ART-SCHOOLの初期も初期に発表された楽曲。現在でもライブのアンコールに演奏されることがある。多くのファンも「特別な1曲」と捉えているんではないだろうか。アルバム『SONIC DEAD KIDS』版とライブ版では全然違うが、まずは前者を。「ペイブメントみたいなローファイを狙っていた」という通り、録音はショボい。しかしローファイとはいえ、USの有名なローファイ・バンドのように「聴ける」ローファイ感ではなく、モコモコした音質になっていて単にいい音で録れなかった言い訳ではないのか?とすら思う。これ以降に見られる、サビでのディスーションギターの音圧すなわちニルヴァーナ/グランジ的静動法は確立されておらず、その辺に着目するならたしかに彼らなりのペイブメントっぽいアプローチなのかもしれないが(弁護しておく)。 少し脱線するが、日本でペイブメント的ローファイをやっていたバンドはいるのだろうか。たくさん居たのだろうが陽の目を見なかった、ってところなのだろうが、僕が思いつくのは2組で、1つは初期のペンパルズ。サウンド自体はグランジ以降・メロコア以降でいい意味で適当に歪ませたギターだが、明らかにペイブメントの影響を受けたやる気のないヘロヘロな歌とメロディーだった。3rd以降は本格的にメロコアに走り青春パンクや奥田民生辺りに触発されたのか日本語詩になり、迷走していったようだ(数年前再結成し、初期の曲をよくやっているとの噂)が。もう一つは音源を聞いたことがないのだが最初期のビート・クルセイダースで、2人編成でベックやペイブメントみたいなことをやっていたらしい。ヒダカ談。しかし全く人気が出ず、彼らもメロコアに流れていく。まぁ、広く解釈してベックまでいくと、そういう宅録っぽいやつ流行ったんだろうし(中村一義とか)、ピロウズや髭なんかもいたし、まぁいろいろ試した人や成功しなかった人はいるんだろうな。 さて、「斜陽」の話に戻るが、この曲はライブ版だとグランジ的な方法論以前の曲でかつメロディーも割とスルッとしているので単純に淡白な曲に聴こえるのだけれど、イントロのアルペジオやサビで切り込んでくるギターラインなどがなかなか好印象。 そしてやっぱり、歌詞よね。「おとぎ話と殺人鬼」という不穏さ、「可愛い寂しがりやの豚/スカート揺れた」という性的な醜悪さ、「行きつく果に/君が失った青い花」という、イノセントの喪失。最終的には「やがて血で染まるラストシーンへ」と歌われるので、相も変わらずフランス映画的ボーイミーツガール&バッドエンド、な歌詞世界なわけですが、それが初期アートスクール特有のカットアップ・センスによって非常に想像力を掻き立てられるわけです。 つーか、書きたかったのはこの一節。「チャイナタウンですれ違う/少女の夢は・・・」である。「チャイナタウン」という猥雑さ、煩雑な街。絶妙だと思う。あと最近思ったのは、たぶん映画『ブレードランナー』の舞台みたいな街なんだろうなぁと。多分木下好きだろうし。あの映画、ヒロインがアンドロイドだった。かなり初期アートの世界観に影響を与えているんだろう。

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大阪、地下鉄西梅田駅近くに、新店「パティスリー・ド・グラース」さんがオープン。きれいな店構え、白を基調とした明るい店内。シャープなデザインのケーキが並んでいて、ついうっとり眺めてしまいます。それに焼きっぱなしも、焼菓子もそこそこ揃っていて、意欲も感じられます。そんなお店で、フランスらしいものを2つ選んでみました。 ●『パリブレスト』 外径9cm 高さ4cmほど。一般に、パリとブレスト間で行われた自転車競技を記念し、車輪をかたどって創作されたと云われています。シュー生地を輪っかに焼いて、上下に2等分してカスタードを挟むのが原形。 こちらのものは、生地の塩気が利いていて少し強めの味わい。焼いた卵の風味も。そこへアーモンド風味のクリームが挟んであります。表面には粉糖。 クリームはバタークリームの入ったムースリーヌでしょうか、生クリームも入っているかもしれません。アーモンドはよく炒って細かなダイスにしてあります。目にははっきり分かるのですが、食べていてほとんど歯に触れない、なめらかさを邪魔しない仕上がり。風味が強く、生地の強さといいバランスです。 クリームの絞り目もきれいだし、久々にシュー生地のお菓子で大満足! 自転車に乗って…風を切って走ってみたくなりますね。 ●『モンテリマール』 3.5×9cm 高さ7cmほど。南仏、マルセイユで作りはじめられたヌガー。17世紀にアーモンドの栽培が奨励されたモンテリマールの町でもヌガーが作りはじめられます。というのはヌガーは元々、アーモンドプードルと砂糖を溶かし固めたものだから、原材料の生産地に移動したということでしょうか。 モンテリマールのヌガーの特徴は、飴をかき混ぜて空気を多く含ませることで白い色にしていること。卵白が入って軽い仕上がりにしていること。そして糖分にラベンダーの蜂蜜。そして当然、アーモンド、そしてピスタチオが入ること。よく見掛けるものでは、赤や緑のアンゼリカが入ったものも多いようです。 このヌガーに触発されたのが、モンテリマールというケーキ。蜂蜜のムースがメインとなるものが普通です。稀にはアーモンドがメインというものもあります。ただ、仕上げは白っぽくというのは必須条件のようです。 さてさて、前置きが長くなりました。こちらのものは、下からスポンジ、プラム(?)のジャムを薄く塗り、ミルクチョコのガナッシュ、そのなかにたっぷりヘーゼルナッツが入っています。もう一度スポンジがあって、一番上に蜂蜜のムース。チラチラとフランボワーズやオレンジピールが混ざっています。 かなり踏み込んでオリジナリティを出そうとしていますね。チョコレートが入ったこと、アーモンドがヘーゼルナッツに置き換えられたこと、それと対照的に、蜂蜜のムースの味わいが控えめなこと。これはもう、モンテリマールとジャンドゥヤのドッキング、と考えていいでしょう。下半分の味がしっかりしていて、ジャムの酸味もよく利いて面白い味わいです。 ところが主役であるはずの蜂蜜のムースが補助的な役割に終ってしまっていて、ちょっと拍子抜け。蜂蜜もきれいな味のようなので、もう少し比率を高めてもらえば、いま以上に美味しくなりそうな予感があります。う~ん、もったいないかな。 ここでケーキのネーミングについて一言。こちらのケーキは美味しいのに、なんだかんだと文句ばっかり並べていて、すみません。というのも私たちがネーミングにこだわり、イメージを左右され過ぎているからです。『モンテリマール』も『シブーストバナーヌ』(「パイ日和」で紹介)も、名前からすると主役であるべきはずのものが、期待ほど強くないと、ついつい、食べていてそのイメージのズレに気持ちが向かいがち。そこで、提案。『モンテリマール』は“モンテリマール・ジャンドゥヤ”、『シブーストバナーヌ』は“バナナクラフティ・ア・ラ・シブースト”のような狙いの分かるネーミングだったらなぁ。あるいは、まるで分からない名前。説明を聞いてああなるほどと合点する名前。 オリジナルがあって、それをアレンジしていることを明確に伝えることで、シェフ独特のオリジナリティもはっきりと理解されるきっかけになるのですから。いかがでしょう。 ●『パリブレスト』390円  『モンテリマール』480円 ●「パティスリー・ド・グラース」 大阪市北区梅田2-4-5吉本桜橋ビル1F  TEL06-6347-7872  定休日/日曜・祝日

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こちらの記事のコメント欄にも情報提供がありましたが、さいたま紅さそり隊のリーダーふかづめ竜子の声が、10月24日の次回予告と31日の放送で変わっていました。 それまで竜子の声を担当していた伊倉一恵氏ではなく高乃麗氏に変更になりました。 以下の2つのページによると、どうも伊倉氏の体調不良が原因だったらしいです。 http://mastiff.2ch.net/test/read.cgi/anime/1413376594/153https://twitter.com/onkonkan/status/525968460182859776 しかし、31日の放送の時の竜子の声は、少し違和感があったものの、非常によく似ていましたね。確かに、最初は違和感があったものの、その違和感は見ていくうちになくなりました。 こんなにも違和感が無くなるとは、伊倉一恵氏と高乃麗氏は相当声が似ているのだと、改めて実感します。 今回の伊倉氏のお休みは体調不調のようなので、次に竜子が出てくる時は伊倉氏が復帰になるでしょうか。 もし伊倉氏が復帰しなくても、高乃氏でも良いと思ったりします。もちろん、伊倉氏に復帰してくれるのが一番望ましいですが。

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9月26日(土曜日)27日(日曜日) 春日井の和田美里先生の所へレッスンにいきました。 和田先生のレッスンのなさり方で感銘を受けたので書きます。 ずっと私のレッスンを受けるようにおっしゃって、受けている生徒の中に、一人背中が湾曲して行く病気で数年前手術した現在中学二年生の女子生徒がいます。みんなの演奏やCDを聴いてもわからないと彼女が言ったので、夏休みを利用して、ベートーヴェン:ピアノソナタ全曲を聴くように、和田先生がおっしゃったそうです。 私の全集を彼女が聴いた結果、絶対にop.2-1を弾きたいと言ったので、和田先生は無理と思ったけれど、中学生になれば、自分で決めさせるのも勉強だと考え、させていらっしゃるのです。 それで、出来る範囲内のとっぴきり難しい曲より、範囲外でも本人が強く望めばさせる、私もまさにそうしているのです。 そして弾けない生徒を弾けるようにすることに生き甲斐を感じていらっしゃるのが和田先生なのです。だから私は和田先生と意気投合しているのです。

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逆算してみると、おっ、やばい。てなことで急遽種蒔きだ。 まだまだと思っていたけど、もうそんな時期なんだねえ。 そんなことで今日はタマネギの種蒔きだよ。種蒔きと言っても、これは晩生のタマネギだ。 極早生は苗を買うからね。 へー、何で晩生だけ種からやるんだ? 実はね、元々晩生も近くの種苗店で苗を買っていたんだ。ところが毎年葱坊主がたくさん出て、ひどいときには8割方も出たんだねえ。 これではタマネギを作る意味がないだろう。 もちろん葱坊主はどうやっても必ず出るんだよね。 でもその割合は1割以下というのが一つの目安だねえ。それが8割も出たんではどうしようもないだろう。 で、色々調べてみると、坊主が出る原因というのがいくつかあるんだねえ。その一つが大苗だ。育ちすぎた苗は坊主が出やすい。 これはかなりの確率でそうなるらしい。 特に大苗が厳冬期の寒さに当たると薹立ちしやすいのだそうだ。だからなるべく小さな苗で冬を過ごさせる必要があるんだ。 と言っても小さすぎても枯れてしまうからね。そこはほどほどに。 一般的には鉛筆の太さと言われているねえ。 そういえば、種苗店の苗は大きかったなあ。40センチは優にあっただろうねえ。 これでは薹立ちするわなあ。 それともう一つは肥料切れだよ。苗のうちに肥料が切れてしまうと薹が立ちやすいんだ。これはどんな野菜でも同じだけどね。 そんなことで、種苗店の苗はどんな育ち方をしたのかわからないので、買うのを止めたんだ。その代わり自分で種から育てることにしたんだよ。 これなら毎日のように見ているので、どんな育て方をしたのか、どのくらい大きくなったかなど全部把握した上で植えつけるので、すべては自己責任というわけだ。これならどうなろうと納得いくよね。 で、ここ数年は必ず自分で種を蒔いて育てることにしているんだ。 さて、今日種を蒔くのはこれだよ。 これは中早生種で、今の時期に種を蒔くと来年の5月の終わりから6月の初め頃に収穫できるんだ。 ところで「時期を外さない」とか「逆算する」ってどういうことよ? そうそう、これが肝心なんだよね。タマネギの植え付け時期というのは大体決まっているんだ。この辺りでは12月に入ってから植え付けするように農協が指導しているんだよ。 それは何故かというと、11月だとまだ気温が高くて苗が育ちすぎるということなんだ。育ちすぎるとどうなる?そう大苗は薹立ちしやすいだったね。 だから中には12月も遅くに植えつける人も多いんだよ。 ところが家庭菜園の人は何しろ早いんだ。 11月に入ったらもう植え付けをする人がいるんだねえ。ホームセンターで苗を売り出すから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。 お隣さんも早いよ。苗が売りに出たら直ぐに植えつけるからねえ。いくら早すぎますと言ってあげても、聞かないんだ。それでも何度も痛い目に遭うと、さすがに最近は少し遅くなったけどね。 で、ヒゲおやじは一応12月1日を目安にしているんだ。 ここからがその「時期」とか「逆算」の話だよ。 品種によっては多少違うけど、タマネギは大体種蒔きから定植までの育苗日数が55日くらいなんだ。これは種袋にも必ず書いてあるので、よく読むといいよ。 で、仮に12月1日を植え付けの日とした場合、それから逆算すると55日前は10月6日ということになるんだ。だから今日が種蒔きの日ということだよ。 もちろん55日目に丁度良い苗ができるかというと、その年の季候やきおんによっても多少の違いがあるので、必ずしもその通りにはならないけどね。でも、これが一応の目安ということだ。 こういうふうに植え付けの日を一応の目安として決めておくと楽だろう。迷わなくて済むからね。 では種蒔きを始めよう。 まずはいつものように太い支柱を使って蒔き溝を作るんだ。 こうすると蒔き溝の深さが一定になるので、発芽の時期が揃うんだよ。 スコップや鍬の先なんかで蒔き溝を掘ると、どうしてもデコボコができて種の深さが違ってくるんだねえ。そうなると発芽の時期もバラバラになりがちだし、苗の成長にも差が出てくるよね。こういう苗を作る作業は、できるだけそういう差を作らないことが大事なんだよ。 さあ、蒔き溝ができたら種を蒔こう。 最終1センチ間隔くらいに間引くので、それを考慮して蒔くといいねえ。 とは言っても目が出ないやつもあるので、最初から1センチ間隔に蒔くのはよくないよ。種が重ならないように、少し厚めに蒔のがコツだ。種が重なると間引きの時にやりにくいからね。 この写真は間隔を空けすぎで、実際はもう少し詰めて蒔いているんだよ。 蒔き終わったら、種蒔き用の土をかけて、上からさっきの支柱で軽く押さえて種を安定させてやろう。 これをやっておかないと、水遣りや雨が降ると種が流れたりするからね。 後はしっかり水を遣れば出来上がりだよ。 実はこの後に不織布をかけるつもりだったんだけど、持ってくるのを忘れたんだ。だからそれは明日にしよう。 さあ、これでタマネギの種蒔きは終わりだよ。 何か変? 10月6日は昨日?

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知らないの?私はあなたを待っていたのに。ねぇ、知らない?見計らったように、恥をかかせてくれたわね。見えないの?私はあなたを待っていたのに。ねぇ、見えない?私の心に入ってきたくせに。 若かった頃は、ただ欲張りなだけで。二次会、美容、財力。私たち、完璧を求めていて必死だったね。 でも、私はあなたの傍にいたくて寄り添って。それだけで、嬉しかったもの。 あなたの腕に抱かれて、目を閉じて。一緒にいるだけでいいの。もう一度、そんな日々を送りましょう。 知らないの?私はあなたを待っていたのに。ねぇ、知らない?見計らったように、恥をかかせてくれたわね。見えないの?私はあなたを待っていたのに。ねぇ、見えない?私の心に入ってきたくせに。 (Guitar Freaks 4thMIX & drummania 3rdMIX)_____________________ これは良曲。

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漫画、アニメーションで人気を博した「ヒカルの碁」の監修を担当した梅沢由香里五段が3月末、長男を出産したとの報道がありました 「ヒカルの碁」の監修に関わるようになったのが1999年ですから、随分と時間が経過したのだな、とあらためて感じます そんなきっかけもあり、「ヒカルの碁」について取り上げてみます 海外のマンガ、アニメーション関係のレビューから幾つか拾い出し、紹介します 12歳のとき、自分には(ヒカルのように)夢中になれるものがあったのか、と思うと正直羨ましくなる 暴力でもなく、セックスでもなく、これだけ純粋に人をひたむきにさせる世界を描き出すんだから、やっぱスゲエよ 自分の姉は熱狂的なマンガファンです。しかし、自分はこれと言えるマンガで出会うことができませんでした 「ゼルダの伝説」を読みましたが、それは随分と単純なストーリーでした そんな自分のため、姉は「ヒカルの碁」を見つけてきてくれました 小畑の画と、堀田の生み出すストーリーはとってもクールです 生意気に聞こえるかもしれませんが、12歳の自分でもこの物語の凄さが分かるんですよ 4年前マンガ好きの友人に奨められて、断りきれなくて「ヒカルの碁」を読んだんだ 「え、中国の話なの? こんなもん、誰が読みたがるんだよ」なんて思いながら そしてすぐに自分の抱いていたマンガのイメージが間違っていると知らされたよ マンガのもつ表現力、ストーリーの奥深さ、そして多彩な登場人物…読んでみればもう夢中にさせられる ヒカルとアキラのライバル関係がいい。本当はアキラの方が天才的に強くて、ヒカルはゴーストである藤原左為に碁を打ってもらっているんだけど、アキラは猛烈にヒカルをライバル視して、より強くなろうとする そんなアキラの情熱がヒカルにも伝わり、ヒカルもまた強くなろうとする 少年マンガじゃありがちなパターンだけどね、やっぱり2人の関係が気になって次を読まずにはいられなくなる。本当に中毒だね 私はこの本の影響力に驚いています 14歳と10歳になる息子は「ヒカルの碁」を読んでから、2週間もしないうちに碁を打ち始めました 私は趣味で碁を打っていましたが、息子たちに碁を教えたことはありませんでした 息子たちは物語の先を知りたがって、せがみます 親子して碁を楽しめるようになり、とってもハッピーです 登場人物それぞれの生き様、勝負にかける情熱がきちんと描かれているところがこの作品の魅力だと思う。 それがなければ退屈な(勝ったり負けたりするだけの)アニメだったはず ドラマとしての作り方がしっかりしている。ストーリーが進み、ヒカルが成長するに従って住む世界が違ってくる。もう学校の仲間たちは登場しなくなる それは残念かもしれないが、ヒカルの住む世界が彼らとは違ってしまっているのだということ (出会いと別れが)作品にシリアスさを加味している マンガ、アニメーションとも賞賛する意見が多いのですが、最後に引用したレビューのようにすべての人が、作品に描かれた出会いと別れに賛同し共感しているわけではありません 特にアニメーションの第60話で藤原左為が姿を消して以降、ヒカルの落ち込む様を描いた展開については、「見る価値もない」とか「廃棄物」と酷評する声があります やはり、海外の読者や視聴者にすれば、ハッピーエンドの展開でないとダメなのでしょうか? ヒカルのうじうじした姿が際限なく続くようなストーリー展開ですから、「何、これ?」と感じる視聴者も少なくなかったのでしょう 物語は終わらせ方がはやり難しく、大多数の読者や視聴者に納得してもらえるようなエンディングを用意するのは至難の業です ヒカルと左為の別離の場面はないまま、ジャンプ漫画にあるような「オレたちの闘いはこれからだ!」のような終わらせ方の方が海外ではウケたかもしれません 原作者としてはどうしても藤原左為とヒカルの別離を盛り込みたかったのでしょうし、自分としてはあれでよかったと思うのですが… 海外の反応とは別に、「ヒカルの碁」は2度にもわたる事件に見舞われており、後味の悪いイメージがこびりついている作品です。不幸な話です 1つの事件は、韓国で放送された「ヒカルの碁」で藤原左為の衣装(平安時代の装束)がけしからんとする韓国側の事情により、ボカシが入って首から下はモヤのような姿になってしまった件です 日本の漫画・アニメーションのファンがこの韓国による原作を貶めるようなやり方に抗議の声を挙げ、騒動になりました 2つ目の事件は、北斗杯でヒカルが勝つのか、韓国人棋士が勝つのかでもめ、日韓の読者が非難合戦に発展したものです 韓国からは、「韓国人棋士が日本人棋士に負けるなどありえない」との声が起きました

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「中る射」のことを「正射必中」とか「正射正中」などと云って、弓界では修錬の目標としている理想の美しい中りであって、その的中は「正射」と言われる。「当てる射」は「当て射」とも言われて、的中のみに執着し基本を無視した卑しい射で、手先の操作で的に的中させる行為の「中てた射」であって、的中しても弓界においては批判されて「悪射」と言われる。 「中る射」とは、的中率の高低に関係なく引き分け、軌道、射型の全てにおいて無理、矛盾、無駄がなく離れる前から中りが見える射。伸び合いからの自然な離れとなるので残身が美しくなって中る射である。「当てる射」とは、的中率の高低に関係なく引き分け、軌道、射型が雑で無理、矛盾、無駄が多く、的を正しく狙わずにして合理性に欠け離れるまで的中が判断できない射。進歩向上を排しただただ現在の引き方(当て方)に固執して当てることに徹し、不自然な離れとなり残身が歪になるが当る射である。 「中る射」と「当てる射」との大きな違いは、「離れ」と「残身(心)」の違いである。「当て射」は、引き分けてきた力が「離れ」で緩む、緩まなくてもその離れの方向が矢筋と異なり左右が別方向で、引き分けてきた力が「離れ」で途切れて(離れて終わり)残身までその力が流れない「残身」で、気の働きが弱い。 「中る射」でも崩れれば「当てる射」となるし、「当てる射」でも整えば「中る射」となり得る。射の「離れ」と「残身(心)」を無視し的中だけを見るのを是とするか恥とするかはその射手の考え方によるから、その是非良否を判断する心眼(精神)を養うことが必要といえる。 左手と右手のバランスさえ合っていれば的を射抜くことは、「そう難しくない」。などと言いながら矢をつがえてみれば、何のことはなし、的に意識がいきすぎて手先に力が入って射形などが崩れる一方。「矢は、当てようとすると当たらない。」といういささか禅問答的な教えが鋭く胸に突き刺さることになる。だから「やるべきことをやれば中る」と自分に言い聞かせて、やることに意識を向けるのだ。 失敗の恐れや不安を意識下に捨て、力みのない静かな興奮で弓を引く天然の射。結局、リラックス。結局、自分の技量に自信を持つための練習の積み重ね。そして、その時、「晴れ(試合)を常(練習)、常を晴れと思え」の教えが大いに役立つこととなる。

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(タクシー会社や運転手さん、また車いす利用で、外出を手控えている方に少しでもヒントになればと以下書込みます。) 車いす利用者へのタクシーの対応はだいぶ改善されてきたようです。しかし、まだ車いす利用の乗客への対応は、経験がない、慣れてないとの理由で、避ける運転手さんもいるようです。  タクシー乗り場へ近づくと、車いすを見ただけで、拒否反応を起こし、まずい客がきたとばかりに、空車のまま走り去っていった客待ちのタクシーもありました。個人タクシーでした。個人タクシーに良くあるトランクの狭いタイプの車種だったのでしょうか?車いすを積み込みにくいのです) 車いす利用者単独ではなく、介助者が付き添っている場合は、問題ないのに。みすみす稼ぐ機会を失っていることになります。 車いす利用者単独の場合でも、タクシー乗り場にくる人は、利用者本人が乗降のやり方、運転手さんに手伝ってもらう方法を知っているはずですから、まずどう乗車するかなど聞いてみましょう。 現在の手動式の車いすは、折りたためば、車のトランクに収納でき、面倒なことはないのです。(昔は 車いすがトランクからはみ出し、ゴムロープでトランクのふたを留めていましたが)重さも大抵10kg少しです。 無論、折りたためない電動車いすの場合は、専用タイプの車でないと無理ですが、そのことは車いす利用者はわかっていて、普通のタクシーを使おうとはしません。 大手のタクシーでは、介護関係の資格を持つ運転手さんも増えてきて、十分な対応をしてもらえることも多くなりました。 運転手さん同士の情報交換などで車いす対応の知識も同僚の運転手さんに伝わるでしょう。 タクシー乗り場は往々にして、歩道との段差が不便だったりと、初めてのところでは気をつかいます。 さすがと思ったのは、一流ホテル(シェラトン都ホテル大阪)のタクシー乗り場でのことです。車いす利用者本人と介助者の話を以下紹介いたします。 ① <車いす利用者本人の話> 「両親とで4名、車いす2台(私と母)でした。 駅隣接のタクシー乗り場で乗車しかけたのですが、車椅子、しかも2台は無理!と乗車拒否されてしまいました。 それでシェラトン都ホテル大阪の玄関前のタクシー乗り場に向かいました。車イス2台は載せたことがないという運転手に、ベルデスクのご担当が、「トランクが閉まらないなら、ゴム紐で、おさえればよい」と 運転手を促し、手伝って下さって、2台がきっちり収まり、無事両親と帰宅できました。 無論、タクシー2台で分乗すれば問題が少なかったのでしょうが、自宅からは、(車いす利用と知らせて)電話で呼んだタクシー1台で4名+車いす2台の乗車可能でしたので・・・・。 シェラトン都ホテル大阪の利用者ではないのに、ホテルのタクシー乗り場を利用するのは、気が引けたのですが、近鉄電車利用での帰途であり、前日は同じ系列ホテルに泊まったので、まあ良いだろうと自分を納得させました。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――② <2名で車いす1台。介助者の話> 近鉄特急車中からMタクシーに電話し予約。駅到着後シェラトン都ホテル大阪のタクシー乗り場に行くとMタクシーが一目でわかった。運転手さん(車の横に立っていた)に後で聞くとほかのタクシーの邪魔にならないよう、5mほど乗り場から離れたしかるべき場所(見つけやすい場所だった)にて待機するようベルデスクの指示があったとか。 車いす利用の我々を目ざとくみつけた担当のベルデスクさん は、駆け寄ってきて「K様 でしょうか?」と声かけ。あとは、Mを呼び、車いすから移乗し易いように、歩道との段差の少ない前方にて、車いすの配偶者の乗車介助。ドアを開け、頭を打たないよう手で屋根の下端を覆い、折りたたんだ車いすのトランクへ積み込みの目配り、運転手への指示、逆側ドアから介助者が乗車し易いように補助。優雅に長いユニフォームの裾をなびかせ、手早いが、決してぞんざいにならない動作。本来自分がスタンバイしているべき場所から5メートルほど離れているので、そちらにタクシー利用のお客様がこられているかどうかも視線を走らせておられた模様。 とにかく、十二分な対応をしていただき、あっと言う間にMタクシーに乗って走りだしていた。  たぶん お世話になったご担当の方のみでなくベルデスクの皆さん全員が同じように対応されるのだろう。以前、ネットのブログかなにかで、かつて、このホテルには名の知られたドアマンがいて、ベルデスクには高いサービスの伝統が流れているとか読んだ。                              

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