[第440回]   地下の鉄道というのは、地下2階の位置を走っていることが多いらしい。 だから、大阪市地下鉄四つ橋線を「西梅田」から北に延伸して「十三」経由で「新大阪」まで伸ばそうと考えた時、すぐ北に阪神「梅田」駅があるので、そこをどうやってくぐるかという問題が出てくるらしい。 それなら、地下鉄四つ橋線を掘り下げて地下3階を走るようにすればいいのではないか・・・というと、難儀なことに、桜橋のあたりで、地下2階を走る地下鉄四つ橋線の下、地下3階の位置をJR東西線が走って地下鉄四つ橋線の下をくぐっているらしく、地下3階を走らせるようにするとJR東西線とぶつかるらしい。それで、最初は阪急京都線を「十三~新大阪~淡路」と路線を敷いて「十三~淡路」間を南方経由の現京都線と合わせてその部分を複々線にするという計画だったのが、阪急としては京都線の乗客に新大阪で地下鉄御堂筋線に乗り換えられたのでは運賃収入も減るし梅田界隈の阪急関連の施設も利用が減るし「うまみがない」ということで「十三~新大阪~淡路」ルートは中止していたところを、それなら大阪市営地下鉄四つ橋線を「西梅田~十三~新大阪」と延伸すればどうかという案が出たものの、今度は、どうやって阪神「梅田」駅をくぐるかという技術的な問題が出てきたらしい。で、結局、なにわ筋線を新設して、南海電鉄に「新難波」駅を作り「新難波」駅から、JRは関西線「JR難波」駅からなにわ筋線に入り、JR「大阪駅」の北に「北梅田」駅を作って、JRは梅田貨物線(といっても今は客車が走っているのだが)に入って新大阪から京都に至り、南海の電車は十三から新大阪に至り、「北梅田~十三~新大阪」という部分は阪急が運営することにした・・・らしい・・・が、そういう計画になったらしい・・・がけっこう先の予定らしいので、まだまだどうなるかわからんだろう。なにしろ、阪神なんば線(西九条~難波)の計画なんて私が小学生の頃、1960年代後半からあっていつまでも実現しないのでもうこの話はなくなったのかと思っていたら、村上世彰(よしあき)さんが阪神の株を買い占めたとかいうことから、阪神と阪急が一緒の会社になるというなんかすごいことになって一気に実現した。他方、国鉄に篠山線というのが福知山線の「篠山口」から「篠山」を経由して「福住」まで走っていたが、これを「福住」から山陰本線の「園部」まで伸ばす計画があったのだが、これなんかは、計画が実現しないばかりか篠山線が廃線になってなくなってしまった。だから、相当先の計画のものなんて、そうなるかもしれんがならんかもしれん・・くらいに思っておいた方がいいのかもしれない。京都市地下鉄烏丸線は、大阪府豊中市から同志社に通っていた男がアルバイト先にいて、そいつが「もし、地下鉄敷くのに人出がいるということなら、同志社の学生で労力提供する人間いくらでもいると思う」と言うておった。夏休みでも春休みでもタダででも働けば阪急「烏丸」から同志社の前までの路線を敷いてくれるのならタダ働きでもやる! という人間いるというのだったが、タダ働きしなくても今は烏丸線が開通した。   で、ずいぶんと脇にそれた話をしたが、何が言いたいかというと、京都市交通局地下鉄「今出川」駅のプラットホームは地下2階の位置にあって、そこからエスカレーターなり階段なりで上がった位置が地下1階。 この地下1階から地上に出ることもできるが、そのまま同志社の構内に入って同志社の構内で地上に出るということもできるのだ。すご~い♪!♪ ・・・・ということが言いたかったのだ。 そのために、地下2階を地下鉄は走っているという話をするために、西梅田駅やら新大阪へのルートの話やらにお付き合いしてもらった。ご苦労さん。   一般の出入口から出るとここ↓ で出ることになる。 そのすぐ左に同志社 今出川キャンパスの「西門」がある。↓ ↑ 円満寺 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイド』(2011.10.31.エクスナレッジ)には、≪ 当ルート(西陣・同志社ルート)へは、今出川通り西門からアプローチする。左手の礼拝堂は、とても大きい。・・・・≫書かれているが、この同志社今出川キャンパスというのは、↑の「西門」が正門なのかというと、西門を入ってすぐの位置に掲示されていた案内図↓によると、そうではなく、もっと東寄りに「正門」があるらしい。 ( ↑ クリックすると大きくなるので、大きくして見てください。)  もっとも、その「正門」にも行きそこから出入りしたのだが、「正門」と「西門」とどっちが大きい門かというと同じようなものだったし、そこから入った中の経路の展開も同じようなものだった。 相国寺に至る参道の東西の両側に今出川キャンパスがあり、その西側の方が敷地が広く、その参道南側から西側のキャンパスに入る門を「正門」と言っているだけの正門であり、それほどどちらが「正」で「副」だというものでもなさそうな感じだった。   東大の本郷は南側の龍岡門なんてのは本富士警察署の警察官御用達て感じで「要注意!」イメージだし、北東の弥生門はいかにも裏門て感じだし、南側の春日門なんてのは通用口というのか勝手口みたいな感じで、問題は西側にある赤門と正門はどっちが正門なのか、という点。東大の門というと、何と言っても「赤門」てのが有名だから赤門が正門かと思っていたのだが、しかし、赤門のすぐ横に「正門」てのがあるわけだ。「伊藤忠太設計」というブランドもんの門が。しかし、赤門の方がブランド力は強そうなのだが、その門を入った後の経路の作りを見ると、「正門」を入った後、直進すると安田講堂とその前の広場に至る。そのあたりの構内の通路の構成を考えると「正門」が正門として作られているとわかる。 それに対して同志社の今出川キャンパスの場合は、「正門」と「西門」は別にどっちが正門でもいいけれども、「正門」の方が真ん中に近いから正門でいいんじゃないのお~お・・・みたいな感じ。※ 東京大学HP 本郷地区キャンパスマップ https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/map01_01.html※ 同志社大学HP 今出川校地 https://www.doshisha.ac.jp/information/campus/imadegawa/imadegawa.html    今回はどこから入ったかというと、「地下経路」から入らせてもらった。 「地下経路から入った」なんて言うと、なんだか、「地下にもぐっていた」みたいで、実際、京都駅から「地下にもぐった」わけで、地下鉄烏丸線で地下を通ってきたのだけれども、「地下にもぐっていた」と言っても非合法な組織とともに思想警察からのがれるために「地下にもぐっていた」わけではない。 地下鉄で来ただけのことだ・・・・が、地下から地上の公道に出ることなく大学の構内に直接出ることができる♪ というのは驚いた。↓ ↑ ・・・・となると、そこから入ってみたいと思うのが人情でしょう(^^♪    「地下経路」を通って大学の構内に出るというのは、なんだかわくわくする♪ ところで、裁判所というのは、どうも、一般人には明らかになっていない部分というのがあるようだ。 裁判所の内部に案内図が書いてあるけれども、グレーゾーンというのか、な~んかどうなっているのか明かされていない部分がある。 法廷で見ていると、裁判官というのは、どうも、よくわからん変なところからヒョイと出てきてヒョイと消えていく。 あれは、やっぱり、やましいことやってるから、だから、よくわからん所から出て来て、よくわからん所から消えていくように、裁判所の建物というのは忍者屋敷みたいにできているということなのだろう。 孔子は「仁こそ人の安宅なり」とおっしゃったのだが、そうでない生き方をしているヤツラというのは、忍者屋敷みたいな造りを必要とするようだ。    地下鉄から地上の公道を経ずに大学の構内に入れる♪ という魅力にひかれて、つい、そこから入ってしまった。 入ってから気づいた。 「大学はやっぱり正門から入るべし」という原則を忘れていた、ということに。 私はね、世の中、な~にが嫌いと言って裏口入学ほど嫌いなもん、ないんですよ。裏口入学は人間のすることやおまへん!  1970年代終わり頃、私の父の親友という医者屋のM川(男。当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住。「金沢大医学部卒」と自称していたが嘘くさい)がドバカ息子を金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ というのに裏口入学で入れた! というのを自慢にしておった。 普通、裏口入学というのは、たとえ、やるにしても、もうちょっとと「恥ずかしそうに」「こっそりと」やるものと違うのだろうか? 裏口入学した・させたなんて、そんなもの、自慢するものかあ~あ??? と思ったのだが、それは私のような「正規入試合格入学派」「非医者屋族」の考えることで、「裏口派」「医者屋族」からすると「裏口入学こそ王道」だったようです。 M川は「わしなんかは思考が柔軟なもんやから、そやから、バカ息子は関西医大に裏口入学なんや。そのあたりがわしの思考が柔軟なところなんや」と言いまくっていた! 父はそう言われて、「そうでんなあ。先生は思考が柔軟なもんやから、そやから、息子さんは裏口入学なんや」といかにもいかにも同意し賛意を表明し、そして、私に言うのだった。「おまえは思考が硬いから裏口やないんやぞ。M川先生の息子さんは思考が柔軟なもんやから、そやから、関西医大に裏口入学やねんぞ。わかっとんのんか、チャンコロ! M川先生の息子さんはチャンコロとはちごうて思考が柔軟やから、関西医大裏口入学やねんぞ。わかっとんのんか、わかっとんのんか、わかっとんのんか、チャンコロッ! 」と言うのだった。それで、私は言ったのだ。「なんで、思考が柔軟なら裏口入学なんてせんとあきませんの?」と。 「そんなに思考が柔軟なら、その柔軟な思考力を生かして頭狂大学理科三類でも狂徒大学医学部でもさっさと現役で実力で合格して行ったらよろしいのとちゃいますのん? なんで、そんなに柔軟な思考力のある人が裏口入学なんてせんとあきませんの?」と。 そうすると父は言うのだった、「そういうことを言うあたりが、おまえは思考が硬いんじゃ、おまえは。M川先生はおまえとはちごうて思考が柔軟なもんやから、そやから、息子さんは裏口入学なんじゃ、反省しろ、チャンコロ! わかっとんのんか、このチャンコロめが、産まれなければよかったのに産まれおってからに、このチャンコロめがこのチャンコロっ!」と。 毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいにこう言われ続けてきて、裏口入学なんて自分がさせてもらおうなんてたとえ考えても、私にはそんなものさせてもらうようなカネもなければコネもないわけであり、そうなると、「日陰の月見草」としては、「わしぁ貧乏やからな」という者としては、ロシア民謡の「ドビヌーシカ」(日本語訳では「仕事の歌」と訳される)の日本語訳の歌詞には「イギリス人は利巧だから水や火などを使う。ロシア人は歌を歌う。それは仕事の歌♪」という歌詞があるが、そんな感じで、「医者屋の息子は利巧だからカネとコネで裏口で入る。 私ら日陰の月見草は努力して自ら合格最低点を上回る点数を獲得して入る」というものだ。そのためには「I D野球式学習術」でも「ドラゴン桜式受験術」でも何でもやって合格最低点を上回る点数をとるのだ。裏口で入る医者屋族は「医者屋流大学入学術」(俗に言う裏口入学)で入るだろうけれども、そんなコネもカネもない者は正門から入るのだ!  さらに、世の中には、成績が悪い人間、ろくに努力せずにまともな成績をあげることができず裏口入学で入るようなヤツのことを「庶民的」などと摩訶不思議なことを言うヤカラがいるが、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネ、および、そういうカネから「給料」と称して得たカネから「寄付金」を金権関西医大に払ってドバカ息子を裏口から入学させる人間、裏口から大学に入る人間というのが、なにゆえ、「庶民」なのか、さっぱりわからん! こういうことを言うと、M川は「そのあたりがきみは思考が硬いんじゃあ」とか言うだろうけれども、硬いか柔らかいか知らんが、いずれにしても、私にはそういうルートはなく、かわりに、旧帝大系国立大学に「I D野球式学習術」であれ「ドラゴン桜式受験術」ででも合格してみせようではないかという能力と気概がある。M川とそのドバカ息子には金権関西医大に裏口から入るコネとそれを「思考の柔軟さ」「庶民的」と言い張る詭弁力があり、関西医大に払う寄付金を捻出するための「カネのなる木」とも言うべき「患者」を持っているが、旧帝大系国立大学に「 ID野球式学習法」「ドラゴン桜式受験術」ででも実力で入学しようという能力と気概・意志がない。私は「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで関西医大に裏口入学するさせる者が「庶民」だの「思考が柔軟」だのとはとんでもないことで、旧帝大系国立大学に「 ID野球式学習法」「ドラゴン桜式受験術」ででも実力で入学しようという能力と気概・意志がある人間の方が「庶民」だと思うが、逆を言い張る人間がいるのだが、理解に苦しむ。※ 《YouTube-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)》 https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8《YouTube-仕事のうた》https://www.youtube.com/watch?v=6GRUhyhiKjY   それにしても、な~んで、正規の試験を受けて大学に入ろうとする者が、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしてためこんだカネで裏口入学させてドバカ息子を「大学」に入れた男に、「わしは思考が柔軟なもんやからな」とか自慢されなきゃならんのだ!?!  おかしいと思わんか。 だから、私はお寺でも神社でも、出るのはどこから出てもいいが、入るのは正門から入るようにしているのだ。 ましてや、大学は正門から入るものだ! としていたのだが、ついうっかりと、「正門」から入らずに「地下経路」から入ってしまった・・・・が、同志社の場合、ここは初回の訪問ではなく過去何十年か前に来たことがあるはずなのだ。 同志社卒の人や在学中の人にはこんなことを言うのは申し訳ないが、大学入試の時、「誰がこんな所、行くもんか」とか思いながら試験を受けたことがある。それが、同志社のどこだったかは記憶がはっきりしない。 その頃は建築学徒ではなく、絵画や彫刻は好きだったが建築にそれほど関心はなかったこともあり、どういう建物かも気にしていなかった。今、行ってみると、同志社の今出川キャンパスというのは重要文化財だらけであり、関学の仁川キャンパスもきれいだけれども、ここもまた、「なかなか」のものだと思うのだが、試験を受けた会場はここだったのか、それとも、室町キャンパス・烏丸キャンパス・新町キャンパスといった所だったのか、もう記憶がはっきりせずわからないが、ともかくも、同志社には過去に来たことがあるはずだから、だから、初回の訪問ではないと考えると、まあ、どこから入ってもいいだろ。 西門にしたって、地下からの入口にしても、「袖の下」とか「特別献金」とか渡して通してもらうわけでもなし。 ということで、今回はポリシーを曲げるとかどうこう言う前に「地下経路」から構内に入ってしまった。まあ、いいじゃろ。裏から入ったわけじゃないのだし。「特別献金」払ったわけでもないし。    京都市地下鉄烏丸線は名前の通り、烏丸通りという南北の通りの地下を走っており、「今出川」駅はその烏丸通りと今出川通りが交差する場所にある。 東西の通りである今出川通りはどこも「今出川」なのだが、「今出川」駅に関しては、ほかの人がどう感じるかはわからないが、私の場合、「今出川」というと「同志社の南、京都御苑の北」という印象があるので、「十条」「五条」「四条」「丸太町」「鞍馬口」といった東西の通りの名前だけの駅名に感じる違和感は「今出川」駅にはそれほど感じない。   交差点の北東に地下鉄からの出入口があり、その北隣あたりに「西門」があり、地下1階の部分から同志社構内に入って同志社構内で地上に出る場合は、「良心館」という比較的新しそうな建物の所で地上に出る。 今回、この「地下経路」を通って地上に出たので、「門」から入るということはなかった。   円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイド』(2011.10.31.エクスナレッジ)では西門から入って東に進むように記述されている。同志社の学生にしても地下鉄「今出川」駅から行くことは今は多いのではないかと思うが、京都市のバスに「同志社前」というバス停もあり、それはもっと東にバス停はあるので、「同志社前」でバスを降りた場合は「正門」の方が近いことになるかもしれない。   円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイド』(2011.10.31.エクスナレッジ)では、礼拝堂 1886年 D=C=グリーン明徳館 1952年 大倉三郎クラーク記念館 1894年 ゼール有終館 1887年 D=C=グリーン啓明館 1915、1920年 ウィリアム=メレル=ヴォーリズアーモスト館 1932年 ウィリアム=メレル=ヴォーリズ同志社女子大 栄光館 1932年 武田五一の7館が掲載されており、このうち、礼拝堂・クラーク記念館・有終館(ゆうしゅうかん)の3館が重要文化財に指定されており、円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイド』(2011.10.31.エクスナレッジ)に掲載がない建物でも、彰栄館(しょうえいかん)・ハリス理化学館が重要文化財の指定を受け、同志社の今出川キャンパスでは計5館が重要文化財の指定を受けていることになる。。ヴォーリズの設計の啓明館(けいめいかん)・アーモスト館の2つは国登録有形文化財の指定。 山形政昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.2.10.創元社)にはアーモスト館が掲載されているが、同書によると、同志社にはヴォーリズの建築はアーモスト館と重要文化財に指定されている啓明館のほかに致遠館(ちえんかん)があるようだ。烏丸通りを南下すると、京都御苑の南西、地下鉄烏丸線「丸太町」駅を出てすぐの場所にウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の「大丸ヴィラ」(旧 下村正太郎邸)〔京都市指定有形文化財〕があり、山形政昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.2.10.創元社)にも掲載がある。 慶應の日吉や三田では建物は「〇号館」といった名称になっているが、同志社の今出川校地では、すべての建物に「愛称」というのかニックネームというのかがつけられている。    「地下経路」から出てすぐ右、「西門」から入るとすぐ左の位置にあるのが「彰栄館(しょうえいかん)」〔重要文化財〕↓がある。 ( ↑ 「 i 」マークが 同志社 彰栄館。 ) ※ 同志社大学HP 今出川校地 キャンパスマップhttps://www.doshisha.ac.jp/information/campus/imadegawa/overview.html    西門を入ってすぐ右(南)、彰栄館の北の比較的新しい建物は図書館らしい。その前あたりに↓が立っていた。 ↑ 「一粒の麦」。≪ 祭で礼拝するために上ってきた人々のうちに、数人のギリシア人がいた。彼らはガリラヤのベッサイダ出であるピリポのところにきて、「君よ、イエスにお目にかかりたいのですが」と言って頼んだ。ピリポはアンデレのところに行ってそのことを話し、アンデレとピリポは、イエスのもとに行って伝えた。すると、イエスは答えて言われた。「人の子が栄光を受ける時がきた。よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。もしわたしに仕えようとする人があれば、その人はわたしに従って来るがよい。そうすれば、わたしのおる所に、わたしに仕える者もまた、おるであろう。もしわたしに仕えようとする人があれば、その人を父は重んじて下さるであろう。・・・・≫( 『新約聖書 ヨハネによる福音書』11章20節ー26節 日本聖書協会口語訳 )    次回

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ご無沙汰です。 去年、鎖骨を複雑骨折してしばらくテンプターに乗れなかった、って事もありますが。 私生活で色々あり・・・ いずれ書きますね。キョーミ無いと思いますが。 さて、本題! オイラのテンプター、今こんなカンジです。 7年前にド・ノーマル、走行距離約6,000kmの個体を車検付き、コミコミ18万円にて購入。 その後、コツコツと手を入れ、 セミダブルシート(ペイトンプレイス)、キャプトンマフラー(ペイトンプレイス)、アルミフロントフェンダー(ペイトンプレイス?)、ショートリアフェンダー、スワローハンドル、メーターバイザー、ETC、クリアウィンカー、丸型テールランプ、USB&シガーソケット電源、etc. 電装関係以外は、ほとんどヤフオクで入手しました。 改めて書き出して見ると、何だかんだ、弄ってますね。でも、純正部分は全部保管してあります。 そしてそして、エンジンはこれです。 5年前に大型免許を取得して以来、古いクラブマン誌にサベージ650のエンジンの腰上を移植した記事や、ネットでテンプターを650cc化して乗っていらっしゃってる方の情報を目にしたりして、ずっと気になっていたんですが。 先日、ヤフオクを検索していたらサベージ650エンジンの出品が。 最低落札価格25,000円スタート。 早速、行き付けのバイク屋さんのシカゴモータースさんに相談。 650エンジンから必要部品を移植するよりも、載せ変えした方が安上がり、改造申請も引き受けますよ、とのお言葉に勇気付けられ、即、入札することに。 まあ、ノーマルの400ccエンジンがヤフオクだと2~3万円程度で出ているんで、5万円程度が限度かな。工賃もかかるし、オイラ、ビンボーだし。 とりあえず、その金額を最高金額に設定し、入札。めでたく最高額入札者に。 ところが。 オークション終了間際、急高騰。あっという間に8万円超え。酔っ払いのオイラは意地になって再入札(何でヤフオクっていつもヒトが酔っ払ってる時間に終了時間を設定しているのか、何となくわかったw)。 結果、92,000円にて落札。あはは・・・笑ってごまかすしかない・・・ 最後まで、価格の吊り上げに協力頂いた競争入札者のアナタ、万が一このブログが目にとまったら、何かコメントくださりませ・・・ エンジン無事到着、シカゴモータースさんに入庫、作業開始後、一週間程で作業終了。 工賃明細を見て驚いた。良い意味で。 エンジン載せ変え、試運転、その他調整で代金4万円弱! ほぼポン付け可能とはいえ、400と650ではスピードの検出位置が違うし、400には付いていないデコンブも移植してもらった。その他もろもろと加工が必要なはず。 そんでこの価格。経営成り立っているのか。オイラは嬉しいぞ。 オイラの場合、その他、念のためヘッドガスケット交換、高速道路走行も考慮してドライブスプロケットを2丁増ししてハイギヤード化、それに合わせチェーン交換他をお願い。勿論、それらは別料金。念のため。 して、出来上がったテンプター650のインプレッションはいかに。 スンマセン、まだほとんど乗ってないんです。 只今、去年複雑骨折した鎖骨の再手術で入院中です・・・ 病室でこれ書いてます。 退院したら報告しますね。 しかし、オイラのテンプター弄りも一段落だな。 かなり理想のカンジに仕上がったし。 ・・・ てな事考えていたら、さっき宅配便がオイラの病室まで転送されて来た。 中身は。 ヤフオクで入手したテンプターのサイドカバー。

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 オンラインでのコミュニケーションも私にとってはかなり日常と化してきました。また、YouTubeの動画やチャンネルの検索をすると、欲しい情報が何でもあるというすごい世界になってきたとも思います。  私も自分でチャンネルを持って動画もアップしていますが、本格的に動画を作成している方はその労力は半端ないとおっしゃっています。そうした中、日本語の歴史(国語史)の音声の分野のクオリティの高い動画もたくさん作成されていることを最近知りました。 「いろは歌で追う日本語の音変化の歴史 【ゆっくり解説】 History of Japanese Phonology」芸軌社 (Geikisha)https://www.youtube.com/watch?v=hyg1xUEgRHY  ※自分ではわからない部分を正直に知識がないとおっしゃっている点が好感が持てます。 「いろはうた 古代→近代の発音で a Japanese poem through time」minerva scientiahttps://www.youtube.com/watch?v=8ygkipU59WM  ※いろいろな言語に興味のある方のようです。言語に限らず動画がたくさんあります。  「国語」(「古典」)の文学的な面や読解が苦手な生徒でも、言語学的な内容に触れ、国語に興味が持つことができたということもかつてありました。  YouTubeの動画は玉石混交ですが、生徒が興味を持って自分で調べるきっかけになればそれでいいとも思います(最低限のところを教員でチェックして(授業内で)紹介するのであれば問題ないのではないでしょうか)。

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エディット楽しいですね。 自分はサッカーが好きでFIFAもウイイレもずっとやってきてるんですが、 エディットのやりやすさでウイイレが好きです(笑) そんなわけで、 パワスマでもエディットをよくやるんですが、 「ペイントの工程を知りたい」というコメントを頂いたので、 ここに上げているエディット用の画像を どんな感じで作っているか書いてみようと思いますー。 ちょっと今までの途中データとかは残していなかったので、 説明用に、新しく作って見ることにしました。 この業界にいる自分としては 尊敬してもしきれない人です。 1. 元になる画像を選びます。できるだけ正面からで、光で色が白飛びしていないものがいいです。 2. 顔部分だけ切り離して縦に回転します。 3. メガネが邪魔になってしまうので外します。 3-2. これで周りを適当な肌色で塗りつぶせば完成です。よい写真が見つかれば簡単です。 4. 運良くこの写真はそこまで差がないですが、左右で明るさが違っていることがよくあります。明るさが違うと、取り込んだときに色があわなくお面のようになってしまうので、それを同じくらいになるようしていきます。 5. 明るい方、暗い方をそれぞれ左右反転してふたつの画像を作ります。左が暗い方、右が明るい方です。印象がだいぶ違うので、この2つを混ぜていきます。 6. 2枚を混ぜました。暗い方をベースに目とか鼻とかは明るい方を移植して・・・と。 7. vitaカメラで実際に取り込みながら、色をそのつど調整していきます。モニタの表示物を撮ってるだけなので、電気とかの関係で全然色が安定しません・・・ カメラよりもウイイレみたいに画像を取り込みたかったです!!セガさん。 6. 周りを適当な肌色で塗りつぶせば完成です。 最後に周りを塗りつぶすのは、 変な色が入らないように・・・です。 あと、ウイイレの影響かもしれませんw ペイントツールの使い方などはさすがに割愛させてもらいますね;

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基本的には目的語をとらない自動詞なのに,同じような意味の名詞,いわゆる同族目的語をとる動詞について2度にわたり書きました。今日はその逆というか,基本的には目的語をとる他動詞なのに自動詞のように使われる動詞について書きます。 前置きが何のことという方は,ここから読んでも差し支えありません。 通常,動詞 sell は「~を売る」という意味です。 She sells her books on Sundays.(彼女は日曜日に彼女の本を売ります。) しかし,この文では・・・ Mr. Matayoshi’s Hibana still sells well.(又吉氏の「火花」は今でもよく売れる。) 火花文藝春秋 又吉 直樹 Amazonアソシエイト by この sell は「~を売る」という他動詞ではなく,自動詞で「売れる」という意味です。 受け身形(受動態)のような意味を持つので能動受動態をとる動詞と呼ばれることがあります。 かつて中学校3年生の教科書に,こんな文章がありました。 This first CD sold very well,and Hikari won the prize.(この最初のCDはとてもよく売れ,光は賞を獲得しました。) 光とは作家の大江健三郎さんのお子さんの大江光さんのことで彼が作曲した曲を集めた最初のCDはクラシック部門の日本ゴールドディスク大賞を受賞しました。 大江光の音楽日本コロムビア

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 ネタ元  http://blogs.wankuma.com/ognac/archive/2009/06/27/176670.aspx  http://blogs.wankuma.com/ognac/archive/2009/07/04/177045.aspx  データ更新時のバージョン管理方法についてのお話です。  元記事にもあるとおり「業務アプリの各テーブルの末尾に、作成日、作成者,更新日、更新者、等を設定する」ことがあります。個人的にはなんのためにそんなことをしているのかさっぱりわからない(*1)のですが、割とふつうに定義されていることが多いようです。  で、この処理。冗長に感じるので、履歴機能をDBMS側でやってくんないかな?という話だったので、Oracleで試してみました。以下実験結果。 (*1) DELETE発行時には無効であること、UPDATE発行時も変更前のデータがなにかわからないこと、最終の更新しか記録に残らないなどから、その実装の重さに比べて、履歴機能としてはかなり弱い仕組みだと考えています。 こんなことなら、履歴テーブルを一つ別に起こして、そこに履歴データをつっこむほうが、トレーサビリティ的にも堅いのではないかと思っています。(元記事にはそうしていると書かれておりますね…) 1.まずこんなテーブルを作ります。 CREATE TABLE HISTORY_TEST(  EMPNO NUMBER(4),   /* 従業員No */  ENAME VARCHAR2(10),  /* 従業員名 */  UPDATER VARCHAR2(10) /* 更新者名 */); 2.次に以下のようなDMLを実行します。 /* 最初の Insert */INSERT INTO HISTORY_TEST VALUES (7499,’Allen’,’James’);COMMIT;/* Update */UPDATE HISTORY_TEST SET ENAME=’Ford’,UPDATER=’Adams’ WHERE EMPNO=7499;COMMIT;/* Delete/Insert */DELETE HISTORY_TEST

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 一つ下のキハ66(67)形を筑豊に訪ねた翌々日(1875年3月28日)、西鉄大牟田線の久留米と花畑駅へやってきた。久留米駅は既に高架化されていたが、花畑駅はまだ地上時代である。  西鉄には九州鉄道以来の20型電車が正面5枚窓の半流線型(丸型)のまま200形として使われていた。14m車と小型なため、本線運用からはだんだん撤退していたが、甘木線ではまだまだ継続使用されていた。その電車を撮影に出かけてきた。   200形4連の普通・甘木行きが、西鉄久留米駅上りホームに到着。   花畑駅停車中の甘木線200形204号車。まだ前照灯のシールドビーム化改造前で、原型を保っていた。 車内に入ってみる。半鋼製なので木目が輝いていた。正面の運転台後部には行き先板が置いてある。  花畑駅に珍車がやってきた。200形の仲間のク62号車(後方はモ200形)。1934年に旧・博多湾鉄道(後の宮地嶽線や国鉄香椎線)用に製作され、後年大川線(大善寺から分岐していた非電化線)へ転用されたガソリンカーで、1947年に大牟田線電車の制御車として移籍してきた。出自が違うので形態も全く違う。  200形には思い出がある。まだ大牟田線の現役バリバリで使用されていた当時、大牟田から大宰府まで貸切電車に乗車したのである。昭和38年の大牟田市立三川小学校の遠足(4年生5クラス)は、大宰府へ行くことになった。大牟田駅まで西鉄の貸切バスでゆき、大宰府へは直通の貸切運転だった。200形の3連で、貸切なのでドアは開かないが、単線区間の交換駅ではしばしば運転停車した(ちょうど複線化工事の真っ只中で、倉永ー開間、三潴ー大善寺間、蒲池-大溝間は単線だった)。最後部の車掌さんの脇だったので、車掌スイッチの<1扉開>で時々ホームへ下ろしてくれた(今だったら当然ダメだろうが・・)。  これが面白いのなんのって・・。大宰府園(現・大宰府遊園地)で遊んだ記憶はほとんどないが、西鉄電車(当時は「急行電車」とよばれていた)の思い出だけが強烈に残っている。帰りは200形ではなく303系?の2連だったので、運転台との仕切りがあって、乗務員さんとの交流はなかった。  西鉄の大牟田線全線複線化工事は結局は完成せず、西鉄の大幹線には2ヶ所(試験場前-大善寺間、蒲池-開間)の単線区間が残る何とも不完全な形で中断してしまった。柳川付近には複線化用地とそれを示す境界標がそのまま現存しているが、半世紀前の遺物として残ってしまった。    ところで、花畑駅の200形の撮影の1ヶ月前、私はゴーマルサン・ダイヤ改正で消える列車を撮影しようと福岡の祖母の家に来ていた。そのとき、井尻ー雑餉隈間の井尻第3踏切(第4種)で「西鉄特急脱線転覆事故」が起きた。ライトバンと2000系大牟田行き特急が衝突し、電車が大破して架線柱をなぎ倒しながら線路脇に突っ込んだのである。  2日後に国立大学の入学試験が控えており、復旧が急がれた。事故によって線路上の特高圧電線が切れ、沿線で大規模な停電が発生した。大橋-春日原間が不通になり、バス代行輸送が行なわれた。私はこのバス代行輸送を経験している。井尻駅には電車は全くやってこないので、県道(31号線)へ出るように駅に案内があった。停留所には西鉄の係員が立ち、ハサミで適宜に切った紙片に「井尻駅」と押印したものを手交していた。当時の西鉄には「振替乗車票」と言うものはなかったのだろうか。  電車だけでなく、西鉄バスセンター(天神)からも代行バスが運行されていた。直ぐに大量のバスをかき集められるのは、さすが「日本一のバス会社・西鉄だ」と思ったものだ。 ***************************************************************************  話が相前後するが、一番上の久留米駅で電車を撮影している間、他の車両も見ている。2000系の特急がクイーンだったが、600形も特急運行を担っていた。また、20形などの古い車両も活躍していた。花畑駅の一つ先の試験場前駅からは、分岐する引込み線があった。西鉄産業という鉄道工場で、軌道線を含めて西鉄車両の更新修繕をしていた。 600形5連の急行・福岡行き。行先表示、急行板とも看板方式のままで、前照灯も白熱式のままである。この後おでこに方向幕が付き、ライト類は腰部に降りた。甘木線用から狭軌の貝塚線用に転用されて、大牟田線では見ることが出来なくなった。  20形3連の普通・福岡行き。Mc+M+Tcの16m車3連であるが、1000型に似た正面2枚窓の湘南型。車体は新造だが、台車や機器類は旧型車からの転用だった。宮地嶽線転用後は120形になった。  久留米駅が地上にあった時代は、福岡、二日市、久留米駅は、ホームに大きなアーチ形屋根を持つ駅だった。九州鉄道以来の伝統だったのだろう。形状は違うが、富山地鉄の電鉄黒部駅に雰囲気が似ていた。  

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麦作りから自分でという、本格的としか言い様のないパン作りの姿勢を見せている「大地堂」。滋賀県は蒲生郡日野町の店だ。京都や大阪の都心から適度に離れ、しっかり土と対話でき、自分を見つめつつ、ギリギリ 人を呼ぶことのできる距離。中田志穂さんは実家に窯を作ったのだが、たまたまそこが彼女の指向したパン作りにとって絶好のロケーションだったと言えるだろう。パンだけでなくお菓子にも、その指向は踏襲されている。華やかなはずのお菓子も、まず生地であり、その粉の味わいが全面に押し出されているのだった。 ●『クリストシュトーレン』 5.5×10.5cm 高さ4.8cm 160gほど。(購入から2週間を経て撮影しているので粉糖は泣いてしまった、すみません)農林61号小麦の全粒粉を使用。レーズン、オレンジピール、レモンピールが入り、アーモンドとマジパンも入る贅沢な内容。 醗酵させたものを焼き上げ溶かしバターにドボンと漬けるところまでは、おそらく一般的な製法に従っているもののようだ。ただ、最後の粉糖の仕上げがトップだけだし、薄い。だから、砂糖の甘味で食べさせるというものではなくなっている。 それとクリストシュトーレンは宗教行事のお菓子。“おくるみ”風に作ってもらいたかった。まあ、年中販売しているから関係ないということなのかな。 まあ、そんなことはさておき、包装を解いた時から漂いはじめる、香りの素晴らしさ!レーズンが主役ではあるけれど、ピール類の、アーモンドの、クローヴを主体としたエピス類の香りが渾然一体となり豊潤に香ってくる。ラム酒やブランデーも。 さらにその豊かさを支えているのが、酵母の香りに粉の香り。それらは茫洋とした輪郭の定まらないものかもしれないけれど、よりナチュラルで豊かな安堵感を与えているようだ。 そして、最大の特徴は、粗い全粒粉を使っていることで、生地にグルテンの粘りがほとんどないということ。切り分ける時にボロボロと崩れるほどに、生地が粗い。食感も明らかにザラザラと強い舌触りを残す。 豊潤でいながら繊細な風味に対して、ラフで強烈な存在感の生地。この組合わせはとても面白いけれど、好き嫌いが分かれてもおかしくないだろう。中田さんの姿勢の屈強さに大いに賛同するところだが、もう少しグルテンを出してもいいかなとは思った。崩れて食べにくいところがあったからね。 シュトーレンということで当然日持ちがすると思っていたけれど(賞味期限内)、粉糖が少ないので乾きやすかったのかも。こちらの配慮がちょっと弱かったかもしれない。失礼しました。 ●『チョコシュトーレン』 5.5×10.8cm 高さ4.8cm 165gほど。こちらは、発芽ディンケル小麦の全粒粉を使用。マジパンではなくクーベルチュール、ドライフルーツ類の代わりにピーナッツが使われている。 チョコレートの質がいいようで、香りを嗅ぐだけで馥郁とした満足感が味わえる。 意外だったのが、ピーナッツ。シュトーレンという気品ある世界に持ち込んで、すんなり納まっている。 中田さんは元々パティシエールを目指していただけあって、お菓子は得意なのだが、こういう少し外した感のあるところでうまく着地させていることに、才能の一端を感じることができる。 こちらはチョコチップが甘やかにとろけてくれるので、全粒粉のパサつきはやや解消されている。 エピスの香りがチョコレート、ピーナッツの香りと渾然一体となるあたりは、香りの種類は違っていてもクリストシュトーレンの感覚にほぼ近い。 小麦の種類は違うけれど、どちらも全粒粉の粒々感、存在感が圧倒的。 お菓子としての美味しさも追求されているものの、あくまでも「大地堂」のパン作りの延長線上にあるという印象だ。これほど明確な主張のあるシュトーレンもめずらしい。いいね。 ●『クリストシュトーレン』『チョコシュトーレン』(『レープクーヘン』も入ったセットとしての販売価格 2500円) ●「大地堂」 滋賀県蒲生郡日野町村井1377  TEL0748-26-6090  営業日/土曜・日曜・月曜(2日以上前に要予約・午前中は農作業で留守)

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地震に負けず記事と過去問続けていきます! 1週間前に虹の色の覚え方を書きました。→こちら英語で「虹」はrainbow。語源は rain (雨)+ bow (弓)です。雨が降った後にできる弓(状のもの)ということですね。ちなみに弓に対して「矢」は arrow。 a bow and arrow で1組の弓矢です。 注意するのは bow は [bou] と発音すると「弓」ですが[bau] と発音すると「お辞儀をする」「お辞儀」「会釈」という意味になります。He bowed to the audience. 彼は聴衆に会釈をした。 ここからは余談です。(高校のとき漢文の先生から聞いた話です。)虹の「工」の部分は「つらぬく」という意味で古代の中国では虹を空にかかった大蛇に見立ててこの漢字を作ったそうです。確かに「空」は天にできた「穴」がどこまでもつらぬいています。 中国で「江」と言えば長江(揚子江)を表します。確かに長江は中国大陸を横に貫いて流れています。 一方「河」という漢字は黄河に対して使われます。同じさんずいでも「可」は直角に曲がるの意味で黄河は「几」のように何度も直角に曲がって流れています。 飛行機も衛星写真もない時代に古代中国ではどうやって2つの川の様子がわかったんでしょう?不思議ですね。 -----------------------------4月からの新年度に向けて,中2程度の文法問題を中心に出題しています。お知り合いの方で,4月から受験生(中3)になる人がいたらこのブログを紹介していただければ幸いです。被災にあわれた中学生も過去記事はいつでも見ることができます。ここがブログのいいところです。 新受験生,中2の生徒のために初級問題から出しています! 今日の書き換え問題。初級問題。(H6仙台市内女子私立高) After washing our face and hands, we have breakfast. →

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2020/10/21(水)。今回もベランダの花です。(^^ゞ ♪卒業してから もう3度目の春…♪ (ドリカム:未来予想図Ⅱ)じゃなくて、、、♪購入してから もう三度目の秋…♪ のキンモクセイ(金木犀、モクセイ科)です。(^^ゞ三度目の秋やし、ベランダなので、小さな鉢植えですが… ちっちゃくても、ベランダから甘い香りが漂ってきますし、ベランダに出ると幸せな(?)香りに包まれます。(^^) 普段は、手摺に掛けるプランターホルダーを利用して、日の当たる場所に置いてますが…下して記念(?)撮影。(^^ゞ 現在の身長…いや、高さは鉢底から140cm程です。(^^ゞ7号の長鉢に入れてます。 こういう感じで育ててるのは、他にも、ムクゲ(八重)、サザンカなど何点かあります。鉢の割には背が高過ぎるので、メッチャ安定が悪く、ちょっと風が吹くと倒れちゃいますので、トラックなんかで使っているゴムロープで固定してます。 でも、強風の時は、風当たりが強過ぎる為、下に避難させてますが… せっかく下したので、アップも。(^^ゞ オマケです。(^^ゞ レモンバーム(シソ科)です。和名のコウスイハッカ(香水薄荷)の通り香り高いです。特に、触るとスゴイです。(^^ゞ このコ…一昨年に完全消滅したんですが…どういう訳か、、、昨年の春、離れた鉢の所で、チョコンと葉っぱが出てたんです。 (*△*) エッ!?と思いながらも見守っていると大きくなってきたので植え替えました。 すると成長してきて…鉢から溢れる程になりました。 花は春に咲いてましたが、撮ってなかった。で、、、葉っぱだけです。(^^ゞ オマケその2です。(^^ゞ サザンクロス(ミカン科)です。でも、サザンクロスは日本での流通名だそうで、本名(?)は、クロウエアだそうです。 このコも下ろして… サザンクロスの花期は長いようですが…このコ、年中の殆ど、咲いてます。四季咲きなんかなぁ… せっかく下したので、アップも。(^^ゞ オマケその3です。(^^ゞ このコなんですが… ハナキリン(花麒麟、トウダイグサ科)やと思うんですけど… これを買ったのは、5年程前かなぁ…DAISOのミニ観葉・ミニ多肉のコーナーで見つけたんです。(^^ゞミニ多肉と書いてるだけで、品名はありませんでした。最初に買った時は、こんな鉢に入ってました。 DAISOなので、108円(税込み)です。(^^)ここに、小指より一回り小さいトゲトゲのが入っていて、なんか面白いなぁ…と思って買ったんです。(^^ゞ その後、ベランダの多肉ちゃんのコーナーに置いてました。 他の多肉ちゃんは消滅するのも多かったんですが、このコは、ゆっくりと成長しながら、いつしか花を咲かせました。この時点では、このコが何者かは全然知りませんでした。 でも、ある時に、(*△*) エッ!?それは、温室の植物を見てた時でした。ひょっとして…これとちゃうん???(^^ゞ これは、「咲くやこの花館」で撮った写真ですが、新宿御苑など温室の乾燥地植物コーナーでは良く見てた植物やったんです。 小さい頃は解らなかったんですが、今の姿はソックリ。花も、葉っぱも、特徴のあるトゲトゲの枝もソックリです。(^^) せっかくなんで、お花のアップも。(^^ゞ By yoppy

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