。という方には是非当社のオリジナル甘酒http://asazuma-shop.jp/?pid=94344172お薦めいたします!! 砂糖は不使用ですが、お米を発酵して出る、天然の甘さがありますのでヨーグルトなどにお砂糖代わりに、この甘酒をかけるのもありみたいです^^この方法は思いつかなかったので目から鱗でした。早速試してみたいと思います♪ 米屋が厳選した”お米”を使った、砂糖不使用、すっきり甘酒。是非お試しくださいませ☆ ******************* コメント・TB・メールも大歓迎です(^^) (記事に関係ないものは削除させて頂きます) 宝石米のアサヅマ tel:011-511-2411 fax:011-531-7386 http://www.asazuma.co.jp http://asazuma-shop.jp/ ブログ:http://asazuma.at.webry.info/FB:https://www.facebook.com/asazuma.kome(コメントやいいね!くれると嬉しいです♪)mixi:http://mixi.jp/ *******************

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このブログは2023年1月31日でサービスを終了し、記事は閲覧できなくなります。http://www5a.biglobe.ne.jp/~vanity/このページをご覧になっている方は、上記のアドレスから移転後のブログへ移動をお願いいたします。 ゲームセンターで稼働中のSEGAの人気音楽ゲーム「CHUNITHM」。鍵盤を叩くだけでなく、センサーに反応するように手を振り上げるなど大きなアクションが魅力のゲームです。11月4日から稼働する新バージョン「CHUNITHM NEW」にて、私が書き下ろしたオリジナル曲が収録されました。 【11/4(木) 新マップ「NEW ep. I – Side.B」登場!】『CHUNITHM NEW』稼働日から遊べる新マップ「NEW ep. I – Side.B」の課題曲を担当いただいた、楽曲アーティスト様・イラストレーター様をご紹介!ぜひお気に入りの楽曲を見つけてみてね! pic.twitter.com/kJKougiZZ3 — チュウニズム公式@11/4(木)『CHUNITHM NEW』稼働開始! (@chunithm) November 2, 2021 曲タイトルについては公式でまだ発表されていないので伏せておきます。クレジット表記が自分だけであることから、ボーカルなどをフィーチャーした曲ではなくインスト曲であることは想像できると思います。私自身まだゲーム譜面も見ていませんので、稼働されたら実際にプレイしてどんな難易度なのか体験してみたいですね。 といっても、ゲーム開始後すぐ選択できる曲ではないようで、「NEW ep. I – Side.B」というマップを選択して攻略を進めていくと解禁されるようです。あまりゲームシステムはよくわかっていないので、もし誤りがあったらご指摘ください。タイトルが発表されたら改めて記事にしたいと思います。それまではキャラクターイラストを手掛かりにどんな曲なのか想像してみてくださいね。

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インタビューその② [T-News Interview] ② Super Junior キム・ヒチョル、“ハンギョン去って鬱病に脱退考え” [sports chosen T-News ペク・チウン記者] 2008年のSuper Juniorは、’Sorry,Sorry’で空前のヒットを記録した。アルバムランキングを占めたことはもちろん、ゴールデンディスクをはじめとする様々な授賞式も独占、台湾、香港など海外でも威厳を発揮した。 だが、好事、魔、多しといったのか。喜びと栄光の瞬間が過ぎると、すぐに悪材料が訪れた。メンバーのハンギョンが、所属会社SMエンターテイメントを相手に、専属契約の効力停止の仮処分申請を出した。 特に、キム・ヒチョルが受けた傷は大きかった。ハンギョンとは同じ宿舎を使ったし、彼のCyworldのmini HPにも、ハンギョンと撮った写真がいっぱいだったほど、格別の仲だったため、彼は、 “多くの混乱に陥った。友人が行き、私が放送で笑って騒いで、ステージで踊ることができるのか、混乱した” と明らかにした。 以後、年末の授賞式をはじめとするすべてのステージに上がらなかった。3ヶ月の間、部屋の戸を閉ざして蟄居生活に入った。猫二匹だけが、唯一の友人だった。キム・ヒチョルは、 “未練を捨てることができなかった。人に会わないから、鬱病も激しくなった。ハンギョンは一緒に住んでお酒も飲んで、本当に親しかったが、精神的に大変だった” と打ち明けた。 難しい時期に支えになってくれたのは意外にも親しくないと思っていたウニョクだった。遊興文化が好きな自分の指向と、信心深いクリスチャンのウニョクの指向が、完全に反対で距離があった。だが、 “兄さんが歌や踊りを上手くすることはないけど、兄さんはいなければならない” という言葉に気がついた。 イトゥクとシンドンも力になる言葉を言ってくれたし、ドンヘは家に訪ねてきて、ご飯も面倒をみてくれた。同じ道を行こうとする友人が多いのに、度が過ぎた友人にだけ未練を持ったのではないかという気がした。 彼は、 “心を無にし始めた。ハンギョンも私たちも上手くいって、一緒に会えるだろうと考えると気が楽になった。この前、深刻だった問題を芸能プログラムで話せるほどになった” と伝えた。 友人だから憎くて申し訳なくて悩み苦しんで、色々な感情が複合的に混雑しているけど、今は非常に良くなったと。キム・ヒチョルは、 “ハンギョンに後で結婚するようになれば、その時は一度来なさい” と言ったと笑った。 事実キム・ヒチョルだけでなく、他のメンバーたちも、ハンギョンが去った時に受けた衝撃はあった。メンバーでさえ知らなかった問題だったためだ。イトゥクは記事を見て、ハンギョンの脱退の事実を知ったほどだった。衝撃は大きかったが、一方ですまない気がした。 彼は、 “いつも一緒にいてみると、ハンギョンが外国人であるという事実を忘れてしまったようだ。一緒に話も沢山するべきだったのに、忙しいという理由で話を沢山することができなかった。どれくらい大変だったら、そんな決定をしたか、申し訳ない” と明らかにした。 だが、雨降って地固まる。一連の事件を体験して、かえってメンバー間の仲が厚くなった。キム・ヒチョルは、 “今回のことを体験しながら本当に感じたことは、そばにある時よくしなければならないということだ。メンバーの大切さを、より一層深く感じることができた” と話した。 イトゥクやはり、 “他のメンバーたちの空席を埋めるために、さらに熱心にしようとするようだ。席はいつでも用意されている。帰って来さえすれば良い。その友人が帰ってきたいと感じた時、気軽に帰ってこれるように、私たちがさらに熱心にするだろう”

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週末なのでRSPduoのテストと行きたいところでしたが、土曜日はせきやまさん主催の秋葉原ミーティングに出ていたのと、日曜日は家の用事があったりとなかなか時間が取れません。今日は夕方に少し自分の時間が取れたので、RSPduoと私が所有している他のSDRとの受信比較動画を撮ってみました。 まずはFMの受信動画から、私の家(東京都大田区)から直線距離でおよそ30km離れた東京都西東京市にある田無スカイタワー(高さ195M)から20W送信で放送を行っているFM西東京の受信動画から。この放送局は私の家では、ロッドアンテナやカーステレオでは弱くて受信する事が出来ません。4エレアンテナを西方向に向けて何とか聞こえます。 まずはRSPduoとFDM-S2の比較動画です。(ノイジーなので注意してください。)どうでしょう。FDM-S2はRSPduoの2.5倍の価格です。 続いて、RSPduoとWinradio Excelsiorの比較動画です。(ノイジーなので注意してください。)どうですか?ちなみにExcelsiorの価格はRSPduoの10倍以上ですが、価格差10倍を跳ね返してRSPduoの圧勝です。Excelsiorはノイジーですね。その価格差から考えると圧勝かと思いきや、個人的にはちょっと残念な結果でした。 Excelsiorに名誉挽回のチャンスをということで、RSPduoとExcelsiorの短波帯の比較動画を撮りました。先週と同じく夕方の定番局になりつつある15515kHz R.Kuwaitです。いかがでしょうか? 同じく15515kHzをRSPduoとFDM-S2の比較動画を撮ってみました。FDM-S2はソフトウェアの操作が私にはいま一つ馴染めなくて、つい稼働率が低くなっていますが、こうして他の受信機と比べると、良い受信機だということが改めて認識されます。 続いても短波帯の比較です。夕方18:30頃、5025kHz、R.Rebeldeの上がり始めを録りました。R.Rebeldeはこの時間から聞こえ始めて19時から20時にかけてがピークとなります。まだ弱くてノイジーな時間帯ですがRPSduoとPerseusの比較になります。PerseusはRPSduoの4倍の価格です。 最後は同じく5025kHz R,Rebeldeを、RPDduoとExcalibur Proの比較ですちなみにExcalibur ProはRPSduoの5-6倍の価格です。 *実は一旦は、それぞれの比較で「RSPduoと比較した受信機との差はほとんどない。」とのコメントを書いたのですが、それは家のPCで聞いた場合で、他のPCやスマホ等で聴き比べてみたところ、いずれもRSPduoの方が若干ノイジーに聞こえたので、とりあえず評価コメントは削除しました。下世話な金額の話ばかりして申し訳ありませんでしたが、敢えて価格差を提示したのは、RSPduoがいかにコストパフォーマンスに優れているかをお伝えしたかったからです。 しかし、なかなか時間が取れなくて、お茶を濁したような比較受信動画ばかり並べる形になって申し訳ないです。また前回と同じく、専門的な知識と技術をお持ちの[email protected]さんにテストをお願いしてみましょうかね。 RSPduoですが、既に国内代理店でも販売が始まったようですね。しかも個人輸入と大して変わらない金額のようなので、海外に直接注文するのが不安な方は、国内代理店からお買い求めになるのが良いと思います。なお、SDRplay社ですが、もう次のRSP3を鋭意開発中との噂があります。いやー、勢いがありますね。 Perseusを開発したMicrotelecom社やExcaliburシリーズを開発したWinradio社は、新たなSDRの開発を止めてしまった感がありますが、まだまだ開発に意欲を持ったメーカーがあるという事は、今後に希望が持てて勇気づけられます。

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 むかし「寒雷」に所属していた寺田京子の全句集が刊行された。京子は札幌の人で、若くして亡くなったが、硬質の抒情俳句を詠む人だった。 該全句集は現代俳句協会が令和元年6月22日に発行、同10月31日には第2刷を発行している。刊行委員会メンバーは、小檜山繁子、加藤瑠璃子、九鬼あきゑ、神田ひろみ、江中真弓、宇多喜代子のみなさん。後記は宇多喜代子さんが、栞は林桂さんが書かれている。 本著は京子の第一句集『冬の匙』から第四句集『雛の晴』(遺句集)までの全句を収容していて、京子ファンにとっては待望の一書である。第二句集『日の鷹』は、昭和43年の現代俳句協会賞の受賞対象句集となった。  筆者(=栗林)は、第2刷をメンバーのおひとりであられた神田さんより寄贈戴いた。たまたま寺田京子の俳人論を書いたことがあるので、ことのほか懐かしく読ませて戴いた。 そこで、この場を借りて、京子の人と作品を俯瞰した「寺田京子探訪―白いベレーの俳人」を拙著『続々俳人探訪』(平成23年8月4日、文學の森)から部分的に引いて紹介させて戴くこととしたい。    寺田京子探訪―白いベレーの俳人(抜粋)                           栗林 浩 札幌の市街地を西へ行くと、円山や藻岩山に至り、緑がふえる。円山は札幌の山手ともいわれ、その近くに旭山記念公園がある。春から秋にかけて、鳥の声や花々が美しく、街を一望する見晴台があり、そこには句碑もある。  日の鷹がとぶ骨片となるまで飛ぶ 寺田京子の代表句である。昭和51年に、胸の病のため54歳で亡くなった。結核が死の病であったことを思えば、掲句は飽くなき生への執念のように切なく聞こえる。この句をはじめて知ったとき、私には佐藤鬼房の〈切株があり愚直の斧があり〉と重なった。定型の美しさを返上し、句跨りを一気に詠いあげることで、こころの底からのひたむきさを言い表している。鷹も斧も自分自身であろう。「とぶ―飛ぶ」のリフレインは「あり―あり」のそれに通じている。 一、寺田京子の一生 京子についての年譜は簡単なものしか残っていない。以下に述べることは、加藤楸邨の「寒雷」の昭和51年9月号、森澄雄の「杉」の同年8月および9月号、「北方文芸」の同年8月号などによるものだが、分らない部分を木村敏男氏と平井さち子氏に伺って、継ぎはぎしたものである。木村氏は第三代北海道俳句協会会長を務められ、30年間続いた俳句結社「楡」の主宰であられた。平井氏は中村草田男の「萬緑」の前同人会長であられた。両氏とも京子と親しかった人である。(筆者注:おふたりはもう亡くなられていて、京子を直接知る人は少なくなってしまった)。 寺田京子、本名キョウ。札幌生まれだが、旧満州国の鞍山女学院中退。京子の生年を大正14年1月11日とした資料が殆どであるが、正しくは大正11年である。平井は『さっぽろ文庫(13)―札幌の俳句』に、京子を大正11年生まれと明記しており、私の取材の折にも確認できたので平井説をとる。没年の昭和51年6月22日は間違いない。だとすると巷間51歳で亡くなったとされているが、54歳であったことになる。だが、出自を語ることを嫌ったという京子の心中を忖度すると、そっとしておきたい気もする。京子は、自分自身長生きできるとは思っていなかったので、生年には頓着しなかったのだろう(筆者注:該全句集の略年譜では大正11年生まれとある。また、その初版は43年後の命日の日に拘って刊行されている)。 少女期から病にあって、20歳代に入ったころはすでに胸部疾患の重症患者として入院していた。医師も半年か1年の命と言っていたらしい。ストマイやパスなど特効薬が出回っていない昭和19年ころのことである。俳句をはじめたのは、療養者同士の回覧句稿によってであり、やがて地元の天野宗軒の「水声」、高橋貞俊の「水輪」、蛇笏賞作家の斉藤玄の「壷」に属してゆく。  少女期より病みし顔映え冬の匙 第一句集の題名『冬の匙』はこの句に依っている。中央の結社としては、加藤楸邨の「寒雷」が復刊した後、昭和25年にこれに参加し、同29年暖響会(結社運営の主体となる同人の会)会員に推薦されている。 昭和43年、第二句集『日の鷹』で第十五回現代俳句協会賞を受賞。読売俳壇(北海道版)の選者や北海道文学館常任理事などを務める。地元では女性のための「札幌獏の会」や「青くるみの会」などの句座を持って指導していた。 昭和45年、楸邨の流れを汲む森澄雄が「杉」を立ち上げると、創刊同人としてこれに加わった。 二、京子の俳句鑑賞「俳句界」の平成21年7月号に加藤楸邨特集がある。楸邨の「寒雷」になぜ優れた俳人が多く輩出したのかを探るものである。須川洋子が……「寒雷」の初期は金子兜太や森澄雄など男の結社の相があったが、その後は、寺田京子や安井さつき・矢部栄子・沖田佐久子ら女性が台頭した。しかしみな夭逝してしまい残念だ……と書き、彼女たちの代表句を掲げている。次の句であった。  日の鷹がとぶ骨片となるまで飛ぶ  寺田京子  うすものに一瞬の若さ鏡伏す    安井さつき  青桃や今欲しきもの今告げたし   矢部栄子  不知火もゆる疲れては見る白昼夢  沖田佐久子 これらの「寒雷」同時代の女流の句は、みな一流ではあろうが、強い意思の表出という点では、京子の句「日の鷹がとぶ」が秀逸であろうと、私は思う。 ―――このあと、4つの句集から筆者の好きな句を抽出し、鑑賞を述べている。ここでは、それらの句の一部だけを再録しておこう。――― (一) 『冬の匙』(昭和22年―31年) 第一句集『冬の匙』から。京子の20歳後半から30歳前半の作品である。  セルの下しろたへつけて診せにゆく  死なざりて飾る雛が散乱す  冬衣蔵ふつひできめおく死衣裳  ばら切つてわれの死場所ベッド見ゆる(二) 『日の鷹』(昭和31年―42年) 第二句集『日の鷹』は、冒頭に挙げた〈日の鷹がとぶ骨片となるまでとぶ〉に因んでいる。最も人口に膾炙している句である。題簽は楸邨が書いている。  冬帽買う死なず癒えざりさりげなく  白菜洗う死とは無縁の顔をして  セルを着て遺書は一行にて足りる  ばら剪つてすでに短命にはあらず 京子は40歳台に入り、健康状態は良かった。それでも、1句目、2句目から「死」の想念が身を離れていないことが分る。己の「病・死」を詠うのだが、いつも客観的に捉えている。  雪中に焚火しわしわ燃えて生理終る  ひかりたんぽぽ生まれかわりも女なれ  手袋合掌させて蔵いし会いたきなり  春服着てからだの中を汽車過ぎゆく  夏手袋に芯となる手のしあわせか(三) 『鷺の巣』(昭和43年―49年) 第三句集は現代俳句協会賞以降の300句を納めてある。刊行後発送などに精を出した京子は、再び健康を損ねる。刊行半年後には、床に伏せるのである。とまれ、作品としては、健康な時期のものを掲げた。  花きささげ死者きて寺が動きだす  しずかさの死者は死者たち氷水  押入れに寒さびつしり白鳥きて  銅像の歩きださんとして凍る  雪ふるや尻尾を吊るしフライパン  悲の色をあつめ沖あり冬苺  歩くだけの生きるだけの幅雪を掻く(四) 『雛の晴』(昭和50年―51年没年まで) 木村敏男のあとがきがある。それには、〈めちやくちやに晴れし雛の飾られぬ〉から、この句集名をつけた、とある。上質紙1頁に1句収容、173頁のおおらかな句集である。 旭山記念公園の句碑のことは冒頭に書いたが、この句碑建立委員会がこの遺句集の発行者でもあった。句碑もそうだが、俳句の集団だけでなく、北海道の文学者集団が力を合わせて為したものである。俳句の世界だけだと、どうしても流派や師系が禍して、大きな力になりづらい。  どんど焼きすだまは人の手のかたち  病枕地吹雪ときに火の音して 死の床に伏しての作句であると知れば切ない。一句目。「手のかたち」は彼女の手であり、その掌に自分のたましいを乗せているのかも。二句目。余計な解説はよそう。北海道の激しい「地吹雪」に「火の音」を聴くのは余程の感性の持ち主である。 三、「恋」の句―白いベレーの俳人 平成21年6月のある日、札幌へ行く予定のあった私は、京子のことを少しでも知りたいと思って、木村敏男を訪ねた。千歳空港に降りた途端、ひんやりとした空気が胸に心地良かった。最近では、蝦夷梅雨という言葉があるようだが、私の故郷でもある北海道には梅雨がなかったというのが、私の記憶である。気がついたら、京子の祥月命日の2日前であった。リラは咲き終わり、アカシアが咲き、ポプラの絮が飛んでいた。木村の話を聴いてから、私は北海道文学館へ行ってみた。そこで、京子がむかし入っていた「壷」の俳誌を探した。その中に療養中のある出来事を回想した京子の記事を見つけた(昭和49年5月号)。(京子は、一時は自裁も考えたらしいが、そうしなかったことなどが書かれている。紙幅の都合で、ここでは省略いたします)  寺田京子の俳句は、およそ華奢な女の作品らしくない。ごつごつしたリズムで、こなれていない俳句表現を遣う。想いが強いと定型を外れるようである。おまけにテーマは、「病涯」であり、「風土」である。風土といってもノスタルジアからはほど遠く、雪と氷の世界である。結婚を諦め、しかし恋を意識する。恋に恋した女の胸のうちを詠む。それは、伝統に縛られない北海道の奔放な女の心の世界から出たものだ。彼女には、その世界は実現しなかったが、実現しなかっただけに哀しく美しい。成就しなかったから壊れることもない。そんな世界を俳句にしたのであった。    ***** 偶然が味方してくれることがよくある。今回も偶然が偶然を呼んで「寺田京子探訪」となった。私の俳友が「寺田京子が面白いよ」と言って、宇多喜代子さんの論評の写しを呉れた。読んで気が動いたのだが、私が以前お世話になった平井さち子さんが寺田京子の親友であったと聞いて、さらに気が動いた。これが第一の偶然であった。そして、平井さんから聞いた木村敏男さんが私の札幌の友人と知り合いであり、木村さんを紹介してもらえたのも偶然である。しかも木村さんとお合いした日は京子の祥月命日の2日前であった。もうひとつの偶然は、たまたま訪ねた函館文学館で起こった。ショーウインドウに「北方文芸」という私が知らなかった雑誌が一冊飾られており、その表紙に「寺田京子追悼号」とあったのである。俳句関係の資料を漁っていただけでは辿り着けない資料である。しかしそこでは借りて読むことはできない。すぐに車で函館市立図書館へ駆けつけたが、休館日だった。帰京してから国会図書館で読むことができたのである。 平井さんは私に、NHKラジオで流された「土曜日の手帳」のテープを貸してくれた。これには句会での京子の肉声が入っていたし、没後一年に原田康子・木村敏男両氏が京子の想い出を語ったものも入っていた。平井さんは札幌時代の友人堀カンナさんにも京子の想い出をいろいろ尋ね、確認してくれた。同女の指摘で、6月22日が「京子忌」として『ザ・俳句―十万人歳時記』に載っていることを知った。ある俳人が京子の忌に「梅雨忌」を当てようとした形跡があるが、北海道には梅雨がないので、如何なものかと、私は思っていたのである。  以上で抄録を終わるが、かなり大急ぎでの抄録であるので、不十分の誹りを免れないであろう。ご興味のある方はぜひ原本に当たって鑑賞して戴きたい。

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